>>> 逆 襲 の 桜 桃
今日もまた、大して重要な話も無いのに三人は集まっていた。
思い思いの場所から、ある者は傍観し、残りの二人はねちねちとした言い合いをしている。
「そもそも貴方の持つ火力を持ってすれば、先の侵攻はほぼ成功したはずですよ。いくら作戦指揮官として優れていたとしても、あんなに回りくどいことをせずに済んだはずでしょうに」
「我が身がジェネラルの側を離れることはない。それに侵攻というものは、身辺を侵される恐怖から始まる。事実、貴様の国は恐慌に陥っただろう」
お互い一歩も譲らない。
すでに蚊帳の外を決めている騎馬王丸は、火の粉がこちらに飛ばないように、黙ったまま一人で将棋を指している。
デスサイズにもガーベラにも、視線を合わせれば最後だ。
身をもってそのことが分かっている騎馬王丸は、顔を伏せたままひたすら嵐が過ぎるのを待っている。
が。
人生そう甘くも無いことも、彼は良く知っている。
「さっきから黙ってらっしゃいますけれど、騎馬王丸殿。貴方とて同じことが言えるのですよ」
黒い陣の上に浮く人魂のような影が、不意に近づいてきた。
それに便乗してか、ガーベラもまた騎馬王丸の前にやって来る。二人とも騎馬王丸よりも微妙に高い位置で止まり、無駄にでかい態度で見下してくる。
この息の良さは、何故この場面でしか発揮しないのか。騎馬王丸は心で涙した。
「そうだ、騎馬王丸。天宮はいまだに落ちないのか? こちらからはあれほどの人員と兵器を送り込んでいるというのに。時間ばかり過ぎていく」
「聞けば新たなガンダミウムは絶っているとか。ジェネラルがお怒りになられたときは、どう弁解するのですか」
両サイドからの攻撃に合い、口だけが空気を食む。一対一ならば反撃に移れるのだが、こうも休み無く言い続けられるとなればこちらの言葉を出す隙さえない。
こういうときは、まだ話の分かるデスサイズに縋るしかない。
ちらりと、左側に視線を投げかけてみた。
縋るようなそれに気付いたのか、デスサイズはにやりと笑ったような気配がした。
話を引っ掛けてきたのは彼であるが、この際の救いの神は鬼でも悪魔でも関係はない。
「デスサイズはあれほどうまくラクロアを落としたのだ。貴様とて力ある者と自負するのだから、それぐらいの早さで望んでみろ」
「そうですよね。では、騎馬王丸殿。この場にいることよりも、一分一秒でも早く天宮を手中に治めてきて下さいね」
「分かっておる。失礼するぞ」
再び続けようとするガーベラの言葉に、巧みに受け答えしたデスサイズ。その流れに乗り、騎馬王丸は退避するきっかけを得た。
二人に背を向けた騎馬王丸はデスサイズを一瞥し、感謝する、と無言で伝えた。
どうぞお構いなく、とデスサイズも黙って頷いた。
あっという間にジェネラルの間から消えた騎馬王丸に、ガーベラは首を微かに傾げたものの追求する気はないようだった。
三人のうち、一人欠ければ、自然とこの場で二人きりになる。
ガーベラはジェネラルの様子を一度仰ぎ見て、それからデスサイズに向き直った。
あからさまなその態度に、溜息が漏れる。
それを良いようにとったガーベラが、そろそろとデスサイズの側へと近づいた。
「……何ですか」
少しだけ機嫌が悪そうに返してみると、ガーベラが眉を顰めた。
「議題はあれで終わりだろう。騎馬王丸を庇うなんて、何を考えている」
