* * おあいこ * *



 相変わらずの無表情で、自分の従者は隣を歩く。
 すらりと高い背と鋭い蛇目が人目を惹くのか、すれ違う者達はやたらと振り返ってきた。

 それが悪いとは思わない。
 思わないのだが。

「元騎丸……どうした?」

 俯いたまま何も言わずに歩いている元気丸を、虚武羅丸が見下ろしてきた。
 上からでは表情を窺えず、仕方なく足を屈めて目線を合わせられる。
 不貞腐れた自分の顔を見られたくなくて、元気丸は思わず怒鳴るような声を出してしまう。

「何でもないって! ホラ、さっさと行くぞ」

 虚武羅丸はいつもの忍装束と同じ色の着物を着ていた。はぐれないように掴んでいたその裾を急いで手放し、代わりに手甲の無い大人の手を掴んだ。
 あまり触れ合うことに慣れていない虚武羅丸は、並んで手を繋ぎ合うことにも抵抗する。しかし引っ張られるのならば構わないらしく、元気丸は二人で出かけるときは必ずそうした。
 小さな頭を見つめ、虚武羅丸はほんの少し笑った。そして主に引かれるまま歩き出した。

 苦笑するようなその気配が伝わったのか、元気丸は微かに頬を赤らめた。
 これじゃあ本当に愚図る子供みたいだ。
 恥ずかしくなったが、今更この手を離せるわけがなかった。

「まだ着いたばかりだろう。何処に行くか決めたのか?」

 ぐいぐい引っ張る子供に意地悪げな問いが投げかけられる。
 元気丸は押し黙ったままむっつりとし、往来を真っ直ぐ進む。
 やはり、人々は二人に注目していた。時折人影の間から押し殺したような笑い声が聞こえる。

 どうせ微笑ましい兄弟だとか思われているのだろう。
 親子だと思われないだけまし、という考えが脳裏に過ぎるが、ますます元気丸は不機嫌な顔になった。

「人がいないとこ!」
「ああ分かった。あまり引っ張るな」

 二人は往来を避け、町の奥へと向かって行った。




 人気の少ない河川敷。
 元気丸は草原の上に寝転び、空をぼんやり見上げていた。
 そうして過ぎ行く雲の形や風の匂いを確かめながら、隣で静かに目を伏せている従者へと視線を動かした。
 虚武羅丸はけして無口な方ではないが、自分から喋ることも少ない。
 途切れた会話に居心地の悪さを感じる者はいるだろうが、無言の領域が自分と彼の間柄を示しているようで元気丸にとっては逆に安らいだ。

 視線をそのまま固定しつつ、元気丸は物思いに耽る。
 実は町に来るたびに、こんな目にあっていた。
 虚武羅丸以外の護衛といえば騎馬王衆しかいないのだが、彼等と共に訪れる場合は少し事情が違った。
 親子に見られようが、兄弟に見られようが、素直に仕方がないと思える。騎馬王衆は確かに元気丸の家臣という形をとっているが、まだまだ半人前の自分には師であり保護者であり仲間である。一人前になったときにこそ、対等な位置に立てると、それぐらいの分別は付いていた。

 虚武羅丸もまたそうだ。呼び捨てのままであったり言葉遣いがぶっきら棒なままなのは――多少慣れというものはあるが――元気丸が頼んだせいでもある。

(人の上に、国の上に立つべき男になる時まで、そんな言葉遣いすんじゃねぇぞ! ……か)

 過去に自分が言い放った言葉に、元気丸は苦笑を浮かべた。
 家来に強要をすることは滅多にない。そんなものは人が自然にすることで、されない者はそれまでの器だったということだと彼は思っている。
 だから、騎馬王衆が自分を若と呼んだときは大層困った。
 彼等がそう呼ぶのは騎馬王丸の息子だからであって、自身のものではないのだと元気丸は言った。
 訂正はされなかった。四人は、今の主は貴方だけだ、と小さく笑ってくれた。

「そういう所が、まだまだ子供だってことだよな」

 度胸の広さを見せ付けられて、元気丸は歯痒く思った。
 同じ立場なら、自分はこうまでもすぐに受け止められただろうかと考えてしまう。
 無意識の溜息につられて、口先から自然と声が漏れた。

