+++ 繋がる志 +++


 いまだに覚えている。
 焼け落ちた集落の跡地。真っ赤な夕焼けが静かに幕を下ろし、夜になっても辺りに満ちていた煙の臭い。
 倒れ伏している人々の合間を縫って、叫びながら走ったことを。

 あの名を呼びかけながら、探したことを。


 名乗りを聞いたときには内心でとても驚いた。
 もう自分以外は誰一人生き残ってはいないだろうと思っていた。けれど彼はそこに立っていた。
 真っ直ぐな瞳は相手を鋭く射て、赤い鎧を纏う姿は烈火の如く。
 その面影に、自分の口元が自然とつり上がった。

 瞬時に理解した。
 あれが爆熱の名を受け継いだ男か、と。
 至極当然に受け入れることが出来たのは、やはり因縁からか。



 出立の時間は間もなくだった。
 一度は自分たちに同行することを決めた爆熱丸は、やはり異界の仲間達の元へ戻ることとなった。
 一行の主である元気丸は、苦笑を浮かべながら了承した。予想はしていたのだろう。呆れたような表情さえしていた。

 馬に跨り、名残惜しげに歩き出した爆熱丸を呼び止めたのは、爆覇丸だった。
 思っても見なかった相手に呼ばれ、相手は慌てて振り向いた。
 己の武器である木槌を肩に乗せた状態で、爆覇丸はじっと爆熱丸を見ていた。

「何だ……?」
「一つ聞きたい。貴様は誰に名付けられた?」

 突拍子もない質問に首を傾げた爆熱丸だったが、顎に手をやり口を開く。
 戦災孤児である彼にとっては親そのものである師の名を告げた。

「師匠は、俺の母から事切れる寸前に名を教えられたと言っていた。とはいえ俺は両親の顔も生まれた場所も覚えていないのだがな」

 恥じるように俯いた爆熱丸は、爆覇丸が微かに目を伏せたことに気付かなかった。

 確信が決定打になった。そうして安堵が胸に広がった。
 天宮の戦乱が終わって良かったと、今この時やっと素直に喜びを感じていた。

「――もうこんなに大きくなったのだな……」

 爆熱丸には聞こえぬように小さく呟く。それからすぐに顔を上げた。
 彼は彼の仲間の元へ、自分は自分のあるべき場所へそれぞれの道を歩き出す。
 もう、目の前の男はあの日助けることができなかった幼子ではない。立派に自分の足で突き進む一人の若武者なのだ。

 自分が、終わらない戦いに身を投じてから随分と月日が経ったのだと、改めて気付く。
 争いを憎みながら、好んで戦を続けた自分。荒みきっていた自分を必要としてくれた騎馬王丸。そして、平和を勝ち取った新たな主。
 全てはあの焼け跡から始まったのだと思うと、何と希望に溢れていたことか。


 爆覇丸は、名残惜し気に自分達を見送る爆熱丸の歪む顔を見た。
 喜怒哀楽の激しい、純粋な心を持った青年がとても好ましいと思った。

「泣いているのか?」

 くつくつと声を漏らしながら尋ねれば、強い口調で否定される。
 情けない顔だと笑い、藍染めの手拭いを投げ当ててやった。急に眼前が遮られ、爆熱丸は慌ててそれを剥がした。

「何をする!」
「餞別だ。持っていけ」

 踵を返してしまった爆覇丸と手の中に収まっている手拭いを見比べる。
 綺麗に藍で染め抜かれ、端の方は千鳥掛けで美しい模様が出来ている。そのすぐ傍に縫われていたのは、何故か既視感を覚える家紋。
 それは、戦いの中であれほど見慣れた騎馬王丸の家紋ではなかった。
 年代物なのか、所々が解れている。焦げたような跡や煤のような汚れが付いているが、大切に扱われてきたのだということだけは分かる。

「お主の大事なものではないのか?」
「わしは騎馬の軍門に降ったときに皆捨てたわ。さっさと行くがいい」

 ひらひらと手を振られたが、しかし、となお爆熱丸は食い下がる。
 あまりにも真剣な口調に、爆覇丸は見えないようにひっそりと笑う。笑いながら、いつものように鋭い声音を吐き出した。

「くどいぞ、この馬鹿武者め! 貴様とはまだ決着が付いておらん。それまで大事に持っていろ!」
「爆覇丸……」

 陣へと去り行く逞しい背中。そこへ深く礼を返し、爆熱丸は炎天號を走らせた。
 ビグ・ザムの上からかかった元気丸の別れの挨拶に、大きく手を振りながら。

「今度はちゃんと八つの徳目言えるようになってろよー!」
「お前こそ、さっさと一人前の武者になれるよう精進しろ!」

 威勢の良い幼い声音は、これから守るべき主のもの。
 そちらの方向へ、爆覇丸は進んでいった。未来を繋ぐために、新たな仲間達と共に歩むことを決意して。
 背後で響き渡った蹄の音には、一度も振り返らなかった。



 喉が張り裂けそうになるくらい、あの名を呼んだ。
 戦火で滅んだ村の中を、一人きりで歩いた。幼かった子供と、その家族を探し続けていた。
 守るべき人達であった、同じ字を持つ血縁者を失ったあの日のことを、いまだ覚えている。

 拾ったのは、形見代わりの煤で塗れた藍の手拭いだけだった。



 爆覇丸は立ち止まり、西を染め抜いた夕陽を一瞥した。
 禍々しいとばかり思っていた業火の恒星が、今では温かで清らかな灯火に見える。
 それは先程、爆熱丸に渡した家紋を思い出させた。

「爆の紋よ。今度こそ、お前の正当な主を見守ってやるがいい。あやつが帰れる平和な天宮は、我らが必ず作り出そう」

 旅立ったあの日とは正反対の穏やかな眼差しで、彼は前を向いた。
 過去に縛られるのもこれが最後。

 東の空からは、明日へと続く夜闇が忍び寄り始めていた。










 -Happy St. Valentine's Day.-




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「爆熱丸+爆覇丸」です。バレンタインというかプレゼント話ですね…。
真面目な話ですいません…この二人でチョコとかは無理でした;;
名前を見たときから、何らか関係があるのかと疑いかかっていました。いや、師匠と弟子だしね(笑)
旧版だとちゃんと血縁者らしいのですが、SDGFではその辺掘り下げられていませんよね。
というわけで、うちでは血縁者になりました。<急な話。
だって字が被っているし…。爆熱の師匠と爆覇も繋がり有りだと見ています。
(2005/02/17)

バレンタイン企画でのお持ち帰りは終了しております。ありがとうございました!(03/08)



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