それは、些細な一言だった。


「あいつ、エピオンに似てる色ダ。喰っていい?」







+ う ち の 子 一 番 +







 たまたまその日エピオンを連れて要塞にやって来ていたデスサイズは、魔剣の言葉に背筋を微かに引き攣らせた。
 脳みそ軽量な養い子(?)であるエピオンは、思ったことをすぐに吐き出してしまう。何となく連れてくることに対して危険な匂いがしていたのだが、急なことだったので致し方なく同行を許した。
 今思えば、やはり置いて来た方が賢明だったのだとデスサイズは痛感する。

「えええエピオン、もうちょっと黙っていなさい。飴あげるから」
「デスサイズ? ここ暑いから、飴は溶けるゾ?」

 珍しくどもりながらデスサイズはエピオンを慌てて下げさせ、道中の愚図りをあやすために持ってきていた棒付き飴をエピオンの口の中に押し付ける。
 食い気に促させるままに棒を受け取ったエピオンだが、さらに一言余計なことを付け足した。
 思わず、デスサイズの手が宙ぶらりんのままで硬直した。

 ゆるりと振り返ってみれば。

 微妙な鮭色の男が、あからさまな怒気を全身から立ち上らせていた。
 普段は何でもそつなくこなすガーベラだが、NGワードに引っかかるとまるで世界中を敵に回すかのような勢いで怒り出す。
 その様を知っているデスサイズは、極力彼を怒らせないように立ち振る舞ってきた。
 少なくとも今まで、デスサイズ自身がガーベラを怒らせたことは一度もなかった。


 本日の、爆弾が投下されるまでは。




「我が主たるジェネラルに向かって何たる侮辱! 似ているだと!? 何処がどう似ているのだ!??? 暑い?? これはジェネラルの御身を作るための苦肉の策!! 貴様に意見される筋合いはない!!!」

 マシンガンのように怒涛が溶鉱炉の間に響き渡る。よく通る低い声だからこそ、その重みがいつもよりも三割ほど増しているような気がした。

 ガーベラの言葉に、背後にいるジェネラルもご満悦のようだった。
 うんうんと唸ったり、喉を鳴らして笑ってみたり、はたまた宙に浮いている腕を楽しげに振り回している。

「ガーベラの言う通りだ。貴様に我の崇高なるこの姿が理解できんようだな? 無知とは何とも罪なものだ。このような者を扱うとは、デスサイズも酔狂なものだな」

 鼻を鳴らして嘲笑うジェネラルは、依り代として動かしている仮の小さな身体をうんと伸ばすようにして下の位置にいるエピオンを見下す。
 三つの瞳がぎょろりと蠢き、睨みつけるように細められた。



 二人の猛攻にエピオンは嫌そうな顔を浮かべる。大きな飴を頬いっぱいに蓄えながら、デスサイズの制止も聞かずに文句をつける。

「デスサイズのことを馬鹿にするナ! お前、キライだっ!!」
「何だと! 我を侮辱する気か!!」

 いがみ合う二人を見て、デスサイズはどうしてよいのか分からず、ガーベラと二人を見比べる。
 ガーベラと騎馬王丸を諌める時とはわけが違う。
 相手はジェネラルとエピオンだ。
 諌めるにしても、どちらも機嫌を損ねてしまうと大惨事になりかねない。


 ――最悪、自分はどちらかに喰われるかも。
 そういった考えがふと浮かぶため、デスサイズは完全に出遅れていた。


 しかし、それも気鬱で終わる。
 ガーベラの一言が、デスサイズの癇に障った。


「ジェネラル。このような下等生物をわざわざ相手にする必要などありません。所詮、どのような形を取ろうとも紛い物だ」




「……紛い物、だと?」



 静かに灯る炎のように、デスサイズの声が小さく低く呟かれた。
 背負う闇の気配は一層濃くなり、仮面の奥から見据える視線は鋭い刃物のようにガーベラを射抜いた。

「剣がこのような形であることは偽りだと? 見目を変えようとも何も変わらないと?」

 追い詰めるような言葉にガーベラは冷たい汗を感じた。
 常に化かし合いをしてきた相手を怒らすことは今まで一度もなく、何が地雷になるのかも自分は承知していたはずだった。
 それが、ついジェネラルのことに大して熱を込めてしまったためついに口から滑ってしまった。

 ガーベラは油切れを起したような機械的な動きで、ゆっくりゆっくりと振り返る。
 デスサイズの口元が、限界まで引き付けられていた。


「ええ、それは貴方達のような機械人形には分からないでしょうとも? 悪趣味な釜戸に足を浸すようなお子様と、そのお子様の我侭に言いなりな引き篭もりに、エピオンの何が分かるというのですかぁ? ていうか酔狂なのはあんたの方でしょうジェネラル??」

 ガーベラよりは声は落ち着いてはいたが、内容はいつもは紳士的(口調のみ)なデスサイズにしてはかなりキている。
 ジェネラルはそんな彼を始めてみたせいか、ぽかんと口を開けた。その間、ガーベラはさらに怒りのボルテージを上げていく。



 ――この他人を踏み台にするコンビ(今命名)には失礼という言葉が無いのかぁぁ!!??

