:: bashful me and you ::



 青い薔薇の花束を差し出し、ゼロは跪いた。

「私の想いは到底表せませんが、今はこれで精一杯。どうぞ受け取って下さい」

 突然のことできょとんとしていたジュリは、嬉しそうに笑い花束を受け取った。
 仄かな甘い香りが広がり、鼻孔を擽る。厚い花弁は朝露で濡れており、きらきらと輝いていた。
 にこやかに謝礼を返され、上機嫌でゼロは立ち上がった。

「いえいえ。貴方の笑顔の前では、美しきラクロアンローズすら霞んでしまいますよ」
「あらあらお上手。ところでどうして? 今日は何かあったかしら?」

 首を傾けたジュリは、カレンダーに目をやった。
 今日の欄には特に行事が書かれているわけでもなかったが、日付を見るなりすぐに合点が行く。

「もう一ヶ月経っていたのね。忙しくて気付かなかったわ」

 笑ったジュリに習い、ゼロも微笑みを浮かべた。
 いつものように指を鳴らし、薔薇を一つ取り出す。

「あのようなプレゼントを頂けるなんて、このゼロ、天にも昇る気持ちでした」
「義理だけどね」

 くすりと笑ったジュリの一言で、ゼロはぴしりと固まった。
 主人の気持ちを汲み取ったのか、手中の薔薇がひらひらと散っていった。
 ゼロは、慌てて薔薇をしまいこみんで咳払いを一つした。
 笑いながら花束を活けたジュリは、これから仕事に向かうのかオペレーションルームへと歩き出す。

「あの、それから爆熱丸、今どこにいます?」

 焦ったようなゼロの声に振り向いたジュリは、怪訝に思いながらも基地の上にいると答えた。
 ゼロはほっと息をつき、礼を言って立ち去った。
 心なしかその頬は、赤くなっているような気がした。






 雲に隠れるS.D.G.基地。その上部は、まるで雲の上に立ったような不思議な感覚がする。
 爆熱丸は一人、修行と称してじっと座っていた。
 雑念を捨てて無我の境地を見ることは、心に平静を取り戻す術として常用されている。

 そうだ。平静だ。

 頭を空っぽにして励むはずの瞑想であるのに、爆熱丸は自分に何度もそう言い聞かせていた。
 これでは意味が無いのだが、雑音だらけの脳内では気付くこともままならなかった。

「うー……こんなにも気恥ずかしいものだとは思わなかったぞ」

 座ったまま寝転んだ爆熱丸は、閉じていた両目を開く。
 広がる視界は高い空を映した。ぽかぽかとした陽気の中を、のんびりと雲は移動している。
 まだ春は遠いと言われているが、こうした穏やかな昼下がりを見る限り、随分温かくなってきたと思う。
 先月などは雪もちらほら降っていたし、物凄い寒い日だってあったのだから。

 ――そうやって思考を巡らせていた爆熱丸は、ちょうど一ヶ月前の出来事までも芋蔓式に思い出してしまった。
 途端にかっと熱くなる頬に戸惑い、外気に当てられて冷たくなった手を当ててみる。
 静かに瞼を伏せてみれば、まるで昨日のことのようにその日の様子が思い浮かんだ。




 真っ赤に染まった顔を隠すように俯いたゼロを見て、爆熱丸は熱でもあるのかと心配した。
 触られたことに一瞬唖然としていたゼロは、一気に目をつり上げて怒鳴り散らした。

 今から思えば失言だったのだと分かる。
 ゼロは心で葛藤しながらも、勇気を振り絞り自分の前に現れたというのに。

 その日の意味を全く知らなかった爆熱丸は、いつものように口喧嘩を始めてしまった。
 普段と同じ展開になり、ゼロは捨て台詞を吐いて去っていった。爆熱丸の手元には、投げつけるように押し付けられた歪な三角形のチョコレートが残されていた。
 冷静になり、チョコレートを見つめた爆熱丸は、ようやくゼロが赤くなっていたのか理由を知った。

 手作りの贈り物を渡すのが、照れ臭かっただけだったのだ。

 次の日、シュウトにバレンタインデーというものを知らされた爆熱丸は、勿論すぐさまゼロの元へと駆けて行った。
 そして不貞腐れた表情を浮かべていた最愛の人を、思いっきり抱き締めた。
 馬鹿、と頭を何度も殴られたが、爆熱丸は嬉しくて始終笑顔を浮かべていた。
 ゼロもそう言いながら、腕の中で恥ずかしそうに身じろぐだけで振り解こうとはしなかった。




 それが一ヶ月前。

 完全に思い出してしまうと、さらに体温は上がった。顔から火が噴くとはこういうことを言うのだろうかと思う。
 人目がなかったことが幸いだが、何とも慎みがない行動だったと我ながらへこむ。
 無我夢中だと周りが見なくなる癖はどうにかならないものかと、爆熱丸は溜息を一つ吐いた。

