シュウト達がネオトピアに帰還し、夜通しS.D.G基地内はお祭騒ぎだった。
ダークアクシズを壊滅させたことはもちろんのこと、皆が欠けることなく帰ってきたことに隊員達は喜んだ。
家に帰ったシュウトは家族と共に水入らずの一時を過ごしていて、何故か長官までも不在になっていたため、基地の人々はガンダムフォースを率いていたキャプテンを大いに盛り立てていた。
今夜は無礼講というありがたい長官の置き土産を頂いているため、市長や秘書達をも巻き込み、一同は楽しい一時を過ごした。
別室でぼんやりとそれを見ていたマドナッグは、笑っている彼らが眩しいものに感じていた。
一緒に行こう、と言われた手を拒否したのは彼だった。
下半身の無い自分が行っても仕方が無いし、せっかくの日なのに自分を治すための時間を割いて貰いたくは無かった。それをはっきりと告げて断ったのだ。
「……単なる言い訳だな、これは……」
困った様子で立ち竦んでいたキャプテンやジュリを思い出し、マドナッグはモニターから視線を逸らした。
本当は、祝いの席にいたくなかった。
理由はどうあれ自分がダークアクシズの幹部であった事実は消せない。
優しい彼らはそんなこと気にしないでいてくれるだろう。それが嫌でも分かるからこそ、これは自分なりのけじめでもあった。
いっその事、拒絶してくれればいいものの。
お人好しだと罵りたくなるほど無条件に受け入れてくれる彼らが、少しばかり恨めしく感じた。
それに、とマドナッグは自分の足元であったはずの部分を見下ろした。
溶解して無残な姿を晒している下半身。
それは、裏切りの罪の証。
ジェネラルの側にいることを選びながらもその礎の一部にすらなれなかった自分を、静かに弾糾している確かな証。
キャプテンのことだ。きっと気にしていることだろう。
何とか直せないかと誰かに相談している場面をマドナッグは何度か見かけた。今は祝いのための言い訳ができたが、近いうちに必ず自分を直そうとするだろう。
「このまま屑鉄置き場に放って、私という存在を忘れてくれればいいのに」
今も胸の内では心配してくれていることだろう、画面越しの者達を眺めながらマドナッグはぐっと拳を握り締めた。
彼の呟いた言葉は、誰にも聞かれることは無く宙に解けていった。
それから静かに夜が明けた。
行動を取らないため消費エネルギーを最小限に抑えていたマドナッグは、ふと目を覚ました。
モニタの電源は切っていたため真っ暗だ。映したとしても、そこには散々な広間の様子があるだけだろう。
マドナッグは立ち上がろうとした。
しかし重心をどこにおけばいいのか分からず、よろめき壁に手を付く。
昨夜の暗い気持ちが未だにわだかまっており、マドナッグは床を睨みつけながら一歩一歩歩き始めた。
四角い窓から覗くのは、快晴の空。
ジェネラルが存在していた世界ではありえなかった光の眩さが、視界を覆う。
改めて、この世界の最大の脅威であった者がいなくなったのだと痛感した。
「おはよう、マドナッグ!」
ぼんやりと外を見ていたマドナッグは、突然の来訪者に驚き振り返る。
そこにはシュウトとキャプテンが立っていた。
「……」
ニコニコと笑っているシュウトと連れ立っているキャプテンを見比べながら、マドナッグは困惑したように俯いた。
何と言えばいいのか分からなかった。
彼らは仲間だというけれど、本当にここが自分の場所だと信じていいものだろうかと今更ながらに不安が込み上げる。
そんな暗い考えに囚われ続ける自分が、嫌だった。
通路の光が後ろから差し込む二人と、電気を消したままの自分の部屋があまりにも対照的で。
嘲笑が、浮かんだ。
マドナッグから返事がないことを訝しげに思ったのか、シュウトは困ったように首を傾げる。
いつものようにキャプテンに視線を投げて見ると、彼は何か思いついたように頷いた。
「マドナッグ。おはようにはおはよう、だ」
ずるっとシュウトがこけるような音が聞こえたが、キャプテンは至極真面目に言い切った。
マドナッグは顔を上げて、二人を見つめた。
彼なりの思いやりなのだろうと分かっているから。
シュウトも本気で心配してくれていることも分かっているから。
「……おはよう」
居た堪れない気持ちを抱いたまま、それでもマドナッグは笑おうとした。
