[ 朝がくる ]



 朝日がカーテンの隙間を縫い、ベッド際まで届いた。
 昨日はきっちり閉めたはずなのに、と部屋の主は呻きながらもそう考えていた。
 気だるい身体を何とか起こし、傍らのランプを調節した。それから布団を押しのけて窓辺に近づこうとする。

 しかし、身体が何かに引っかかった。
 何気なく振り向けば、一人では大きすぎる天蓋付きのベッドからほっそりとした腕が伸びていた。
 腕の先は自分の寝間着の裾をしっかりと掴んで離さない。
 侵攻を邪魔するそれは、掴まれている側にとっては嬉しい出来事で。
 たとえ無意識の行為なのだと分かっていても、弾む胸は抑えきれない。

 カーテンを閉めなおすことはすぐに諦め、代わりにベッドの天蓋をするりと下ろす。
 深紅の幕は趣味が悪いなどと言われた覚えがあったが、光を遮断するのには十分な代物だった。
 眩しさが軽減されたせいか、ベッドでいまだに眠り続けている者が安らかな表情を見せた。
 滅多に拝むことのないそれに満足気な笑みが自然と浮かぶ。
 嫌味を言われた色の天蓋のおかげで安眠しているのだと知れば、少しだけ悔しそうな顔をするだろうと想像がつく。
 その様子にさらに忍び笑いを漏らし、自らもまた布団を被り直した。

 近くにあるため天蓋越しでもぼんやりと見える、チェストの上のランプの明かりは温かかった。
 明かりはちょうど良い具合に天蓋の中を優しく照らし上げ、相手の顔はきちんと確認できた。
 掴んだ体勢のままですやすやと眠っている。静かな呼吸音は、じっくりと聞き取らなければ聞こえないほど小さかった。
 出会った時よりも青白くなった肌を指でなぞっていく。
 絹のような肌触りが心地良く、伸ばされたままの手を包むように握り返してやった。
 かすかに身じろいだ肩を抱き締める。そのまま手を後頭部に回し、長く真っ直ぐとした髪に指を差し入れた。
 前髪をほんの少しだけかき上げると、いとおしみを込めて、額に軽いキスを贈った。
 温度を分かち合うような激しいものではなく、ただ触れるだけの愛撫を。


 夜明けから始まる、ほんの一時の甘い時間。

 白む空の下。霞む雲の中。狭いベッドの中で、言葉を伝える必要の無い時間。


 幕の間から見た窓辺には、先程よりも角度の上がった斜光が満ちていた。
 これならば大丈夫だろうと天蓋を開いてみる。ランプの燃料はすでに僅かとなり、ちろちろと最後の残り火を灯しているだけだった。
 安堵したように、いつの間にか離れていた腕をシーツの上に静かに落としてやる。
 力なく、くたりと落ちる白い腕。シーツの波に沈みこんだところを見届けると、今度こそベッドから抜け出した。

 時間が許す限りは、一緒にいたかった。
 部屋の中にあるクローゼットを漁り、出来るだけゆっくりと着替えた。
 始終ベッドを見つめながら、起こさないように細心の注意を払う。


 けれど時は止まるはずが無い。
 定刻が訪れて、そっと部屋を出て行く。たった一度だけ、廊下と部屋の境目で振り返る。そして音も無く扉を閉めるのだ。


 扉の閉まる音、廊下を去っていく足音、そして断続的に訪れる静寂。
 それから数分後に部屋の空気は乱れた。
 天蓋も元通りになったベッドがぎしりと音を立てる。
 白いシーツの上に紋様を描いていた髪が、首を巡らせるたびにつられて絡まった。
 落とされた手首をじっと見つめ、今度はベッドの天井に視線をずらす。重たい身体を起こし上げて、さらに部屋を見回した。
 誰もいないがらんとした空間は心なしか温かなもので。
 眠気で微かに火照っている自らの顔に手を寄せて、動かない扉を眺めながら溜息が漏れる。

 緩やかな惰眠の中、ぼんやりと覚えている。
 大きな手の平。温かな胸の広さ。普段とは違い、些細なことにさえ気遣う姿。

 部屋の主に甘えられる、唯一の時の中。
 互いに意識があるときには素直でいられないから、気付かないふりをして緩い眠りの中にいる。
 そうしなければ、いつもどおりに意地を張り合う関係にならなくてはいけないのだから。
 けれどこれは一方的に与え、与えられるものであっていいのだろうかと時折疑問がもたげる。
 きっと彼は、与えることに幸せを感じ、得られるものだとは微塵も思っていないのではないだろうか。

 違うのだと言いたい。自分もできればあげたい。
 深みにはまっていく思考に苦笑いが浮かんだ。
 そもそも惰性的に始まった関係であるのに、この心境の変化はどう説明すればいいのだろう。我ながら呆れてしまう。
 燻る想いを抱いているのは、一人ではないのだ。
 彼の手は髪を梳くたび。唇が掠めていくたび。強く、けれど優しく包んでくれるたび。
 震える心に幾度言い訳を重ねていただろう。――誰もいなくなった部屋で一人で起きることが、寂しくなったのはいつからだったろう。

 考えることを止めて、再びベッドに沈み込む。
 ふわりとした布団の感触のなかには、まだ二人分の体温が残っている。
 その場所を手探りで探し、いない人を抱き締めるように腕を伸ばした。瞼を下ろし、次第に温まっていく朝の空気を大きく吸い込む。
 早起きをして彼に目覚めの口づけを送ってみたとすれば、相手はどんな反応を返してくれるだろうか。
 小さな悪戯心がふつりと湧き上がった。
 たまには本心を捧げてやってもいいなんて思うこと自体、きっともう末期の証拠なのだろう。




 END.




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ほのぼのと甘いトルデス。自分、名前を出さずに書く表現が好きらしいです…;
「あなたのいない朝がくる」ということで、目を覚ます前のデス様を存分に堪能していくトル様と、
トル様が去ったあとに起きているデス様でした。愛って難しいね……。

(2005/01/01)


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