「庇う? 本当のことでしょう。進軍中の騎馬王丸がこちらに来る度に、侵攻が遅れるのですから」
互いの口先に再び熱が篭ってしまいそうになり、二人はそれ以上言葉を発さなかった。
冷静になるための小休止。沈黙の時間が五分ほど続く。
ガーベラが漏らした珍しい溜息に気付き、デスサイズが影のまま目を細めた。
「何を途方に暮れたようなお顔をしてらっしゃるのですか。貴方には似合いませんよ」
「ふん。しらばっくれるな。人の不幸を見て喜ぶくせに」
おや心外な、とデスサイズが含み笑いを浮かべた。
間をおいて姿がぶれる。影は実体化を経て、黒衣の人型へと変貌を遂げる。
仮面から唯一見ることのできる桜色の唇は想像通り緩やかなカーブを描いていた。
先日知ったその柔らかな感触を、ガーベラはいまだに良く覚えている。照れる気はないのだが、本人を前にすると多少の気恥ずかしさは禁じえなかった。
そして今もまた、ガーベラの視線は泳いでいた。装甲越しであるから勘付かれることはないのだが、デスサイズに隠し通せる自信もない。
事実、デスサイズの笑みが深くなることを視界の端でガーベラは確かに見た。
「否定はしませんけれどね。それに人で遊ぶのが好きなのは貴方の方では?」
「……根に持つな? 別に良いだろう、触れたぐらいで。おかげで良いものが見れた」
「貴方が慣れないことをするからですよ」
常の本心を隠すような微笑みに舌打ちを返し、ガーベラは部屋を出ようとした。
今日のデスサイズは隙を見せない。
腕を引こうとすれば、流れる空気のように離れる。声をかければ、先程のようにつんと返される。
折角二人きりなのに、などと小さな呟きが長身の背から聞こえる。
出会い頭から毒舌を吐き散らし、素っ気の無いデスサイズに、自分では認めたくない寂しさが込み上げているようだった。
後姿が、構ってもらえずに沈む大型犬のように見えると言えば、ガーベラは烈火の如く怒り散らすだろう。
そう考えてから、デスサイズは微かに声を漏らした。
「待って下さい」
音も無く近づいた気配に、ガーベラが振り向く。
いつの間に仮面を外したのか、デスサイズは素顔のままで笑い、案外すぐ側にいた。
「今日はこれを持ってきましたから、一緒に食べません?」
不思議な紋様の魔方陣を作り出し、デスサイズの手元にこの間と同じ篭が現れた。しかし、中身は異なっている。色は同じ果実ではあるのだが、艶と張りがまるで違う。極めつけはへたから続く細い茎。
ガーベラは瞬時に自身の中にインプットされている知識から、その果物の名を検索した。
「桜桃?」
デスサイズが進んで物を持ってくることを怪訝に思いながらも、物体の名称を答えてみる。デスサイズはこくりと頷いた。
「苺よりもこちらの方が糖度が高いですよ。どうです?」
「構わないが……私は食べないぞ」
「分かっていますよ。その代わり、これを結んでみて下さいよ」
言いながら、デスサイズが桜桃を一つ手にした。紅玉のように照る果肉を茎から離し、色気も何もなく口へ放り込んだ。
不満気に見ていたガーベラだったが、渡された残りの部分――つまりは、何もついていない茎――に対して首を傾げる。
口内で桜桃を転がし、すぐさま種を吐き出したデスサイズは、固まったままのガーベラを睨む。
「別に茎を食べろって言っているわけではないのですよ? これを口で結べる人は器用だって話を聞いたもので」
何たってガーベラ殿ですからできるでしょう?
