E n c o u r a g e m e n t



 倉庫の隅で蹲る影。
 視界の端にそれを見止めたマドナッグは辺りを一巡した。自分と相手以外、他に誰もいない。
 当然だ。
 部屋から飛び出した彼を追おうとした人々を留め、迎えに行くと言い出したのはマドナッグ自身だった。
 何か言いたげなキャプテンに視線を合わせ、問題ない、と言い放った自分に、少しだけ驚いた。しかし後悔は全く無い。
 以前ならお節介の役回りいうものは自分と無縁だった。
 なのに、率先して行動するなど。
 苦笑しながら溜息を吐き出し、ゆっくりとマドナッグは歩み寄って行った。



「……アンタが追っかけてきたのかよ」

 足音に反応したのか、少しだけ掠れた不機嫌な声が上がった。
 マドナッグは肩を竦め、あと一歩の距離まで詰め寄った。

「キャプテンじゃなくて残念だったな」

 意地悪そうな笑みを浮かべてやると、ガンイーグルが顔を顰めながら見上げてきた。双眸は、微かに涙で滲んでいた。
 予想通りだとマドナッグは失笑する。
 それがまたガンイーグルの感に触ったらしく、ますます睨みを効かされた。
 生まれたての時ならばいざ知らず、修羅場を潜り抜けてきたマドナッグにとっては痛くも痒くもない。すぐに軽く受け流される。

「ふん、ひよっ子だな」
「何だよ! 関係ないだろ!」

 鼻で笑われ、ガンイーグルはかっとなる。
 それには取り合わず、相変わらずにマドナッグは涼しい顔のままだ。倉庫の壁に背を預け、どかりと腰を下ろす。
 ガンイーグルはそれを目で追いながら、ごく自然な動作で隣に座った男に驚愕する。

 嘲笑だけを投げかけて。自分を情けない奴だと笑って。
 それで帰るのかと思っていた。

 マドナッグは何をするわけでもなく、倉庫の天井を見上げたまま微動だにしなかった。
 見つめてくる視線に気付いていないわけではないはずだが、物ともしていないらしい。
 尊敬する人ととても似た横顔に無視されるのは堪える。
 観念したのはガンイーグルの方が先だった。

「……ったく。何だよ、俺に何か用か」

 半分呆れたような口調に、マドナッグが振り向く。相変わらず性質の悪い表情のままだ。

「貴様は過去でも未来でも、そのキャプテン贔屓は健在なのだな」

 心底おかしそうにマドナッグが笑う。
 一瞬ガンイーグルはむっとしたものの、言葉の意味を汲み取って瞳を大きく開いた。
 未来で生まれ、過去で生きてきたマドナッグは知っている。
 自分とキャプテンが彼の時代まで、共にいられるということを。

「しかし口の悪さも健在か。やれやれ。先が思いやられる」

 感傷に浸っている所に、野暮ったい溜息が吐かれた。これにはガンイーグルも怒りを露わにした。
 こういった反応には散々慣れているのか、マドナッグには軽くあしらわれたが。

「くそっ! アンタ、俺より後に作られたんだろ。なのに稼動年数が上だって納得できないぜ」
「好きでなったわけではないが。――負け犬の遠吠えに聞こえるぞ」
「うるっさい!」

 完全に遊ばれていると頭の隅で分かっていながら、反論を止めることはできない。
 マドナッグはそれすらも見透かしているのか、酷く面白そうに笑うのだ。

 数日前の、幽鬼のような表情はどこにもない。
 キャプテンに救い出されたと聞いたときのマドナッグは、ぼんやりと空を見てばかりだった。
 話しかけても曖昧な返事が返ってきたり、時には全く喋らないときだってあった。キャプテンやシュウトには多少なりとも心を開くのだが、そんな時のマドナッグは縋るような目をしていた。
 一連の騒動の中枢にいた彼が、被害者面をすることがガンイーグルには許せなかった。
 後にキャプテンにきちんと説明されたものの、わだかまりは解けていなかった。

 けれどマドナッグは特に気にしている様子は無かった。ぎすぎすした関係には慣れている風ですらあった。
 余計に気まずさを感じてしまったガンイーグルは、それからずっと彼を避けていた。
 キャプテンにも何度か問い質されたが、まるでマドナッグを庇っているように感じられ不貞腐れた態度しかとれなかった。

