++ 春色フゥル ++




「私は貴方のことなんて大嫌いです」

 にっこりと微笑む人を仰ぎ見たガーベラは、口を開いたまま唖然としていた。
 インプットされた言葉をもう一度脳内でリフレインさせてみるが、聞き間違いではなかったことを認識させるだけで慰めにもならない。

 放心状態のガーベラの反応が面白くなかったのか、デスサイズは再び凄味を増した笑顔を浮かべて言い聞かせるように言った。

「だから、今日は、貴方が大嫌いなんです」

 一言一言をきちんと把握させるため、単語を途切れ途切れで伝えていく。
 仮面の下で自分の声が震えていないか、デスサイズは少しだけ心配していた。
 それでもいつもの他人を嘲るような口調が自分の中で響き渡り、相手に勘付かれないだろうと自信が持てた。

 ガーベラは相変わらずぽかんとしていた。
 伝達された情報の処理が遅くなっているのか、言われた言葉にだいぶショックを受けたのか。常に冷淡な表情は、呆気なく崩れたままだ。
 ストレートに言い過ぎたのだろうかと、デスサイズは顔には出さないものの内心心配していた。
 相手は朴念仁のガーベラだ。
 もしかしたら意味が通じていないのかもしれない。

「……嫌い?」
「え、ええ」

 ぽつりと繰り返された呟きが、初めてのリアクションだった。
 聞き漏らしそうになったが慌ててデスサイズは首を縦に振った。

「お前が、私を?」
「そ、そうですよ!」

 まるで念を押すような口調で迫るガーベラに、不覚ながらもデスサイズは背筋を強張らせ半歩後退した。
 顔が近い。
 先程までの呆然とした表情はいつの間にかなりを潜め、ガーベラは確信を得ようとしていて酷く真剣な顔付きになっている。
 二人の間の距離が数十センチしか開けられていないせいで、デスサイズはその顔を間近で知ることが出来た。

 見惚れる、なんてことはない。
 寧ろ、こんな奴に見惚れてたまるかと思っている。
 けれどこうしていつものような見下す態度や他人に無関心な様子ばかり見ているせいか、自分だけを純粋に見つめているガーベラが珍しかったのだ。
 だから驚いただけだと自分に言い聞かせながらも、デスサイズは上がってしまう体温を必死に耐えた。

「大嫌いだと言ったな? “今日は”?」
「!!」

 悪戯を思いついた子供のように、ガーベラはにやりと笑った。
 それを見た瞬間、デスサイズは瞠目した。
 顔中が一気に熱に侵される。

「では明日はどうなんだ?」

 性質の悪い笑みを浮かべながらも、やたらと満足気なガーベラ。
 からかってやろうと思っていたのに、逆に揚げ足を取られたデスサイズはやや憤慨したように声を荒げてそっぽを向いた。

「う、うるさいですね! 貴方なんて明日も大っ嫌いですよ!!」

 失礼します、とご機嫌斜めになって帰ってしまった死神を見送り、ガーベラは押し殺すような笑い声を上げた。
 口達者なデスサイズに勝てたことの喜びも一押しだったが、それ以上に滲み出るようなくすぐったさが堪らない。

「明日も、と言われてもな。まだ“今日”の日付は変わっていないぞ?」

 たまには雑学にも手を出しておくものだな、と彼は誰もいなくなった宙を眺めながら小さく呟いた。
 愛しさを込めた、嘘を。

「私も、大嫌いだ」


 素直じゃない二人だから。
 言えない言葉の逆さまを、せめて。






 -END-





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ありがちネタでエイプリルフール。でっちゃん返り討ち。
だんだん馬鹿ップルのような雰囲気になってきましたが、いまだきちんとした形で告白ってしていない進展の遅さをちょっぴり解消。
何か……言葉じゃないんだよ、この二人は。

(2006/04/01)



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