「まだ足りませんか。では、また連れてきましょう」
「貴様は、容赦のない男だな」
「だってこれは盟約でしょう。貴方と私の」
そう言えば、貴方は満足そうに笑ってくれる。
「 灯 火 -AKARI- 」
連日、要塞に囚われている騎士たちが、死へと旅立つ葬列を作る。
皆、似たような絶望の色を濃く残し、私をまるで仇のように睨みつけていく。
怨みの篭った真っ直ぐな瞳を嘲笑いながら、私は彼らを突き飛ばす。その度に、裏切り者、売国奴、と罵りの言葉が耳に残った。
仲間の断末魔を聞いても、今更何も感じない。
感じない、はず。
最初に刃を向けたのは、最も近くにいた親衛隊の者たち。
突然、予測もしなかった場所から攻撃を受けて心底驚いていた表情だった。
呆然として。信じられない顔をして。
それを受ける度に、私の口元は歪みを増していく。
四万の敵と対峙して、疲れきった彼らを地に伏せさせ、その場所には血塗れの自分しか立っていなかった。
こんな汚れた手を、姫が受け入れてくれるはずがない。
騎士にあるまじき行為をした私を、許すはずがない。
石化していくラクロアの全てが、私という存在を否定している。
では、私は。
死神となった私はどこへ行けばいいというの。
「えげつない」
騎馬王丸が非難めいた視線でこちらを見ている。
だが止めようともしないのは、私が生贄を捧げなければ、彼の国の者が対象になるからだ。
私も彼のように真っ向から否定できたのならば。あるいは騎士たちが私を受け入れてくれるかもしれない。
だけれど、騎士が主君の国を裏切ることは、極刑に値する。
私にはすでに帰る場所など、戻れる場所などないのだ。
ふとそう思うと、急激な脱力感が胸を突いた。
何のためにこんなことをしているのだろう。
ぼんやりと霞む思考で、子供の頃に戻ったように当ても無い疑問を浮かべた。
「デスサイズ?」
溶かし終えた溶解炉を見下ろしていたガーベラが、今は私の方を見ていた。
気付かれないように、のろのろと顔を上げていつものように笑ってみせる。
ガーベラが僅かに目を細めたような気がしたが、装甲越しでは確認することはできなかった。
「よくやった。ジェネラルもお喜びだ」
くつくつと満足そうに笑う、貴方。
そんな様子を見て、何故か私は心が安定していく感触を覚えた。
渇望していた安堵感。大丈夫。私はまだここにいていい。――そんな愚かな考えが、脳裏を掠めた。
研究し続けていた古代魔法、そして新たに得た精霊の力を使い、私は次元を超える力を手にした。
しかし、まだその力は小さい。
ガーベラが現在手がけている次元転送装置に対して、まだまだ微弱なものだった。
けれどもしも完成したのならば、もう少しは役に立てるかもしれない。
それから――石化を直す方法を探しにいけるかもしれない。
私のどす黒い精神には、まだ良心が残っていたのだろうか。絶望を知ってもなお、私の想いは募った。
ましては好いてもいない男のために、何故こんなに必死になっているのか。
「……馬鹿か、私は」
誰もいない回廊で一人呟く。
ラクロアには帰りたくなかった。残党を狩るトールギスの哀れな姿も、それを連れて行く醜い自分も見たくは無かった。
行く当てもなく、会議を終えた後の廊下を歩いた。
自分は一応客人の扱いであるのか、はたまた、このような姿に気味の悪さを感じ取っているのか、皆避けていく。
今の自分は闇に溶け込み、魔物のような気配を醸し出しているのだろうなと自嘲が浮かんだ。
誰も私を待っている者はいない。
しばらく行くと、辺りにはまるで人気がなくなっていた。
奥まった場所にあるのは寂れた倉庫だけ。無機物に彩られた要塞の中でも、さらに生気の感じられない場所だった。
暗く電灯すらついていない。薄暗い片隅は私にお似合いだった。
倉庫沿いの道には、たった一つだけ違う種の扉があった。
誰からの訪問も拒むようなこじんまりとした扉は、それでもかすかに開いている。
闇に誘われるように、その真っ暗な部屋へと私は足を踏み入れた。
「何か、用か」
驚いたことに、部屋の中にいたのはガーベラだった。
暗闇の中にぼんやりと光る、彼の瞳。よくは見えないが、どうやら姿を晒しているらしかった。