言葉の裏に隠された意味を読み取り、ガーベラは意を決して茎を口の中へ放り込んだ。
期待されて嬉しいのか、断れば再び嫌味が始まるのが怖かったのか、はたまた技術者としての自尊心なのかは分からなかったが。
しばらく、無心になって舌を転がしてみた。
デスサイズは何が面白いのか、含み笑いを浮かべたまま桜桃を食べていた。
糖度が高いのは本当のようだ。
零れた蜜で濡れた唇を眺めながら、ガーベラは漂う甘美な香りを感じ取っていた。
それにつけて、先程まで手袋の中に納まっていたすっきりとした手が、緩慢な動作で果実を弄ぶ。
ガーベラにとっては甘さに酔いそうな、眩暈のする光景だった。
「どうです? 結べました?」
さらに数分後、デスサイズが愉しげな声音で尋ねてきた。
最初の方では懸命に働いていた口も、いつの間にか相手に見惚れていたため今では殆ど動いていなかった。
できなかったことを告げるのが悔しくて、ガーベラは再び作業に専念した。
脳裏では、緑色の線が輪の中に通るイメージが完成されていた。実際、茎で輪を作るところまではできるのだが、どうしても通すことができない。
苛立つ感情が伝わっているのか、さも可笑しそうにデスサイズが唇を歪める。
「できないのですか?」
「黙っていろ」
くすくすと声を上げ、さらに挑発するデスサイズ。
ガーベラはこのまま吐き出してやろうかともさえ思っていた。
「……やはりお前は、根に持つ」
デスサイズから仕掛けられたこの遊びは、やはり先日の仕返しなのだろうとガーベラは気付く。
性質の悪い笑顔を向けたデスサイズは、確実に確信犯であろう。
恨みがましそうに睨んでくるガーベラの視線にも気を止めず、彼はもう一度桜桃に手を掛けた。
「おやおや。そんな私に食指を動かした貴方が愚かなだけですよ」
「よく言う」
相変わらずの嫌みったらしい物言いも、刺々しい会話の成り立ちも、ガーベラは心地良いものだと感じていた。
昔の自分なら考えられないだろうと、珍しく感傷的にさえなるときも暫しあった。
考えを巡らせると、やはり口の中の物に対する集中力が散漫になった。
二度目の呆けにはさすがにデスサイズも焦れったくなり、再度話しかけてみるもののガーベラは黙ったままだった。
仕返しをしているのに、何となく、面白くない。
「ガーベラ」
一応、確認のためにも名を呼ぶ。
ガーベラの意識が、一瞬だけデスサイズに向いた。
「……――っ!」
感じる体温。甘酸っぱい、桜桃の匂い。混ざり合う二色の髪。掠めていく吐息。刹那の時の、触れ合い。
ガーベラの強張っていた舌から力が急激に抜け去り、あれだけ苦戦を強いられたというのに呆気なく輪の中に茎の端が通った。
唖然として前を向けば、デスサイズが口元を隠して身を震わせていた。
唾液で濡れた一つ結びを手の平に出してみると、ようやく美しい面を上げてくれる。
「なるほど、慣れないこともしてみるものですね」
常に浮かぶ余裕の微笑。
デスサイズは残りの桜桃を入れたまま、篭をガーベラに押し付けた。
その際、まじまじと完成された茎の芸術を眺めるていくことを忘れない。
「結べる人は接吻が上手らしいですよ。良かったですね、ガーベラ」
にっこりと嫌味な笑みを湛え、顔を覗き込んできたデスサイズ。
流れに沿って吐き出された爆弾発言に、再びガーベラは目を大きく開いたのだった。
「それでは御機嫌よう」
仮面をはめ直し、死神の姿が消えていった。
嵌められた。
今の状況に対して、適切な単語が浮かぶ。そこでやっとガーベラが気を持ち直した。
混沌の極みであった情報が、沸々と込み上げてくるもので一気に整頓されていく。それから急激に温度が上昇したような気がした。
空いている腕を恐る恐る持ち上げ、うっすらと上気した頬を手で押さえてみた。
歓喜を及ぼす感触が尾を引き、触れた場所に生々しく残っている。
「……何だ。こっちにしかしないのか」
不満そうな言葉とは裏腹に、嬉しそうな自分の声にガーベラは苦笑した。
視線を落とせば目に入る、桜桃の茎の姿。
「そのうち、期待に添えてやろうじゃないか?」
覚悟しておけ、と赤い部屋で一人呟いた。
混乱する頭の中で確かに見た、デスサイズの複雑そうな表情。
きっと今ごろは隠された仮面の下で、熱くなる体温を持て余していることだろう。
ガーベラは渡された篭を見やった。
やはり今回の桜桃も、調べるまでもなく甘いものをもたらした。
-END-
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自分で何かいているのかさっぱり分からなくなりました;
ていうか、サイト初キスがこれですか。そうですか。恥ずかしさで死にそうですよシノブさん。
意気地なしらしく、ほっぺに。何だか中学生日記のような空気が漂っている…。
サクランボはイチゴ並みに可愛い果物だと思います。
(2004/12/21)
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