 そして、つい先程の光景が蘇った。
 再びキャプテン達は任務と称して旅に出る。異国の仲間と、親友と共に。

 ――ついていきたい、と心底思った。

 今でも鮮明に思い出せるのは、異国の地で傷付きながら叫ぶ最愛の人の姿。
 守りたかった。今度こそ守れると、信じていた。

 けれどキャプテンは自分の名を呼ばず、微かに首を振っただけだった。
 頭の中が真っ白になって、部屋を飛び出した。気が付けば、ここにいた。
 怒りや哀しみよりも戸惑いの方がずっと多い。

「奴を恨むなよ。止めたのは私だ」

 はっと焦点を合わせ、ガンイーグルは意識を戻した。
 低く鋼を思わせるマドナッグの声は、真剣なものだった。

「キャプテンは信頼しているからこそ連れて行かない。好きだからこそ一緒にいない」
「え……?」

 呆然と見返してくるガンイーグルに、マドナッグは優しげな眼差しを返した。
 キャプテンと、重なって見えた。

「遠く離れていても信じられるから置いていく。帰って来たとき、ただいまって言われるととても嬉しい」

 淡々と紡がれる言葉は、胸の奥まで染み渡っていく。
 知らないうちに、ガンイーグルの目元は熱くなっていた。

「だから無事に帰ってこようと思える。そうだろう?」

 一層、深く静かにマドナッグは微笑む。やはりそれは幻でも見間違えでもなく、キャプテンに似ていた。






 不覚だ、と重い息をつきながらも、彼は憑き物が落ちたようなすっきりした顔立ちになっていた。
 マドナッグは立ち上がる。慌ててガンイーグルも立ち上がった。

「へっ……アンタって結構優しいのな」
「冗談を。私は本当のことしか言わない」

 照れ臭そうに頬を掻いたガンイーグルを一瞥し、マドナッグは歩き出した。
 しばらく動かずにそれを見送っていると、ふいに黒い背中が立ち止まった。不思議に思うと同時に向こうは振り返る。
 心なしか怒っているようにも見えて、少しだけたじろいだ。

「いいか。さっさと戻れ。そしてさっさと見送ってやれ。奴は待っている」

 それから、とマドナッグは続ける。

「私の名前はマドナッグだ。アンタじゃない。覚えておけ、ガンイーグル」

 きょとんとした相手を一睨みし、そのままは下の向こうに消えていった。
 流れについていけずに立ち竦んだままだったガンイーグルは、その後で思い切り吹き出した。
 無頓着に見えても、実は結構繊細なんだと笑ってしまった。
 いつの間にか、自分と彼の壁は消えていたような気がする。
 こんな風に少しずつ知っていけばいいのだろうなと、やっと気付けた。

「俺だって名前呼ばれたの初めてだって。ま……いっか」

 腕を伸ばし、姿勢を正す。
 その表情に先刻までの暗いものはなく、晴れやかな微笑みだけがあった。

 きっと心配しているだろう。
 帰って、謝って、笑顔で見送らなくては。

 それから。

「了解、マドナッグ。後でお礼言わなくちゃな」

 影すら見えない通路への道に敬礼を一つ。
 ガンイーグルは走り出した。旅立つ人の元へと。









「ところでマドナッグは寂しくないのか? キャプテンもシュウトも行っちゃっただろ?」
「ふん。私とキャプテンはソウルドライブで繋がっている。それで十分」
「むっ!」
「何だ? 言いたいことがあるのなら私から一本取ってみればいいだろう?」
「望むところだぜ!」

 数日後、通信に応じたキャプテンは、マドナッグに伸されているガンイーグルを見て「訓練をしているのか」と笑顔で言った。
 以後、水面下の戦いは今日も続いている。




-END-




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天然キャプテンに振り回されながらも、健気な二人(?)を書きたかったのだと思います…。
マドは永遠に片思いでも構わない感じがしますね;不幸が似合う(何)
キャプイーのようなイーキャプのような、マドイーのようにも見える不思議な小話でございました。
(2005/03/30)

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