心ゆくまで踊ろうよ
心堕ちるまで踊ろうよ
これ以上何処へも行けない
だってここが奈落だもの
ようこそ、血塗られた世界へ
死神と共にいつまでも踊ろう
† Dance of the Death †
一人きりのダンスホール。
傍らにいるのは、逃げ惑い怯える人々の表情。
もはや動かぬ滑稽な石像。
そこで、彼は一人きりの舞踏会を開いていた。
ツートントン。
ツートントン。
上流貴族の優雅な舞。
お目にかかれた事のないステップ。
だけど彼はいつでも一人だった。
踊っているのは社交ダンス。
相手はいつも重さの無い空気。
宙に手を回し、そこにはいない誰かと踊る。
小首を傾げ、微かだがはにかむ。
リードするように滑らかに腕が動いた。
相手を気遣いながらゆっくりとステップを踏む。
その様子は不思議と自然なもので。
彼が隠している本心が、垣間見えた気がしたのだ。
彼は、愛しいその人と踊れることを夢見ている。
彼にしか見えない幻を相手に、いつまでも待っている。
偶然目にしたその光景は、それからも何度か見かけた。
自分達の主が、自室に姿を消している僅かな時間。
それはいつもどおり繰り返された。
本来ならば主に言っても差し支えないことだ。
けれど、自分達は決して誰にも話さなかった。
話してはいけないような気がしていた。
だから彼にも何も言わず、黙っていつも見ていた。
彼は気配に敏感だったが、作り出した世界の中に酔っていた。
部外者である二つの存在に気付くことなく、今日も踊っている。
それから、少し経って。
やはり彼を見かけたのは、偶然だった。
冷たい廊下の隅に、打ち捨てられたようなもの。
遠目からでは黒い塊にしか見えないそれは、彼だった。
汚れた顔にほつれた長い髪が貼り付き、酷い状態だった。
常に着込んでいる黒いローブは、おざなりに羽織っているだけだった。
隙間から覗く白い肌には、変色している痣や鬱血が見られた。
無造作に放られている金の仮面が、廊下の灯りを照り返していた。
覗かれたその美貌に、一瞬たじろぐ。
それから、彼が倒れている側の扉が主の部屋だと分かった。
ぽっかりと穴の開いたような空虚な瞳がじろりと自分達を見た。
憔悴しきった頬には、生理的な涙の痕がありありと残されている。
冷たい微笑みをいつものように浮かべ、彼は立ち上がりそのまま去った。
『せいぜい黙っておきなさい』
彼は、無言でそう言った。
我々の存在が知られていたのだろうかと、急に不安になった。
抜け目のない死神のことだ。
あのステップは、すぐに見られなくなってしまうことだろう。
そして、それは思ったとおりになった。
主が部屋から出てこない時間帯に、彼もまた姿を見せなくなった。
ダンスホールの麗人は。何処へ行ってしまったのだろうか。
後に残るは、虚しい残像の思い出だけ。
あれから主に、つい口を滑らしてしまったことがあった。
彼からの忠告もそのときばかりは頭に無かった。
ただもう一度、哀しくも美しい舞を見たかっただけなのに。
激しく激昂した主を止めることはできない。
長く続いた責め苦の後で、ぼろ雑巾のように打ち捨てられる。
あの時見た、彼と同じように。
閉まる扉の隙間に見たものは、二人とも違っていた。
怒りに我を忘れて赤くなった主の顔が、切なそうに見えた。
部屋の奥に飾られたように微動だにしない彼に、悲痛の色が見えた。
完全に隔たれた扉。
冷たい廊下に残されて、我々はやっと全てが理解できたのだった。
独占欲の強い主が、あれほどの怒りを露わにするのは彼のせい。
彼がいない誰かと踊ることに、主は嫉妬を隠せなかった。
そしてそれは、我々が見ていたことにより一層助長された。
ああ、何て哀しいことだろう。
主の見えない傷を支えることもできず、気遣うことすら許されない。
いつも孤独な主が選んだのは、ぼんやりとした闇だけで。
その闇すら、助けることは不可能だった。
彼が唯一夢を見ることのできた時間を、我々が奪ってしまったのだから。
ああ、何て哀しいことだろう。
遠い死の舞踏会へ、主は彼を連れ立って行ってしまった。
-END-
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ヴァメリから見た、トルデスという感じで。
要所要所の間はぼかしていますけれど……いたしてます(小声)
ラクロア組と言えばダンス。騎士の嗜みです。
もちろんデスが妄想の中で踊っているのは姫とです。
(2004/12/02)
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