「朝からどうしたのね?」
少々気まずい空気を裂いたのは、部屋の主であるカオ・リンだった。
彼の後ろには長官やジュリといったS.D.G隊員、そしてガンイーグルやガンチョッパーズまで勢ぞろいで続いていた。
戸惑った様子のマドナッグを尻目に、シュウトが待ってましたと言わんばかりに彼らを中へと促した。
ようやく部屋に明かりが灯される。
冷たい金属で彩られていた室内に、温かさというものが訪れた。
「尋問でもする……のですか」
僅かに上がった室温を下げるかのように、マドナッグは低い声で尋ねた。
一応は敬語を使ってみたものの妙に慣れない。
唯一、盲信していたジェネラルにはどんな口調だったのだろうと思い出そうとするものの、彼への信頼が崩れた瞬間から酷く不鮮明になっていた。
「それは違う。私達は、これからの君の処遇について話したい」
長官は一歩前に歩み出て、マドナッグを見下ろした。
マドナッグは真面目な話に似合わないその緑色の顔を見上げ、無表情のままじっと続きを待った。
そして、思わず瞠目した。
予想もしていなかった言葉が飛び出してきたのだ。
「君をSDG隊員に任命したい」
「……何だと?」
聞き返したマドナッグに、長官は再び繰り返した。
周りにいる者も何も言わず彼の言葉を聞いている。きっと昨日のうちに話し合って合ったのだろう。
シュウトは興奮を抑えきれないようで、破顔しながら両手をぐっと握り締めている。
「元々、君はSDGで作られたモビルディフェンダーだ。能力は申し分ないだろう。キャプテンと同じくソウルドライブを持っているのだから」
「未来の技術を利用しようというのか? 浅ましい。人間の考えそうなことだ」
鼻でせせら笑う。昔の憎まれ口に戻ったかのように、マドナッグはきつい視線を床へと這わせた。
こんなことを言わなければ己を保てない自分に、反吐が出そうだ。
感情が露出しないようにと必死になって。憎しみだけを高まらせるように短絡的な思考へと逃げ込もうとして。
――彼らが、そんなことを思いも付かないお人好しだと知っているからこそ、わざと悪ぶった素振りを見せて。
泣きたくなる気持ちを押さえ込もうとした。
「違うよ、マドナッグ!」
慌ててシュウトが叫んだ。
自嘲を浮かべて俯いていた顔を上げ、振り返れば彼の悲痛に歪んだ目とぶつかる。
「ダークアクシズは滅んだ。だが、我々にはいまだ守りたいものがある。君のように何処かで泣いている者がいるかもしれない。だから君の力を借りたい」
シュウトの隣でキャプテンが言った。
翳らない双眸がマドナッグを捉えて放さない。
「私達は、君の帰る場所になりたいんだ」
何て愚かな決断だ。
私が一体誰であったのか。何をしていたのか、知らないはずもなかろうに。
そう一蹴できれば、良かったのに。
「仲間、だからか」
「うん! 仲間だもの!」
ぽつりと零せば、シュウトが再び笑顔を見せてくれた。
キャプテンも見た目だけでは分からないが、微笑んでくれたような気がした。
「……少しだけ考えさせて、下さい」
拒絶ではないこと。それだけで皆、喜びの声を上げた。
それを眩しげにマドナッグは眺めた。
善は急げと早速マドナッグは熔けて爛れた足を、負傷したままだった身体を修理することとなった。
だが、折角の申し出をマドナッグは断った。
「先程言ったように、未来の技術を露見させることはこれからの発展の道を捻じ曲げることとなる。機材を貸してくれれば、一人でも可能だ」
無い足を見やったマドナッグに、技術主任は目を丸くした。
「ほほぅ。これは凄いことだよ、長官。もし隊員になるなら開発課の方で働いてもらってもよろし?」
「ええ。では機材を貸してやってくれ。修理室のカメラも切っておこう」
すんなりと通った話に唖然としながらも、マドナッグは彼らの小さな心遣いが有り難かった。
キャプテンとシュウトに支えられ、身を起こす。両側から送られる嬉しそうな声に、マドナッグは少しだけ困ったように目を伏せた。
いつまでこの場所にいられるのだろう。
近づく別れを思い、切なくなった。
「ソラへ」 07:Painful feeling (2006/9/22)
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