+++ READY? +++



「エピオン、大人しくしていましたか?」

 デスサイズは私室に戻ると、真っ先に一番奥の扉を開けた。
 最後の布石として厳重に隠している魔剣は、酷く好奇心が強い。
 それが駄目とは言わないのだが、ここでエピオンの存在が明らかになってしまえば、これからの計画が狂ってしまう。

 危惧していたことを予見させるかのように、エピオンがあからさまに背中を引き攣らせた。

「お、おかえり、デスサイズ」
「何か、しましたね?」

 一段階低くした声音に汗を垂らしながら、エピオンは勢いよく首を振った。

「違うゾ。エピオン、外出てない。ただちょっとドアの向こうから――」

 そうして語尾が徐々に弱々しくなっていった。
 おや、と僅かにデスサイズは首を傾げる。
 闊達なエピオンにしては珍しい。普段から流暢に喋れない分、はきはきとした物言いなのだが。

「何ですか。怒りませんから」
「あー、うー……あのナ、お菓子、作りたいんダ」

 突拍子も無い言葉に、今度こそデスサイズは目を丸くした。
 話の前後が繋がっていないとか、何故に菓子なのだとか、疑問も色々と浮かんだ。けれど一番驚いたのはエピオンの態度だった。
 我侭な様子はどこにもなく、願いを聞き入れてもらえないだろうと予測しているような言い方だった。エピオンは黙って返答を待っている。

「菓子……食べたいのですか?」
「作りたいんダ」

 尋ね返せば、即答された。
 喰らいたい欲求で頭の半分以上を占めるエピオンが、物を作りたいと言う。
 それはとても不思議ではあったが、何にせよ、ここまでしおらしくお願いされては無下に断ることもできない。
 甘やかしているな、とデスサイズは自分で思い、深く息をついた。

「べ、別に、イイんだ。デスサイズ、忙しいからナ」

 溜息を拒否と受け取ったのか、エピオンが慌てて言い繕う。
 けれどその顔は落胆したような色が浮かんでいる。それに微かに笑い、デスサイズはエピオンを抱え上げた。

「普段は聞き分けが悪いくせに、変なところで我慢しないで下さいよ」

 言い終わらないうちに、エピオンの表情がぱっと明るくなった。




 意気揚々と厨房へ駆け込んでいくエピオンを見て、デスサイズは苦笑した。
 石化した国の中に、城の厨房を使う者など残っていない。主も兵士もここには何の用事もないだろう。見られる危険も少ない。
 そう考えながらも、一応辺りを確認してから二人は中へと入っていた。

 はしゃぐエピオンの袖を捲くってやり、ざんばらな髪を一つに結い上げてやる。
 繊細な指が触れるたび、エピオンは気持ち良さそうに目を細めた。

「いいですかエピオン。危ないですから、勝手に触らないように」

 不満気な声を漏らされたが、デスサイズは断固として許さなかった。
 エピオンが怪我をするからではなくて、逆に壊してしまう危険性があるからだ。

「菓子といっても……保存用のチョコレート位しか」
「そう! チョコ! チョコがイイ!」

 材料を考えていると、喜色満面でエピオンが叫ぶ。
 デスサイズは茶色の包みを取り出しながら、またしても弛む自分の口元に呆れた。


 湯煎にかけられた半液体状のチョコレート。温かくなると甘い匂いが零れ出す。
 それを胸いっぱいに吸い込み、覗き込むエピオンの目は輝いていた。
 口に入れてしまいたい欲求に駆られ、元々堪え性の無いエピオンは思ったまますぐに行動に移してしまう。
 どろりとした褐色の海を、人差し指で掬い取り、口に含む。
 口内に広がる懐かしい味に、エピオンは歓喜の声を上げた。

「おやおや。エピオン、食べるのではなくて作るのでしょう?」
「味見ー」

 きゃらきゃらと笑い、摘み食いを繰り返すエピオン。
 注意するデスサイズの目元も自然と和らいでいた。

「ほら、いいですか? こうやって丸めて、粉をかけるのですよ」

 仕上げの段階になり、デスサイズの作った見本を真似ながらエピオンは小さな玉を幾つも作っていく。
 形は全く揃っていなかったが、一つ一つ丁寧に丸められていった。
 デスサイズが最後にふるいで粉をまぶす。
 その一つを、待ちきれないと言わんばかりにエピオンが摘み上げた。

「エピオン、部屋で――」

 咎めようとしたデスサイズの目の前に、エピオンがそれを突き出した。
 怪訝に思う間もなく、まだあどけなくも見える野性的な顔がにぱっと大きく口元を緩めた。

「プレゼント!」

 エピオンの行動の意味がようやく繋がり、デスサイズはやっと気付いた。
 そういえば今日は。

「エピオン、扉の向こうから、何でしたっけ?」
「うっ……出てないし、覗いてないゾ。ポーンリーオーが喋ってたのを聞いただけ!」

 笑われながら問われ、エピオンは頬を赤らめながら言い捨てた。
 それが可笑しくて、ますますデスサイズは肩を震わせる。そのまま自分で作った方のチョコを掴み、エピオンの口に放り込んでやった。
 驚くエピオンの指先から不器用な玉を受け取って、デスサイズは微笑みを浮かべた。

「ハッピーバレンタイン?」
「! うん!」

 エピオンは今日一番の笑顔を湛えて、貰ったチョコレートを噛み締めるように食べた。
 とても、とても、おいしかった。



「えへへへ、今日ディード、ずっと笑ってて、エピオン嬉しい」

 部屋への帰り際、菓子を入れた包みをぶら下げながらエピオンは言った。
 自分では気にしていなかった表情の変化を指摘され、愕然としてしまう。戒めの名を呼ばれたが、それすら気にならないほどに。
 そうでしょうか、とデスサイズが呟けば、そっちの方がいい、と言い返される。

「エピオン、良かった。ディードに拾われて……」

 精神が満足になったせいだろうか。部屋に着くなり、エピオンは泥のように眠ってしまった。
 しばらくすれば剣の姿に戻り、数日の間は静かにしていることだろう。
 肩の荷が下りたことと、胸に満ちている幸福感に、デスサイズは一息ついた。

 包みの中には、食べきれないほどのチョコレートが入ったまま。
 処置を考えるものの、エピオンの寝顔を見ているだけで難しい思考を手放してもいいような気がしてくる。
 もう少しだけ、この居心地の良い空気の中にいたかった。


 エピオンの頭を一撫ですると、デスサイズは立ち上がった。起こさぬように静かに扉を閉めて鍵をかける。
 これから再び、ダークアクシズへ赴かなければならない。
 包みを持ったままデスサイズは暗くなりつつある廊下を歩き出した。


 エピオンが作ってくれたのだと、後でリリに話しに行こうか。


 仮面を嵌めながら、デスサイズはもう一度優しく笑った。










 -Happy St. Valentine's Day!-




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バレンタイン企画リクエスト・エピ&デスでございます。
一緒にチョコを作ってみました。何だろう、この幸せ満点空気は…;;
どうしてもエピDっぽくなるのは、もはやご愛嬌でございます(何)今回のはリバ臭いですが<ぁ
(2005/02/05)

バレンタイン企画でのお持ち帰りは終了しております。ありがとうございました!(03/08)



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