君の道と僕の道。
作った轍は、未来へ続いていく。
轍 の 先
地響きが軽く伝わり、土埃が舞い上がる。
様々な部分が朽ちてかけているビグ・ザムが、いかにも油の足りて無さそうな音を立てて荒野に座り込んだ。
西の大地に太陽が落ちかけている。野営の準備を始めるにはちょうど良いだろう。
炎天號に跨って、そういった取りとめのないことを考えていた爆熱丸は、見上げていた空から視線を外した。
子供とザコ達の賑やかな声が響き渡り、機械の運転手達がそれをぼやきながら眺めている。
大人達はそれを横目で見守りつつ、他愛もないことを話しながら作業をしていた。
「コラ! お前等も手伝え!」
爆熱丸は久しぶりの大地に足を下ろし、いつまでもはしゃぎ回る元気丸達に言った。
一頻り走り回って満足したのか、緑色の集団の中から元気丸が頭を出した。
こんなとき、ふと思い出す。
あの冒険の日々を。
昔――さほど時間は経っていないのだが――ミノフス境界を彷徨っていた頃。
あの時の子供は生意気で、何を言っても減らず口を叩いていた。
同郷の武者にこれほど無作法な者がいるというのか、と爆熱丸は頭に血を上らせる中で嘆きを感じていた。
けれど、流れ行く時の中で。
爆熱丸も元気丸も、今まで出会ったことのない仲間によって少しずつ変わっていった。
まるで奇跡のような偶然の産物。
彼らに出会えたあの瞬間は、今はもう遠い過去のようにも感じた。
無表情のくせに誰よりも胸に熱い志を抱いていた、彼は。
心を支えるようにしていつだって声援を送ってくれた、彼は。
顔を合わせば口喧嘩ばかりしていた今では親友とも呼べる、彼は。
国を奪われても懸命に自分のできることを成そうとした、彼女は。
今、どうしているだろう。
「……丸っ! 爆熱丸!」
「え? あ……」
急に声をかけられ、ぼんやりと記憶を辿っていた爆熱丸は顔を上げる。
いつの間にか日は完全に暮れていた。
夕闇の中、元気丸が怪訝な様子で顔を覗き込んでいた。
「お前、どうかしたのか? 人には手伝えって言ったくせに、ぼぉーっとしやがって」
爆熱丸の意識が戻ってきたことに気付き、元気丸が素っ気なくそっぽを向いた。
野営の準備はとっくに終わっている。
何もしていないことが恥ずかしくなり、爆熱丸は「水を汲んでくる!」と告げて川辺へと慌てて走り去った。
覗き込まれた元気丸の黒い目に、見透かされたような気がした。
だから居心地が悪くなり、逃げ出したかったのかもしれない。
おかしな様子の主人を見送り、炎天號は心配そうに鳴いた。
元気丸はその横で、離れていく背中を盗み見ていた。
爆熱丸は川辺に着くなり、勢いよく水の中に頭を突っ込ませた。
自分は、天宮のこれからを作るべく故郷で元気丸の手伝いをすると決めた。
自分の主である武里天丸も、爆熱丸が同行することに了承してくれた。
何より、騎馬王丸との決着がついたあの夜明けの中、元気丸には王気が見えた。彼はいずれ天宮の要となる者だ。だから、出来る限りのことはしてやりたかった。
だが、先ほどの考えは何だろう。
自分には自分のやるべきことがあるはずなのに、それを半分放棄するように思考の波に呑まれた。
冒険を共にした、彼らのことが気掛かりで仕方がない。
今はそれよりも優先すべきことがあるのに。
キャプテンは相変わらず生真面目で。
シュウトは相変わらず元気で。
ゼロは相変わらず気障な台詞を吐いて。
リリは相変わらず頑固で。
皆、相変わらず一生懸命で。
勝ち取った世界の中で、平和に暮らしているのだろうか。
水面に映る自分の顔。その周りからは、いつだって笑い声が聞こえてくる。
爆熱丸、と。
親しげに呼ぶ声と共に。
「爆熱丸」
その時背後から、幻ではない声が聞こえた。
身を竦ませた年上の男に溜息を吐き、元気丸はゆっくりと彼に近づいた。
側の木々の上から御付きの虚武羅丸がじっと見つめていたが、そっと目配せをした。
我儘にはなれたのか、彼は呆れたように目を伏せて姿を消した。
爆熱丸は振り返らなかった。硬直したまま、川底を見つめている。
映るその表情に、元気丸は再び溜息を吐いた。
「しけた面すんなよな」
両手を頭の後ろで組み、元気丸はゆっくりと爆熱丸の隣に立った。
