+++ 自鳴琴の唄 +++



「ナナー、おやつよ」

 たまの休日。珍しく家にいたけい子に呼ばれ、ナナは家の中へと入った。

 最近、毎日遊んでくれるマドナッグがなかなか尋ねてこなかった。ディードも騎馬王丸も国へ帰っているため、必然的にナナは一人で遊ぶ時間が多くなった。
 郊外に位置しているため、ナナの足では隣のセーラの家まで行くのにも、大変な道のりだ。
 それにいくら彼女と遊べたとしても、保育園のナナと学校に通うセーラとでは時間が合わさる機会が少ない。
 兄のシュウトも、パトロールと学校で忙しい。
 仕事にいく家族を笑顔で見送るナナだったが、少しだけ寂しかった。

 だから今日みたいな日は、母親が構ってくれて本当に嬉しいのだ。


「あれー? ママ、今日はすごくおっきいチョコケーキね」

 正しい教育の賜物で、きちんとうがい手洗いを済ませたナナが席に座る。
 その目の前に置かれていたのは、普段よりも大きな――子供のナナから見れば、大きいのだ――茶色のケーキだった。
 台所のカウンターにはデコレーションされたホールが置いてある。買ってきた物ではなく、けい子の手作りのようだ。

「今日はバレンタインデーなのよ。だから奮発しちゃった」

 にこにこと笑う顔に後押しされて、ケーキを一口食べてみる。
 仄かに甘く、カカオの香りが鼻孔をくすぐった。とても美味しい。

「バレンタインデーってなぁに?」

 フォークに刺しては口に運ぶナナを微笑ましげに見ていたけい子は、少しだけ考える素振りを見せた。
 口の周りについた屑を拭いてやり、それから彼女は答えた。

「いつも大好きな人に感謝する日……かしらね?」
「大好きなひと……」
「ママとパパみたいな人たちかしらね」

 ちょっとナナには早いわねー、とけい子は笑った。
 ナナは頭を傾げ、最後の一欠けらを頬張った。

「一番の友達とか、かしら。別に一人じゃなくてもいいのよね」

 皿にフォークを置いたナナは、ごちそうさまと言い残して一目散に部屋へ向かった。
 驚いたけい子だったが、何をしにいったのかすぐに合点がいった。
 きっと、彼に何か宛てるのだろう。


「ママー! お手紙とかでいいのー?」


 案の定、幼い声が疑問を投げかけてきた。








 夕焼けに空が染まる頃、草原の一軒家の前で女の子が柵に寄りかかっていた。
 家人を待つナナはいつもこうして時間を潰している。
 この時間は、マドナッグがいたり、ディードがいたり、騎馬王丸が尋ねてきたりする。何に今日も誰もいない。
 無音の風が奇妙に心を冷たくしていき、ナナは抱えている二つ折りのカードをぎゅっと抱き締めた。

 今日も来ないのかもしれない。

 不安が過ぎった。

「……ゆうやーけこやけぇの、あかとーんぼー……」

 マドナッグが覚えてくれた歌を口ずさむ。思い出の中の彼は、低い声音でいつも重ねてくれた。
 意味はまだ全部知らない。けれど、母親が言うには昔を懐かしむ歌なのだという。

 途中で歌詞を途切れさせ、ナナは深く溜息を吐いた。
 明日も、明後日も。もうずっと来ないかもしれない。マドナッグは思い出だけの人になってしまうのかもしれない。
 歌を歌えば、ますます哀しくなってくる。
 ナナは眩しい陽光から逃げるように、俯いた。



「負われーてぇ見たのーはぁいつの日かー……」



 歌が、続いた。

 弾かれたようにナナは顔を上げる。
 カードを掴む力が、和らいだ。


「こんにちは、ナナ。なかなか来れなくてすまない」

 西日を斜めから受けて、いつもと変わらぬ様子で。
 マドナッグはそこに立っていた。

 ナナは思わず彼に飛びついた。すると少し慌てた様子で、優しく抱き返してくれる。
 些細な、それでいて全く変わらないその行動に、自然と笑みが零れた。
 ぎゅっと固い首に腕を回され、マドナッグは少女を不思議そうに見ていた。

「マドちゃん、もう夕方よ。日が暮れたらこんばんわ」
「まだ暮れていない」

 涙目になりながらくすくすと笑うナナと、困惑しながらも楽しげに目を細めるマドナッグ。
 抱き止められて、ナナは肌に当たる何かに気付いた。
 マドナッグの腕を覗き込むと、シンプルな木箱が抱えられていた。

「遅くなってすまなかった。いつも世話になっている」

 ナナを地面に下ろし、マドナッグは木箱を両手でそっと開いた。
 途端、耳に馴染んだ優しい音色が響き始める。

 ポロン。ポロン。

 調子の外れた稚拙な旋律が温かみを感じさせ、ナナにとってはとても素敵なメロディーに思えた。
 自分が教えたあの歌を、一生懸命歌いながら作ったのだろう。
 あの大きな手が様々な物を作り出せるのはナナも良く知っている。マドナッグが近頃姿を見せなかった理由も、これで明確になった。
 嬉しくて仕方がなく、ナナは胸がいっぱいになるのを感じていた。

「マドちゃん、こういうときはね、ありがとうって言うんだよ」

 自分よりも大きな彼が、きょとんとする様子がおかしくてナナは再び笑った。
 つられるように、マドナッグもまた微笑んだ。

「ああ。いつもありがとう、ナナ。私が作ったオルゴール、受け取ってくれるか?」
「うん! ナナからも、マドちゃんにお手紙あげる。いつもありがとう!」

 西日に照らされる二人を、オルゴールの唄が優しく包んでいた。










 -Happy St. Valentine's Day!-




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バレンタイン企画リクエスト・マド&ナナでございました。
一番最初は「オールキャラ?」な勢いで登場人物が増えてしまいました。
ので、少し変えてこんな感じに。どうでしょうか…;
(2005/02/04)

バレンタイン企画でのお持ち帰りは終了しております。ありがとうございました!(03/08)



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