自分の影に纏いつく、魔法の光が彼の顔をかすかに照らす。それがフェアではないと感じ取り、私は元の姿へと戻った。
少しだけ、ガーベラが息を呑んだ気配がした。
「ここで何をしているのですか」
「お前には関係のないことだ」
尋ねてみれば、にべもなく切り捨てられる。けれどその低い声が震えているような気がした。
黒く染まる世界の中は、仮面越しに見ると狭く感じる。
そんな中にぽつんと佇むガーベラが、心なしか小さく見えた。
彼の側には、見慣れない機材が並んでいた。研究所に篭って物作りに励む姿は多々見かけたが、こうして一人きりで暗い部屋にいるのは何故なのか。疑問が湧く。
ガーベラの様子から、何かを作っていたわけではなさそうだった。何かの実験だろうか。
「……では、何も聞きません。邪魔しました。すいません」
きっと自分が来たことで彼は気分を害したことだろう。
この部屋にいることは口外するつもりもない、と言い残し、私は元来た扉を再度開こうとした。
しかし寸前で止められた。
ローブの裾を、くんと引かれたのだ。
目を丸くしていたのは、むしろガーベラの方だった。
無意識の行為だったのだろう、慌ててその手を放し、怪訝な表情をしている。
帰るタイミングを失った私は、立ち尽くした。去れば良いのか、ここにいる方がいいのか、全く判断がつかない。
「折角だから、見せてやる」
黙りこんでいたガーベラがぼそりと言葉を発した。
足元に転がる機械に手を這わせ、スイッチを探している。かちりと音がした瞬間、見る世界が変わった。
それは星空なのか、銀河と呼べばいいのか、判断しかねた。壮大な宇宙の織物が闇の中に広がっていたのだ。
惚けたような自分の顔を、ガーベラは悲しげに眺めていた。その視線に耐えかねて、私もまた彼の顔を見た。
引き締まった彼の素顔が揺らめく光に照らし上げられている。
そういえば、故郷の夜空もこんなに綺麗だったような気がする。色褪せたセピアの憧憬の中で、足掻くように残っている記憶がそう告げている。
もう戻らぬそれを心に刻むように、私は再び偽りの宇宙を見上げた。
仮面越しではその広さは実感できない。
疲弊していた脳内では、判断する力が薄れていた。ただ、星を見たくて、衝動のままに仮面を外していた。
「……デスサイズ」
ガーベラが憂いとは違った表情を見せた。私はそれに気付かぬふりをして、ただ告げる。
「綺麗ですね。こんなものまで作れるのですか、ガーベ……ラ?」
トン、と。引かれるままに、身体が動く。そのまま二つの腕が私の背中を掻き毟るように抱き締めた。
抱き寄せられたのだと分かったのは、しばらく経ってからだった。
思考が追いつかない。ガーベラの体温と鼓動が、私の身体を突き抜けていく。
「お前、笑えるのか。闇の中でも、こんなちっぽけな光の中でも」
自分の肩越しにくぐもった声が響いた。
さらに強く強く、離さないようにガーベラは身体を密着させてきた。
心地良い他者の温もりを久しく感じた。もっと、と強請るようにこちらからも戸惑いながら背に手を回す。
どうしてこんな馬鹿なことをしているのだろう。
どうして、こんなガーベラを罵る気持ちすら浮かばないのだろう。
けれど今は何も考えたくは無かった。ただひたすら、自分の心を満たすだけが精一杯。
また二人で星を見ようと、幼稚な約束がどちらからともなく交わされた。
-END-
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「二人」の状態になるときのガベとデス。
普段から毒舌で嫌味爆発、変態なデスサイズなのですが(言い過ぎ)
仲間に対する葛藤があったと思っています。もちろんリリに対する想いもたくさん。
でも愛する人から拒絶をされることを知っていないと、劇中のセリフが出てこないと思ったのでこんな感じに。
誰からも拒絶されると分かっているからこそ、壊れていったのかもしれない。
そんなデス様と、闇と宇宙と孤独を恐れるガベ様でした。
(2004/12/08)
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