「何がだ?」

 沈黙を保っていた虚武羅丸が訝しげに覗き込んできた。
 慌てて口を塞ぎ、元気丸は上半身を起こした。

「何でもないっ!」
「どうしたんだ元騎丸。今日はおかしいぞ」

 ぷいっと顔を背ければ、虚武羅丸は本格的に心配しだす。
 無愛想な顔が少しだけ焦りの色を出し、それが自分にだけ向けられていることにはちょっとした優越感には浸れる。
 けれど理由が理由なだけに複雑な気分だ。

(……自分だけ馬鹿みたいじゃないか)

 隣にいる人と二人きりの時くらい、兄弟でも仲間でも主従でもない関係になりたいなんて。

 自分だけが思っていることなのだろうかと元気丸は不安になる。同時に自己嫌悪にも陥った。
 町に出て、対等に見られないことに腹を立てても、虚武羅丸は気付きもしない。敬語を突っぱねたことの本当の意味だって分かっているのか怪しい。
 主と従者の関係は否定しようのない事実なのに、身勝手に抗おうとする自分の狡さ。
 それが、子供っぽくて嫌になる。

「……なあ」
「なんだ?」

 呼べばすぐに返る声。伸ばせば届くいつもの距離。
 なのに想いの方向は重なることがないのだろうか。

 元気丸はゆっくり立ち上がった。
 だんだんと黄昏時に近づいてきたせいか、空が橙がかっている。鈍く輝く草原を背にして、虚武羅丸はじっと主を見据えていた。
 揺ぎ無い双眸に膝が、震えた。

「お前さぁ、おいらのこと何だと思ってる?」

 訊きたくなかった問い。恐れてばかりで先送りにしていた言葉。何も言わなくても居心地が良かったから、言わずにいた言葉。
 けれど今は、何よりも答えが欲しかった。

 一瞬、虚武羅丸は呆けたような顔付きになった。
 眩しい朱がうっすらと広がる空は、彼の輪郭を鮮やかに照らしている。逆光にいる元気丸はちょうどその影に入り、仰ぎ見た虚武羅丸の表情をしっかりと捉えることができた。

「誰よりも――」
「え?」

 酷く優しい瞳に息を呑んだ。それから、いつもよりも少しだけ低い声音が耳に入る。
 消え入った言葉をもう一度聞きたくて。
 せがむように尋ねれば、慌てて背を向かれた。

「……愚問だ」

 そう呟いた虚武羅丸の頬が赤く見えたのは、夕焼けのせいだけだろうか。

「何だよー! ほら、最後まで言えって!」
「日が暮れる前に帰るぞ。あいつらが喧しくなるぞ」

 笑いながら急かす。虚武羅丸は話題を逸らそうと懸命だ。
 一層それが微笑ましく思えて、元気丸は柄にもなく追求を止めた。楽しげな表情は浮かべたままだったが。


 河川敷を上がって、今度は帰路を行く。
 静かに後ろを付いてくる虚武羅丸の手を繋ぎ、元気丸は逢引を引き伸ばすかにゆっくりと歩き出した。
 目に付いたのは伸び始めた二つの影。
 身長が全然違うはずなのに、薄黒の頭は仲良く並んでいた。
 元気丸は驚き、目を丸くする。虚武羅丸はじっと黙って、引いてくる幼い手を握り返した。

「何処から帰る?」
「お前が選べ」

 無頓着を装い、吐き捨てたような言い草に笑いが込み上げた。
 自分だけかと思っていた。けれど相手もまた、気付かれないことをずっとしていたことが今やっと分かった。

 虚武羅丸は、いつも半歩前を空けている。
 そこは、手を繋ぐための定位置。
 並んで歩くことすら気恥ずかしい彼の、精一杯の譲歩の証。


(誰よりも大切な……、か)

 聞いた言葉を思い出して、元気丸は弛む頬を空いた片手で押さえながら、溢れ出てくる喜びを噛み締めていた。

「お互い様だな」

 先程までの鬱憤はもはや何処にもない。綺麗に夕空へ溶けて行ってしまったのだろう。
 日差しから逃げるようにどんどん伸びていく影は、消えていく瞬間までずっと繋がったままだった。




-END-




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微妙ですが元虚武。やっと書けた…!
SDGF最終話からずっとネタだけは存在していたのに書けずにいて;;
この主従、どっちがドッチでも構わないのですが……とにかく幸せでいて欲しいです!
(2005/04/06)


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