 ※貴方に言われる筋合いはありません。




「ジェネラルをそんな風に思っていたのか、この腹黒! こんなガンダムだか精霊だか分からん餓鬼を餌付けして何の得があるというのだ!!!」
「貴方こそ訳の分からない雄叫びを上げまくる外宇宙生命体に何うつつを抜かしているんですか!? 中身がガンダムのくせに真っ黒なのは貴方でしょうが!!」


 何故知っている、という天の声がつっこみをしてきそうな内容だが、ヒートアップしている二人は気付かずにさらに罵りあいだす。
 悪口の果てには、互いにジェネラルとエピオンの自慢を始める始末。

 そんな二人はというと、ガーベラとデスサイズが火花を散らす下で小規模な戦いを始めていた。

「お前、手とか浮いていて可笑しいゾ! エピオンみたいに羽もないくせに!」
「何だとこの出来損ない竜めっ! 貴様こそ一々変形するたびに、身体が分離しすぎだ!」

 リフトの上と魔方陣の中という距離があるため回避されているが、今にも両者は取っ組み合いをしそうなほど険悪で熱いムードが漂っていた。
 しかし、交わされるのは低レベルな喧嘩のような内容である。



「ジェネラルが世界の頂点に立つのだ! お前の所の餓鬼なぞ、下の下のさらに格下! ジェネラルと同じ系列に属することも憚られる!」

「あまりエピオンを侮辱して頂きたくはないですね! この子はこれから私のために大切な役目があるのです! いつも寝ているか起きているのか分からない無機物と比べられたくはないですね!」

「貴様の主は陰険で根暗ではないか! その上妄想癖だけは立派に備えて、変態街道まっしぐらだ! 我に尽くすガーベラとは雲泥の差があることは明白!!」

「お前のところだって、根に持ってばっかりで解体が趣味なちょっと危ないヒトじゃないカ! デスサイズすごく優しい! エピオン、いつも嬉しい!!」



 生憎、つっこみ要員はこの場にはいなかった。――というか、ジェネラルの間にはこの四人しかいないのだから仕方ないのだが。

 そこへタイミング悪くやって来たのは、唯一の常識人?な騎馬王丸だった。
 武者は貧乏くじを引きやすい(当社比)のか、異様な光景に彼は見事に硬直した。


 まずい。とてつもなくまずい。
 今、この渦中に紛れ込んでは、もしかしたら生きては帰れないかもしれない。

 天宮の制覇、ここに終わる――。


「勝手な妄想は終えて、さっさとどっちが勝っているか言ってみろ」
「そうです。騎馬王丸殿ならば公平な目で見てくれるに決まってますからね?」

 そんな夢想への逃避も聞かずに、ガーベラとデスサイズは騎馬王丸に詰め寄った。
 にじりと近寄られ、彼は脂汗を人知れず大量に流していた。
 一人それに気付いている虚武羅丸は、嘆かわしい、と心の内で涙を流していたが、自分も厄介ごとに巻き込まれることは出来ずに静観を決め込んだ。
 騎馬王丸が内心でこの忍のリストラを決めた瞬間だった。

「ま、まぁ落ち着け。どちらも優れているだろう?」

 あまりうまくはない作り笑いを浮かべ、当たり障りのない言葉をかけてみるものの、両者はさらに詰め寄る。
 白黒はっきりさせないとダメな性格の二人。
 その背後では、「変な回答をしたら喰ってやる」と言わんばかりの赤黒い子供達が笑いながら騎馬王丸を見ている。


 親馬鹿、子馬鹿とはよく言ったもので。


 逃げ場無し。



「ジェネラルだろう!」
「エピオンですよね!」



 もういっその事、とんでもないクソ餓鬼な元気丸が自分の息子である方がましだ。
 騎馬王丸はこのまま暑さに飲まれて、気絶したいと思った。










 -END-





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親馬鹿なガベとデス、子馬鹿なジェネとエピ。
騎馬様はどんなに悪童でもこの現状を打開できるならいっそのこと自慢してやれるよ、ということで。
とにかく罵りあい(低レベル)な彼らが楽しかったです(笑)
(2005/12/20)



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