「雪が降るな」

 ぽつりと漏らした声音と共に、白々とした吐息が空気に解けていく。
 季節はもう冬だ。
 天宮に覇を唱え、どんなに汚い手を使おうとも己が野望を叶えようとしてから、三年半。
 それは彼と出会ってからもう三年の月日が流れていることを示している。
 そして――。

「一年、経ったか」

 曇った眼を荒い拭ってくれた光を見た、あの日の奇跡から季節は巡り、再び春がやって来る。
 彼のいない一年が、再びやって来る。

 ――いいや、これからずっと続くのだ。

 騎馬王丸はどんよりと重たそうな曇り空を見上げる。
 白く光る空を覆うように広がるのは、くすんだ灰色の雲ばかり。冷えている気温は身を刺すほど乾いている。

 それらは全て、彼の気配に良く似ていて。

「お前はあの雲の上にある太陽を手に入れるために、足掻いていたのだな……」

 もがけばもがくほど、その距離を痛感する。伸ばせば伸ばすほど、自分の手がそこへは届かないことを証明される。
 そんな、絶望の輪廻の中で彼は狂っていたのだろう。
 傍から見ていて、虚しい思えた日もあった。
 哀しく思えた日だって、あったのだと今なら分かる。

 互いが戯れの延長のように、一度だけ他人の温度を求めるために慰めあったことはあった。
 温度を宿さぬ凍えた肌に自らの温もりを移していくことは、ある種の庇護欲を生ませたけれど。
 本当なら崩れてしまいそうなほどに危うい精神を、無理に奮わせている姿に同情心を覚えたけれど。

 彼は結局、自分に何も望まなかった。

 では、望んで欲しかったのかと言われると答えは窮する。
 一度は愛しいと思った者を捨てた身だ。自分の目的の邪魔となるのなら、きっと容赦なく切り捨てるのだろうと思った。
 けれど。
 けれども、本当は――。


「……降ってきた」

 掌で掴んだ粉雪が一片。
 じわりと溶けて消え行く、白き華。
 彼がこれを見たらきっと、抱いたあの日のように切ない眼差しで羨望するのだろう。
 溶けずにただ降り積もるだけの自身の身体を憎みながら。

 静かに降り続く雪。

 美しき刹那の姿を魅せながら、土へ降り積もり泥に塗れ、そして溶けて消えていく一瞬の煌き。
 それが彼と重なって見える、だなんて。
 思ってしまってから苦笑が浮かぶ。そんな賞賛、きっと彼は嘲笑って一蹴してしまうだろうと簡単に予想がついたから。

 でも。
 消えてしまった彼は。
 自分にとっては、不気味なくらい静かに積もっていき、気付いたら溶けて消えてしまうこの雪のような存在だったことだけは確かなのだ。

 彼がいても、いなくても、世界は変わらずに動いていく。
 これは感傷なのかもしれない。
 でも、決して忘れられない。
 抱き締めた細い肢体にだって、確かに小さな温もりが宿っていたということに。彼という存在が確かにそこにあったという事実に。

「お前ともっと話しておけばよかったな……デスサイズ」

 最後に呟いた彼の名を胸に、騎馬王丸は歩き出す。
 積もった雪を握り締め、無心なままに白くなっていく世界を前へ前へと。
 新雪の積もる道には、泥混じりの足跡が続いていった。

 嗚呼、切なさに身が凍る。
 足跡を残さなかった彼が、自分の中に一つの感情を置いてさっさと逝ってしまったからだろうか。




白 い 景 色 の 中




 -END-



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君と僕の12のお題のお題「君がいてもいなくても」より。

騎馬王丸とデスサイズ。温度を持つ者と持たぬ者。許された者と許されざる者。
似ているようで似ていないからこそ、自分を埋めようと求めてしまうような雰囲気が二人にはあるかもしれない。
ガベデスとは方向性が違うのだけれども、この二人も好きだったりします。
(2007/10/08)



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