両者は顔を見合わせることなく、静かに川の流れを眺める。
夜は辺りを覆いつくし、沈黙は滞りなく続いていた。
爆熱丸は黙ったまま自分の腰に挿している二本の刀に触れた。
それは、自分が武士道を歩み行く確固たる意志の形でもあった。
天宮を平和へ導くための刀として、自分の道を行くための刃として、爆熱丸は師からこの刀を受け継いだ。
そんな自分が、この地から離れて良い訳がない。迷いを感じてはいけない。
何度も自分に言い聞かせ、爆熱丸は緩く首を振って顔を上げた。
「そんな顔していないぞ。用が無いなら早く戻れ。心配されるぞ?」
「へん。子供扱いすんなって言ってるだろ」
止めていた時を動かすように、爆熱丸は苦笑した。
手桶に水を汲むため、しゃがみ込む。
それを横目で確認しながら、元気丸はいつもの可愛げのない反論を述べた。
昔なら――あの頃なら、爆熱丸は「生意気だ!」と素早く反応した。
けれど、目の前にいる彼はただ困ったように笑みを浮かべるだけで何も言わない。
さっきと同じくぎくしゃくした態度に、元気丸は眉を顰めた。
全然らしくないのだ。
記憶の中の爆熱丸は、馬鹿でお人好しで怖がりで。だけど人一倍忠義に厚く、誰よりも正義を重んじていた。
それはいつだって仲間の傍だった。
笑って、泣いて、怒って、戦って。
「……行っても、いいんだぜ?」
不意に聞こえた、元気丸の神妙な言葉に爆熱丸は目を見開いた。
震えた指先が、思わず桶を取り落としそうになる。
子供が告げた台詞が、脳裏を何度も過ぎる。
それが何を意図しているのか分からないわけがない。直結する答えは、いつだって胸の中に秘められていたから。
「元気、丸」
声まで震えだした爆熱丸は、元気丸をじっと凝視する。
けれどそこには揺ぎ無い意思があった。決して戯言などではなく、本気なのだと分かる。
真剣な眼差しで爆熱丸を見ていた元気丸は、ふと表情を和らげた。
半分は呆れたような顔で、笑った。
「ていうかむしろ行けよ。お前にしか出来ないことが、きっとあいつらのところにあるからさ」
言われた瞬間、爆熱丸は嘆息を吐いた。
他人に指されてしまえば、もう認めるわけにはいかない。
ああ。確かに。
自分は彼らの元に行きたかった。
あの中で、もう一度過ごしたかったのだ。
すとんと落ちてきた感情に、爆熱丸は目を伏せた。
旅を経て、何故だかずいぶんと涙腺が緩くなったのかもしれないとぼんやり思う。
喚くこともなく、ただ彼は静かに涙を流していた。
「な、泣くなよ、馬鹿!」
「はは、嬉し涙という奴だ。ほっとけ」
指先で涙を拭い去り、爆熱丸は微笑んだ。
いつもの調子が出てきた彼に満足したのか、元気丸は野営地に足を向ける。爆熱丸もそれに続いた。
「……天宮はまだ混乱してるけど、お前は――お前等は確かに国に平和をもたらしたぜ」
ぶらぶらと歩きながら、元気丸は話し始めた。
突然のことに怪訝な顔を浮かべた爆熱丸は、子供の頭をじっと見つめる。
「それが役目だっていうなら、お前は立派に果たしたんだ。だから――迷うな」
「!」
照れ臭げに頭を掻いた元気丸は、ぽかんとした様子の爆熱丸に振り返る。
それを見て、急に自分の発言が恥ずかしくなったのか元気丸は捲くし立てるように言い放つ。
「こっから先はおいらの役目だからな! 言っとくけど代わってやんねぇからな! さっさとラクロアにでも行っちまえ!」
鼻を鳴らして駆け出した元気丸に何も言えず、爆熱丸は立ち尽くす。
けれど――。
「まったく……ちょっとは大人しくなったかと思えば、相変わらず素直じゃないな」
――そこには満面の笑顔が、咲いていた。
足跡の向こう側に。轍の先に。
未来は、確かに繋がっている。
-END-
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爆熱丸と元気丸の話ということで書きました。
爆熱丸が再びGFに集うことを決めた時、の元気丸とのやり取りの妄想。
この後ラクロアに繋がっている洞窟に向かった爆熱丸が大将軍に導かれる、という流れがあります。
未来は確かに繋がっています。
(2005/10/24)
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