ねえ、とても愛しいんだ。
 君と共にいられる今が。

 それがたとえ、仮初の時間だとしても。



 小 さ な 楽 園




「少々間借りしている」
「……は?」

 突然の来訪者だと言うから、一体誰が来ているのかと思えば。
 騎馬王丸は間の抜けた声を発しながら、激しくなった頭痛を覚えた。


 目の前に立っていたのは、専制君主をそのまま具現化したような高慢たる機械の主。
 ぎょろりと光るモノアイはこの天宮の生まれにはいない。
 この男から借りた兵士は全てこの出で立ちではあるが――。

「何を抜けた顔をしている。一応は客だぞ」
「勝手に居座るような輩は客人ではないぞ、プロフェッサー」

 傍若無人もいいところだ、と騎馬王丸は溜息を吐いた。
 こっちはやっとのことで奪った天地城だというのに、ガーベラはその城にやすやすと入り込んできた。
 勿論、身辺警護の者達は流石に気付いただろうが、相手は一応同盟関係にあたるダークアクシズの実質的頭である男だ。
 騎馬王丸が留守であれば、対処にさぞかし困ったことだろう。

 そんな部下達の苦労を思い浮かべながら、ふと騎馬王丸は視線をガーベラの奥に差し向けた。
 和風の部屋には似つかわしい布団が一組敷かれている。
 が、無論ガーベラには酷くアンバランスであり、今の時間帯にも不要の物だ。

 首を微かに傾げる。
 よくよく見れば、膨らみがあるのだがガーベラの背に隠されてそれが誰なのかは分からない。

「不躾な視線を這わすな。用が終わったのならさっさと出て行け」

 じっと見つめていたのが不服だったらしく、ガーベラが敵意剥き出しで睨み付けた。
 その行動に目を見開いた騎馬王丸は、そこに誰が臥せっているのか瞬時に悟った。

 それに気が付いたガーベラは、少しだけ悔しそうな視線を投げる。
 騎馬王丸は何だか笑いたくなった。


 睨まれた瞳に篭っていたのは敵意ではなく、嫉妬。 
 何事にも関心を示そうとしない彼が、唯一執着を見せた相手がそこにいるのだ。


「何故天宮に。向こうでは静かにできないのか?」

 まるで父親のように穏やかな口調で尋ねてくる騎馬王丸に、ガーベラは嫌そうな顔を向けた。
 それでも図星を突かれたようで、珍しく素直に頷いた。

「要塞はジェネラルが邪魔をするのでな。……ラクロアでは、心休まらんだろうし」

 己の崇拝する主まで邪魔者扱いとは、と騎馬王丸は喉を震わせた。

 眠る貴人を見下ろすのは、温かみの篭った目。冷たい体温を撫でるその手は、慈しみばかりが込められている。
 何の変哲も無いこの部屋は今、荒ぶる戦場にあるというのにとても優しい空気が満ちていた。

 排他的で何者も寄せ付けようとしない。
 誰も信じられずに孤高に立とうとする、そんな二人が作り出した空間。


 それはきっと、平和しか知らない者達が育む同じものとは大きな隔たりがあることだろう。
 傷付いて、疲れ果てながら、何かを得て何かを捨てようとしている彼らとは。

 それだからこそ、自分は彼らを見守るだけの存在でいたい。


「――分かった。しばらくは逗留するがいい。部下にも伝えておこう」
「ふん、当然だ。お前も邪魔をするなよ」
「今更だ。心得ている」

 いつもの憎まれ口は、すでに挨拶のようなものだ。
 騎馬王丸はにっと笑い、ガーベラの不貞腐れた表情を楽しげに眺めた。






「ガーベラ? ……あれ? 私は」
「まだ起きるな。ここは天宮。お前はジェネラルの間で倒れたのだ」

 騎馬王丸が去ってから数刻、布団の中の住人が困惑したように天井とガーベラの顔を見比べた。
 ようやく意識が戻ったことにほっとし、ガーベラはそっとデスサイズの額に手を当てた。

「やはり体温は正常値より下回っているな。呼吸は正常。心因的な体調不良か?」

 ガーベラに色々な数値を測られながら、デスサイズはぼんやりと障子の向こうの景色を眺めていた。
 豊かな天宮の緑が、どこまでも広がっている。

 ――石にした、あの国とは違って。

「若干乱れたな。何か気掛かりでもあるか?」
「あ、いえ。――何でわざわざ天宮まで来たのです?」

 甲斐甲斐しく世話をしようとするガーベラの手から逃れ、デスサイズはふと思った疑問を投げかける。
 要塞から外の国は決して近いとは言えない。ましてや大陸と繋がっていない天宮は遠すぎるほどだ。

「うるさい奴がいないからな」

 きっぱりと言い切るガーベラがおかしくて、デスサイズは泣き笑いのような微妙な笑みを浮かべた。
 そういえば、仮面をしていなかった。
 ガーベラにこんな顔を見られたくはなくて、デスサイズは枕元にあった仮面を手にしようとした。

「仮面はするな。ここには、私しかいない」

 真摯な瞳に見つめられ、デスサイズは呼吸が止まりそうだった。
 今だけは、偽らなくてもいいのだと言われたような気がして。

 笑みは涙に変わっていった。


「今だけですから」
「ああ、今だけでも構わない」


 腕を背中に回し、ただ静かに涙を流していく人を抱き締める。
 何も言わずに抱き返してくれる人に縋り、耐えていた感情の波を押し出す。

 今だけは、今だけは、と繰り返し呟きながら。






「でも、騎馬王丸がよく許しましたね」
「奴には色々貸しているからな。これくらいいいだろう。しばらく療養していくか?」

 泣き止んだ二人は、寄り添い合って窓辺で笑った。
 他のどの場所とも違う温かいこの場所が、少しだけ離れがたかった。






 -END-





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体調を崩して天宮に来たガベ様とでっちゃんな話。
甘なのかシリアスなのか微妙ですが、いつもどおり?騎馬王丸様公認です。
ダークアクシズ内もラクロアもネオトピアも、二人にとっては安らげない地なので天宮。
和やかな気持ちにさせるちっぽけな部屋が、楽園とも呼べるのかもしれない。
(2005/12/28)



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