 歯の浮くような台詞を素面で言えてしまうゼロでさえ、ああなのだ。
 自分が返しのプレゼントを渡すときには、どんな状態になるのか検討もつかない。

 そう考えて先程から精神統一を図っているのだが、一向に効果は無い。
 思い浮かぶのは、気持ち良さそうに空を飛んでいる騎士の姿ばかり。

 修行が足りないな、と爆熱丸は微かに笑った。

「爆熱丸? 寝ているのか?」

 突然、薄く閉じていた瞼の向こう側に影が差す。
 同時に降りかかってきた馴染みの声に驚き、慌てて身を起こした。

 丸く見開かれた青い瞳と目がかち合った。

「ゼゼゼゼロ! なっ何か用か!」

 考え事を見透かされたような気がして、爆熱丸は動揺した。
 はっきりと喋る自分の声が、別物のように吃ってしまう。

「な、何だ。起きているなら返事ぐらいしろ」
「呼んだのか? すまん、ぼんやりしていた」

 爆熱丸の捲くし立てるような勢いに圧され、ゼロは一歩身を退いた。
 二人の間に程よい空間ができあがり、爆熱丸は気付かれぬように息をつく。

 そしてはっとした。

 今この場所には、自分たちの他は誰もいない。
 絶好の機会ではないか。

 脳裏に描かれたチャンスという言葉に、またもや爆熱丸は恥ずかしさを禁じえなかった。
 兜を被っているおかげで、自分の顔が向こうから見難いことがありがたかった。


 急に黙り込んだ爆熱丸をどう思ったのか、ゼロは不思議そうに見返してきた。
 それでも何も聞かず、明るい顔をして手を出してくる。
 伸ばされたそれとゼロの顔を交互に眺め、今度は爆熱丸が首を傾げた。

「渡す物があるだろう。この私がわざわざ貰いに来てやったのだ。さっさと出せ」

 にっと笑うゼロ。
 呆然と佇む爆熱丸。
 対照的な二人の間に、妙な無言の時間が流れた。


「……それとも、まさか無いのか?」


 先に口を開いたのはゼロだった。あまりにも反応の薄い相手に、自然と声に凄味が増す。
 爆熱丸はたじろいだ。
 バレンタインの時と同じ展開になってしまうのではないかと、無意識に身構えてしまう。

 しかし、そこから怒声が続くことはなかった。

 恐る恐るゼロの顔を覗き込むと、晴れやかだった空色の双眸が陰っていた。
 何かを耐えるような、爆熱丸の嫌いな表情。
 いつも見ているから知っている。ゼロは本心を明かさないまま、目を瞑って一人で歩いていってしまう。
 自分がそうさせているのだと思うと、酷く胸が痛んだ。

「……っ!」

 ぐっと奥歯を食い縛り、爆熱丸は一歩踏み出した。
 ゼロがこのまま目を伏せて去ってしまう前に、告げなくてはいけないことがあるのだ。


 気恥ずかしいなんて言っていられない。素直になれないなんて言い訳だ。
 大切な人を笑顔にするためには、照れや恥など何度でも掻き捨てられるはずだ。
 それが一番大事なこと。

「ゼロっ!」

 切羽詰ったような男の声に、俯いていた顔が上げられた。

 そこにあったのは突き出された拳が一つ。
 爆熱丸は空いている方の右手でゼロの手首を引っ張り上げ、掌を自分の方へと開かせた。
 瞠目しながら成り行きを見守っていたゼロは、そこに重ねられた爆熱丸の拳を凝視した。
 ゆっくりと開かれたそこから、涼やかな音色が転げ落ちた。

「爆熱丸……これ……」

 触れ合った温もりが離れ、ゼロは自分の手の中に残った小さな飾り物を見つめた。

 それはお守りのようなものだった。
 赤く塗られた板を吊るす錦の紐の先には、鈴が結ばれている。その反対側には幾つかの色糸が垂れ下がり、先端には細かな紙細工がくっついていた。
 和紙で作られたそれは、翼を広げた鳥のようにも見える。

「綺麗、だな」
「折鶴といって、手軽に作ることのできる細工物だ」

 無骨な指が、折鶴の羽をそっと撫でた。振動で鈴が微かに鳴った。
 こんなにも儚い物を、一体爆熱丸はどのように作ったのだろうかとゼロはぼんやりと考える。

 随分と難儀したことだろう。けれど、彼は丹念にこつこつと作業を続けていただろうと予想が付く。
 この一ヶ月が、決して安穏だっただけではないことはゼロも重々承知している。
 それでも爆熱丸は、戦いの合間をぬって自分のためにこれを作ったのだ。


 ゼロは顔を伏せた。
 困ったように爆熱丸が見下ろしている気配がしたが、今は正面で向き合える気がしなかった。

 嬉しくて、嬉しくて。
 どう抗っても、表情に出てしまう。

 心情を理解しているのか、爆熱丸は満足気に微笑んだ。
 そんな彼に反抗心が芽生え、ゼロは抱き込むように贈られた物を握り締めると、傍にある頭を軽く小突く。
 爆熱丸はより深い笑みを零し、縮こまった肩を抱き寄せた。

「あの時のチョコレート、美味かったぞ」

 優しい声音が、すぐ傍で響いた。






「お前、私が受け取りに来なければあそこでずっと悩んでいただろう」
「うっ!」

 日が傾き始めた頃、ゼロは唐突に言い放った。西日に照らされ、くすくすと忍び笑いを漏らしている。
 痛い所を突かれた爆熱丸は、一瞬苦い顔をした。

「せがむような真似は美しくないと思ったのだがな……少し、期待していたから」

 ぽつりと零された言葉。切なげに細められた瞳。
 爆熱丸は呼吸すら忘れて、朱色に染まったゼロに見惚れた。

「そういえば何故鶴なのだ?」
「あ、ああ、それはだな」

 ぱっと振り向かれ、しどろもどろになりながらも爆熱丸は答える。
 物に込めた想いを語るように、穏やかな口調で。

 そうして最後に破顔した爆熱丸を見て、今度はゼロが赤くなった。


「折鶴は長寿祈願だ。生きている限り、俺達はずっとずっと繋がっていられるからな!」






 -Happy Whiteday!-


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ごっつラブラブになってしまって困った。駄目だ、この人たちはやっぱり夫婦だ…。
というわけでホワイトデー話でした。バレンタインに書けなかったので、せめてホワイトで。
清純な二人に幸アレ。こんなんですが、爆ゼロ冬の陣に納めました…。
(2005/03/14)


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