オレンジ色のカボチャに色とりどりのお菓子を詰め込め!
 くれなきゃイタズラしちゃうよ!

 『Trick or treat!』



** 未知との遭遇 **




 夕暮れを待つ街中は、祭独特の雰囲気に包まれていた。
 人もモビルシチズンも思い思いの仮装をして、楽しげな声が辺りから聞こえてくる。

 もちろん都市の郊外も例外ではなく、子供のいる家はどこでも一層明るい。
 大人たちはこの日のために、街を練り歩く子供の分の菓子を用意している。
 シュウトの家でもまた手作りの菓子が着々と出来上がっていた。

「うわー! 美味しそうー!」

 外のテーブルに置かれたクッキーの山。それを仰ぎ見ながら、シュウトは感嘆の声を上げた。
 久しぶりに帰ってみれば、季節は丁度ハロウィン。
 仮装行列で家々を訪ねる際、隣のセーラの家ではケーキが振舞われる。そのためこのイベントは毎年見逃せないものとなっていた。

「……すごい数だ。こんなに訪ねてくるのか?」

 ゼロは皿をしげしげと見つめ、摘み食いをしようとした爆熱丸の手を思い切り抓り上げる。
 苦悶の声を上げる武者を黙殺しながら、キャプテンがこくりと首を縦にした。

「ネオトピアは総人口数に対しての子供の数が標準以上だ。また例年と比較してみても、仮装行列に参加する者のうちの約半数は郊外までしっかり回っている」
「へぇ、そうだったんだ……」

 律儀な答えに感心しながら、シュウトは毎年セーラのケーキが品切れで食べられない理由に納得する。そして今年こそ、と心に決めた。

「ところで姫は?」

 ゼロはきょろりと辺りを見回し、主君の姿を探した。
 ひりひりと痛む甲を摩りながら、爆熱丸が小屋の方を指差した。

「さっきナナの着替えの手伝いをしてやるんだと言って、向こうに入ったきりだ。随分時間がかかるな」
「女性ですからねぇ」

 ぬっと割り込んできた台詞に、思わず爆熱丸は背筋を引き攣らせた。
 人の神経をわざわざ逆撫でするようなこの物言い。揚げ足取りと減らず口だけは、誰よりも抜き出ている言い回し。
 頭だけを振り向かせて見れば、隣にいる翼の騎士と似たような姿をしている暗色の鎧を纏った男が予想と寸分も違いなく薄笑いを浮かべている。

「おやおや、武人があっさり背後を取られていいんですか?」
「ディ、ディード!」

 ずざざ、と音がするほど勢いよく爆熱丸は後退した。
 出会ったことのある騎士は自信過剰で気障で気の合わない部類だったのだが、この氷刃の騎士だけは飛び抜けて苦手な存在だった。
 何しろ口では勝てたためしがない。
 彼とつるんでいる他の二人と共に敵に回してしまうと、ねちっこい精神攻撃の嵐が起きる始末だ。

「奴はまだまだ未熟なのだ。お前のように知略もなく、生まれつきの単細胞だしな」
「何だとー!」

 親友の言葉に便乗し、ゼロが苦笑を浮かべた。
 いつもの流れで二人の喧嘩が始まるのだが、慣れたもので誰もそれの仲介には入らない。
 あれでコミュニケーションを図っているのだ、というのが経験者マドナッグからの意見だ。

「と、ところでディード。その布は何?」

 シュウトはディードの抱えている白いシーツのような布を指した。
 暗い色を纏っている彼が持つと、随分と際立っている。

「仮装衣装ですよ。さっきナナのところに行ったら、これを着ろと言われて。そろそろマドナッグと騎馬王丸も同じような物を持って上がってきますよ」

 くすくすと笑いながら、顎で階段を示す。
 すると重い足取りで話題の二人が上がってきた。
 ディードの言うとおり、その手には何らかの布製品が握られている。

「……いや、ナナの付き添いで行くのはいい。だが、私がこれを着るのか?」
「お前はまだいいだろう。俺なんて……ちょっと泣けてくるぞ」

 ぶつぶつと互いに愚痴りあいながら二人はのろのろと五人の前を横切り、シュウトの家の中へと姿を消した。
 それを呆然と見送っていたシュウトにもう一度笑い、ディードもまたその後について屋内に消えていった。

 呆気にとられてそれを眺めていたシュウトはキャプテンと顔を見合わせた。
 どうやらナナはあの三人を引き連れて、仮装行列で街中を練り歩くらしい。
 いくら仮装をしていても、あの一行はかなり目立つ。
 仲が良いような悪いような不思議な間柄のあの三人の周りでは、常にこちらの胃が痛むような毒舌合戦がなされる。半強制的に仮装をされ、きっと気分も急降下中だろう。
 せっかくのお祭なのに、とシュウトは彼らに出会っても近づかないよう固く心に誓った。

 そこへ、小屋に篭ったきりだった妹とリリが上がってきた。
 ナナは小さな妖精の格好をしており、手伝ってあげていたリリもまた黒い魔女の格好をしていた。

「あの、似合ってます?」

 リリははにかみながら、その場で一回転してみせる。黒いスカートの裾がひらりと動き、垂れ下がった帽子の先の星が揺れる。
 もちろんゼロは大絶賛をするが、リリが尋ねた相手はシュウトだった。
 黒い格好は助けられなかった彼女の幻影を思い出させたが、もうあの時の感傷は過去のものだった。
 シュウトは力強く頷き、笑顔を見せた。

「おにーちゃんも行くんでしょ? リリおねーちゃんも折角だから一緒に行きたいって。ホラ、着替えて!」

 小さいながらにも女の直感という奴なのか、ませた笑みを浮かべてナナはシュウトを急かした。
 照れたような苦笑いを浮かべてシュウトは家の中へと入っていった。
 その様子を嬉しそうにリリは眺めていた。



