面影が過ぎる。そのたびに、この虚しい白い腕が。幽鬼のような青白い肌を掻き抱く。

 冷たい肌だ。自分と同じ。
 冷たい眼差しだ。自分と、同じ。
 冷たい微笑みだ。自分よりも、酷く。
 冷たい指先と唇は、彼と、同じ。

 氷刃と呼ばれていた男の、あの真っ暗な瞳が好きだった。
 眩しくて手の届かない彼らの輪の中で、ただ一人黒い影を背負っていたように見えた彼の背中が好きだった。
 相容れない場所にいながらも、酷く自分と同じ匂いを纏った男だったから余計に気にかかってはいた。

 その単なる興味が、歪な独占欲に摩り替わったのはいつの日からか。
 考えることはいつも同じことの繰り返しだったあの頃。

 どうすれば、手に入れられる?
 どうすれば、凛とした佇まいを崩せる?


 ――どうすれば、堕ちてくる?


 感じる蟠りを燻らせ、憤りと建前を混ぜながら反旗の焔を燃え上がらせた。
 磔にされた時、彼の顔立ちを最も近くで眺めて。
 不覚にも、底冷えするような氷の眼差しが美しいと、見惚れていた自分がいる。

 氷は結局私を見なかった。
 仄かな温かさを胸に残して、多分呆気も無く溶鉱炉の底へと消えていっただろう。
 彼の最期を私は知らなかったけれど。


 そうして全てを裏切って手に入れた栄光。
 王の座に腰を下ろした時から忘れたと思ったのに。未練なんて感じるわけがないと信じていたのに。

 いつからか傍らにいてくれる闇が、あの冷たい男を髣髴とさせるせいだろうか。気が付けば、寄り添う影へと手を伸ばさずにはいられなかった。
 私は今宵も冷たい存在を求めるために、がらんどうなこの腕を暗闇の淵へと伸ばしていく。
 幾度も哂う闇に、氷は一度も笑ってくれはしなかったと思う。
 だから、これは私のものだ。
 私のものだと、ようやく胸を張って言える存在なのだ。

 手に入らなかった彼はもう何処にもいないが、片鱗を思い起こさせる下僕がそこにいる。
 何も無い国の中、私のものはたったそれだけ――。
 恋焦がれた凍えたあの身体は、生気の無い器として世界の何処かで消えて行ったから。これだけが、本当に愛しいもの。

 返らない日々を思い返すたびに、あの日々を忘れたいと思う。
 睦言を吐きながら目の前の身体を抱くたびに、まだ覚えていたいと泣く。

 自分が壊れていく音を聞きながらも、私は闇に縋ることを止めることは到底出来やしない。
 あれはただ哂って側にいるだけ。
 肯定も否定も受け入れて、ただただそこで哂っているだけ。
 それでも離れていかないから、中毒者のように求めてしまう。黙って手を伸ばし、相手もまた黙って受け入れる。止める声もないから、この関係は永遠に続いていくだろう。

 どうせ愛しているからもう何処にもいかないで、と叫んだって。哂ったまま、答えを返してなんかくれないと分かっているから。




氷 雪 と 影




 -END-



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君と僕の12のお題のお題「僕は君を忘れたかった。」より。

トル→ディ前提でトルデス。所詮TDですが。
気付いているのか、気付いていないのか、曖昧な感じ。
本当はどちらも好きなのかもしれないし、本当はただ、縋りたいだけだったのかもしれない。
(2007/12/17)



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