/// 何処かで扉を叩く音がする ///




 時が止まってからどれくらいたったのだろう。この国には僅かに残る生命があるだけで、あとは皆、動くこともない。
 これが望んだ世界?
 自問自答に返る言葉は、無為に等しい。


 英知の宝庫の奥深くに鎮座した、麗しき姫の像。自らに寄生するかのような、鋼の精霊。
 そのどちらもが、自らの身を温めてくれることは決してない。
 いつもよこすのは、冷めた感情と突き付けられる現実だけ。


 私はただ彼女が欲しかった。


 孤独のあまり縋ったことは何度あるだろう。
 呼びかけても、触れても、無機物は微笑みを返すはずがない。

 伸ばされているのは、救世主への手向けの腕。
 異界へと旅立った愚かな騎士への最後の言葉。



 ――本当はそちら側に行きたかったのではないのか?



 誰もいない暗闇で、押し込めた心が浮上する。
 死ぬ間際まで確かに騎士であった仲間達。涙を堪えて去っていった親友。自分を信じていた姫。
 罪悪感が忍び寄る。ディードが持ち得ていた白い氷刃の鎌が、自分の首をきりきりと傷つけていく。

 けれどもう無駄だ。
 私が縋れる未来は、一つしかないのだから。


 意思とは別に流れ出す、喉に詰まるような感情の名前なんか知らない。こんな時、どうすればいいのか、考えたこともない。
 悩むことは止めた。思うが侭に生きることを決めた。目的は半分以上達せた。
 孤独でいることがこんなに寒いのだと、知った。

 幸せになれば、こんな想いから解放されるはずなのに。彼女の体温に触れれば、何も怖くないはずなのに。
 地へと引き摺る鈍い鎖は、どんどん重くなるばかり。


 世界は何処までも、私を否定する。





 温もりが。温もりが。
 この凍えた身体に感じられるように。



「デスサイズ……?」

 切羽詰ったような声がする。
 焦点を合わせて見ると、眼下には白い男がいる。名を呼んで、その頬に手を合わせる。
 無機物と成り下がった彼女なんかよりも、数倍温かかった。

 私の手の内で踊る人形。だけど息遣いが聞こえ、鼓動が伝わる。
 確かに生きているのだ。

「――何でもありませんよ、トールギス」

 ふと笑い、再び彼の身体を抱き締めた。
 押し付けられたその表情は、酷く歪んでいたことだろう。
 彼女を他の誰かと重ねるなんて、冒涜だ。私にとって彼女だけが全て。彼女だけが欲する者。

 なのに何故?

 鼓膜を震わせる感覚が心地良い。粟立つ背中を抱きとめることで歓喜に震えてしまう。
 自分以外の誰かの気配の中にいることが、こんなにも安らぐなんて。

 温かい二つの腕がゆっくりと身体に回される。
 心に思い描いていたものからは、決して手に入らなかった体温。空虚を埋めていく、優しい何か。
 信じきれずに目の前の者を凝視する。
 気高くも愚かしい男は、黙り込んだまま縋り付いた。

「お前が望むものは何なのか、訊かない」

 耳元をくすぐる低い声音。
 微かに息の上がった、吐息混じりの言葉。

「――だが忘れるな。お前は俺のものだ」

 あくまで強気の姿勢を崩さない、はりぼての主に微笑みを零す。仮面で作られた、醜い嘲笑。
 彼は薄々知っている。上位に立っているはずの自分の基盤が、時折揺らぐことに。

 だから私は、哂ってやるのだ。

「ええ。私は貴方のものです」

 とびきり綺麗な嘘をつきながら。



 たった二人きりの王国で、温もりを求め合うのは必然だったのかもしれない。






 ――ホントウハソチラニイキタカッタノデハナイカ?


 どれだけディードが叫ぼうとも、私はきっと笑って切り捨てる。
 受け入れられた温度など、すぐに忘れてしまう。

 そうして今度こそ彼女を手に入れるのだから。



 そう。だから。



 貴方に焦がれるこの想いも、きっと偽りでしかない。





-END-




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ちょっと前まで出していたTD文を改訂して書いた物です。
非常に微妙で曖昧な表現なのですが、私的にはデストル。トルデスでもいいけれど。
両想いなのに自覚がなくてすれ違う二人を書きたかったんですよ…。
(2005/03/15)



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