+++ 憧憬 +++



 要塞に現れたデスサイズは、妙なことに紙の包みを持っていた。
 暑い所を避けるように、一段と高い場所で停止している。

 解析結果を見たガーベラはあからさまに眉を顰めた。

「有機物を持ち込むなといつも言っているだろう」
「時間が無かったのですから仕方無いでしょう」

 いけしゃあしゃあと口に放り込む仕草に苛立ちを覚え、ガーベラもまたリフトを上へ移動させる。
 目の前にあるのは、馴染みの薄い甘菓子。

「作り過ぎて……というか食べる人がいないので、処理しているのですよ」

 作った。
 その言葉にガーベラは驚きを禁じえなかった。
 ラクロアの者は魔法に頼る面が多いため、わざわざ自らの手で――この、陰湿な騎士がだ――菓子などを作ることとは俄かに信じがたい。

 デスサイズは固まってしまった相手がおかしく、含み笑いを漏らした。
 しかし包みの中にはまだまだチョコレートが残っている。いくらなんでも食べ切れない。
 ふと考え、デスサイズはガーベラに尋ねた。

「食べます?」
「は?」

 幾分か反応に遅れ、ガーベラは差し出された物と差し出した相手を何度か見比べる。
 押し付けられるように受け取らされ、大きな手で摘み上げてみる。綺麗に球体になっているチョコレートから、微かに匂いがした。

 食べられるわけが無いし、食べようという気にもならない。
 視線を寄越すと、デスサイズは特に何も言わずに再び包みに手を突っ込んでいる。別に捨てても良いという、彼なりの意思表示だろう。
 再び菓子に目を戻し、ガーベラはじっとそれを眺めることにした。


 チョコレートとは懐かしい。
 始終胸を突いたのは、幸せだと信じて疑いもしなかったあの頃の記憶。
 生まれたてのマドナッグは、様々な知識をインプットされた。見たこと聞いたこともない物を、ただ言葉の羅列として焼き付けられた。
 人間達が教える、くだらない言葉。それでもマドナッグであった自分は、熱心に覚えていった。

 今思えば何て馬鹿なことを、とガーベラは自嘲する。
 食べれもしない菓子の名も、きっとあの時に詰め込まれたのだろう。
 こうして実物を見たのは初めてなのに。

(そう……事故直前に始めて会ったキャプテンにも、勝手に憧れていたんだ)

 英雄はきっと強くて優しい人なのだろうと、偶像を作り出し、自分に重ねようとした。
 けれど実際は酷い裏切り者だった。
 彼は確かに穏やかな目をしていたけれど、淡々と自分を暗闇の世界に放れるような人物であった。

 あれ以来、ガーベラは目の前で見たことしか信じなくなった。
 自分で感じることが全て。他人に刷り込まれる情報にはうんざりしている。

 そうしていつまでも引き摺り、チョコレート一つで沈む己が一番嫌いだった。



 文句も言わずに黙り込んでしまったガーベラを、デスサイズは横目で見た。
 何を考えているのかは知らないが、自分の作った物のせいで落ち込まれるのは心外である。

「気に入りました?」

 いつも通りに逆撫でする言葉を選び、吹っ掛けてやる。
 ガーベラはすぐに悪態を返してきた。

「馬鹿を言え。……返す」

 機械の指から、チョコレートが包みの中に落とされた。熱の篭らない手の中にあったそれは、微塵も溶けた様子が無かった。
 デスサイズはその様子を見て、自分の掌を開いてみた。
 そうして酷く泣きたい気分になる。
 チョコレートは、やはり溶けずにいた。

 苦笑を浮かべるデスサイズを怪訝に思いながらも、ガーベラは下へ戻ろうとする。
 そろそろ騎馬王丸が来る頃である。馴れ合いの時間は終わりだ。

「ガーベラ、目に見えるものだけが真実とは限りませんよ」

 上から降りかかってきた言葉に、はっとした。
 振り仰げば、デスサイズの露わになっている口元が微笑みを象っている。誰かを嘲るものでもなく、皮肉めいた様子も無く、ただ穏やかに笑っていた。

「想いとは、見えないものですから……」

 呟くように囁かれた最後の言葉は、ガーベラの元までは届かなかった。










 -Happy St. Valentine's Day…?-




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ガベデスのようなデスガベのような、チョコレート話。
「READY?」から若干続いているような仕上がりになりました…。
ガーベラは拒絶しながらも幸せだった日々を忘れられない。
デスサイズは幸せになりつつありながらも自分の身体を疎んじている。
雰囲気だけを漂わせる書き方は好きなんですが…分かりにくいでしょうかね;
(2005/02/22)

バレンタイン企画でのお持ち帰りは終了しております。ありがとうございました!(03/08)



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