+++途切れた明日






 アラート。

 アラート。


 赤く回る緊急灯。金属で囲まれた基地に反響する耳障りな音は鳴り止まない。
 周りを忙しなく人々が行き交い、何事かを叫んでいた。

 けれど、今の自分にはとても。
 そう。
 至極、とても関係ないことのように感じていた。


 分厚い硝子の向こう側には、無限の宇宙がひたひたと広がっている。
 瞬く星の光は幾億年ほど前のものだろうか。もしかしたらそこに恒星はなくなっているかもしれないのに、ちっぽけな人間達は残像を美しいと評する。

 そんな星と似たように、自分はぼんやりとただ彼の行ってしまった方向を眺めている。
 幻を追い求めるように。

 黒い闇の中に、彼は消えた。
 呆気なく。前触れも何も無く。

「……ああ」

 嘆息が漏れる。それは、本当に自分の声だったろうか。



 人々は解析を続けている。必死に、彼の乗っていた船を捜す。
 自分もまたモニタを見つめるが、そこには静かな真空の宙が横たわっているだけで何もない。

 白い、彼の姿は何処にも無い。


 純白は純粋なのだと、誰から聞いたのだろう。
 思い出せないほど、自分には酷く関係のない話だと認識していた。

 彼は、それを彷彿させるほど真っ白だった。

 真っ直ぐな青い瞳は逸らされることなく自分に向けられ、疑うことすらしらないような綺麗な心を持っているような気がした。
 自分は、そんな彼に何か言ってやることもできずに、事務的な言葉と敬礼を捧げた。彼は、それでも嬉しそうに返事を返した。
 初めての任務で緊張しているだろうに、屈託の無い笑みを浮かべてくれた。

 彼の任務は長期になるから、それまでには何か話せるようになりたかった。
 自分が彼の存在をどんなに望んでいたのか、言ってやりたかった。


 GP-01という番号の重さは、世代を重ねるうちに自分に酷く重く圧し掛かってきた。ソウルドライブを扱える唯一の者として。

 けれど、自分には過ぎた物だと認識している。
 ソウルドライブは人との心の触れ合いで成長し、輝きを増す回路だった。
 それを知ったのは生まれて間もなくだった。
 当たり前だろう。自分は、そうして完璧な状態で生まれたのだから。

 回路の発動条件を知ってしまえば、うまく調節して扱えるようになった。何故なら自分は機械なのだから。内で行われる淡々とした作業は、誰の目にも結局は触れることなく、ソウルドライブは冷たい炎を燃やすようになった。

 温もりのない、魂。
 人に作られた自分には、ココロというものが理解できるはずがなかった。


 けれど世間は動き出し、自分の後継機を作り出そうとし始めた。
 自分よりも優秀で、自分とは違い感情を持つ機械。
 そうして作り上げられたGP-02もGP-03も、ソウルドライブに拒否反応を起し開発は凍結された。

 結局、彼らは自分を越えられることが出来ず、また自ら拒んだ。

 彼らが生まれ、死んだあの日。
 回路が伝えてきた断末魔にも似た彼らの声は忘れられない。

「お前の代用品になんてなりたくない」

 一人は嘲笑いながら、一人は嘆き怒りながら、システムダウンしていった。
 拒絶された自分には、何の感情も浮かばなかった。


 けれど彼は違った。
 自分と繋がった瞬間に流れ込んできたのは、歓喜と羨望。

「貴方みたいになりたい」

 微笑んだ彼を、閉鎖されたシステムの中で自分は垣間見た。
 真っ白な彼の、真っ直ぐな佇まいを。


 ココロを通わせるとはどういうことなのか、この瞬間悟ったような気がした。


 マドナッグと名付けられた彼を、それ以来ずっと遠くで見ていた。
 まだ小さな炎を抱きながらも、自分の物とは確実に違うのだと感じていた。

 そう――感じていた、のだ。

 自分もまた彼の誕生と共に何かが変わっていくような気がした。
 本当の意味で心を繋ぐことのできる彼と共に歩めば、この冷たい炎に温もりが宿るのかもしれない。
 そのときこそ、本当に自分は自分になれる。
 希望なんていう不確かなものを信じるほど、自分は人に近くなってきているのだから。

 これが感情というもの。
 マドナッグが教えてくれた、他人を受け入れることで自分を受け入れられる術。


 でも、彼は行ってしまったのだ。
 ここではない何処かへ。

 繋がらないほど、遠くへ。



 繋げないほどの、絶望を抱いて。全てを拒絶するほどの、真の闇の彼方へと。



 捕捉はできないのか、と科学者に尋ねられた。
 無感動に自分は、それに答える。


 もう二度と、蒼い炎に氷解の時は訪れないのだろう。

 お前は結局システムの頂点に君臨する孤独な男でしかいられないのだと、脳裏で誰かが指差した。





 -END-





---------------------------------------------------------
別の未来の話。もしもシュウト君と出会わずにいたら、キャプテンは機械然としたままだろうと思います。
マドナッグが冷たく感じたのも、もしかしたらそんなキャプテンだったのかもしれない。
でも、彼もマドナッグが消えた世界で一人になっていたのかもしれない。
――そんな妄想な話。
GP-02とGP-03については本編はノータッチなので、どうなのか不明ですね;
自分的にはちゃんと生きてますよ。
(2005/12/08)



←←←Back