痛い。
苦しい。
誰か助けて。
そんな言葉は思い浮かぶものの、いつも儚く消えていく。
声にならない己の気持ちを、人は涙で流すという。流せない機械の身体は、何を排出すればいいのだろうか。
後ろから抱きとめる微かな熱。
――熱というには、酷く心とも無いものだけれど。自分にとってはこれが、最大で唯一の他人の温もりだと思う。
黒い衣を脱ぎ去って。
金の仮面を剥ぎ取って。
脆い身体を晒している彼は何を想い、自分を守るように細い腕できつく抱き締めるのだろうか。
いや、守るのではなくて彼の方こそが縋っているのだろうか。
あまりにも近くにいて、似たような闇に浸かってしまっているから判別はつかない。彼を守りたいのは、彼に縋ろうとしているのは自分の方なのかもしれない。
彼の白魚のような手を見下ろす。
色を失っている肌から感じるのは、消え入りそうな体温。きっと彼自身も――そして自分自身も嫌っている、冷たい体温。
(嗚呼、痛い)
(苦しいよ)
(誰か――誰か、私達をどうか助けて)
きっと背中の彼も抱えているであろう傷を隠すように、私は黙ってその手を握る。
寄り添い合いなんて、傷の舐め合いでしかないけれど。
凍えそうな自分の震えは、今はそれで満足して止まるのだ。仄かな温かみを他人は錯覚だと罵るかもしれないが、これが偽りだらけの自分の中で唯一と言えるほどの真実。
それは彼にも言えることで、少しだけ哀しい。
どうして私達は染まりきれないのだろう。
冷たい機械に。冷たい人形に。
いつか朽ち果てるのだろうと薄っすらと予感させるような、熱の無い身体を持て余しながらも、完全に自分という存在を捨てることが出来なくて。
彼を愛していた事実もまた、消し去ることなんて出来なくて。
あの明けない闇夜の中で、私とお前は確かに存在していたのだ。
今はもう、抱き締める腕はいないけれど。
真っ暗な視界の中で、奇妙なほど浮いていたあの白い手を見ることはないけれど。
凍えそうな身体を抱き締めあうことは、決して出来ないけれど。
彼のいなくなった世界で、私は自らの手を握り込む。
同じように熱の無い身体は、決して私を温めてはくれなかった。震えはもう、止まらない。
冷 た い 手
-END-
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君と僕の12のお題のお題「あの夜確かに君は」より。
お題とあっているのかは微妙ですが。
冷たい身体同士の慰め合いは熱を生むのか否か。
(2007/10/05)
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