 夕暮れとなり、ナナ達四人と、シュウトとリリ、そして涙ながら付き添いを申し出たゼロがネオトピアの中央部へと出かけていった。
 キャプテンは家でけい子の手伝いをすることとなり、菓子は爆熱丸が炎天號と共に訪れた子供達に配っていた。

 ちなみに、暗くなるにつれて一人が怖くなった爆熱丸は様子を見に来たキャプテンを無理やり引き止めていた。
 カボチャのランタンの光にもおっかなびっくりで、リアルな仮装をしてきた子供に対しては逃げ腰だった。
 結局は手伝いも終わり、二人で配ることになった。

「さ、最近の子供はおっかないな」
「ナナのように怖くない類の仮装も沢山いたが」

 がちがちと足元を揺らす爆熱丸に溜息を吐いたキャプテンは、そういえばと思い出す。

「マドナッグはミイラ男、騎馬王丸は狼男だったが……ディードの仮装が何なのか結局分からずじまいだったな」

 出かける時に現れたマドナッグ達は不満気な顔をしたまま仮装に身を包んでいた。
 ――ナナは酷く満足そうだったが。
 シュウトはリリと同じく魔法使いの格好で、御付きのゼロは吸血鬼(自分で選んだ)で出かけた。
 しかしディードだけは、あの布をやはり持ったままで着てはいなかった。
 着てしまうと視界が随分と狭まってしまうのだと、ナナ達との会話の端々から分かった。

「視界が狭まる? 一体何を着ているのだ……」

 神出鬼没な騎士を思い、爆熱丸は背筋を震わせた。




「よぉし! 作戦通りだね!」

 一方のナナ達は、菓子を貰いながら時折街角で見かけるシュウト達一行の様子を観察していた。
 呆れながらも付き合っているマドナッグは、回った家の数と菓子の数や種類を計算している。騎馬王丸はナナを肩車したまま、溜息を吐いている。
 唯一楽しげにしているディードも、ナナがシュウトとリリの様子を報告するたびにニコニコしながらも黒いオーラを発生させている。

 通行人や他の子供達は、街角で固まっている異様な四人組に気圧され、先ほどから近づかないように気をつけている。

「……どうでもいいがナナ。そろそろ行かないと、セーラの家と自分の家の菓子が無くなる頃だぞ」

 菓子を数え終えたマドナッグは、市長から聞いていたハロウィンに参加している家の数と比較し、時計に視線を寄越した。

 中心地はほぼ制覇した。後は郊外の家を巡り、自分の所まで戻れば終了する。
 しかし、必然的にナナが家に向かう順番は最後になる。けい子の菓子がそれまでに余っているかは不明だ。

「しかしかなり距離があるな。菓子でも食べながらいくか?」

 騎馬王丸の提案に乗り、篭一杯の菓子を頬張りながらナナは遠くの我が家を見やった。
 郊外は一軒家が多く建っているが、隣接する家の間隔はやけに広い。
 けい子のことだから子供達の分を残しているかもしれない。おっちょこちょいな部分もあるため、もしかしたら配ってしまっているかもしれない。

「ママのクッキーとかは……もしかしたら食べられないかも」

 棒付き飴を舐めながら、ナナは少々諦めた言葉を漏らす。
 それを聞いたディードはおもしろそうに口の端を持ち上げた。――仮装で見えなかったが。

「配っていたのは爆熱丸ですよね。じゃあ私がちょっと行ってきて残しておくよう頼んでおきましょう」
「ホント?」

 ナナはディードの提案に大喜び。
 しかし、側の二人は付き合いの長さ故か漂ってくる不穏な空気をいち早く察知していた。

「……爆熱丸は生贄だな」
「ああ。尊い犠牲だ」

 呑気に手を振って見送るナナの背を見つつ、二人は掻き消えたディードがこれからすることを思った。




 人の気も耐え、子供達は家路に着いていく。
 ようやく仕事も終わりかと、爆熱丸はほっと息を吐いた。

 そしてはたと気付く。
 夕方、家を出て行った者達がまだ来ていない。

 ナナ辺りは菓子がなくなっていれば酷く落ち込むだろうと思い、ひょいと篭の中を覗き込むと、菓子はちょうど人数分。
 彼らはきっと最後にこの家に来るのだろうと思い、爆熱丸は篭をテーブルの上に置こうとした。

 そして、踵を返した時。
 地を這うような声が、囁くように呼んだ。

「Trick or treat……」

 同時に視界に現れるのは、暗闇で光る目と宙に揺れる白い影。
 爆熱丸の思考は一度停止し、そして、氷解する。


「ぎゃやああああああああああああ!!!!!!!!!!!」


 ばたりと倒れる爆熱丸を眺めながら、キャプテンはぽんと軽快な音を立てて掌を打った。

「ああ、そうか。ディードは幽霊だったのか」

 嘲笑じみた笑い声を上げながら、布を被ったディードは篭の中身を覗き込んだ。
 そうしてゆるりと振り返り、仮装の下で微笑んだ。

「私はいたずらしちゃったから貰えませんけど、ナナとシュウトと姫の分はきちんと残しておいてくださいね」
「了解した」




 -END-




---------------------------------------------------------
お馬鹿さんな話。遅すぎるハロウィン物ですみません;;
とりあえず新生GFと元三幹部の皆さんを絡ませたくて。
嫉妬心丸出しなディードですが、きっぱり姫への恋は決着ついていますんで。
ある意味で爆熱丸vsディード?? ゼロとは違う意味で苦手そうだ(笑)
(2005/11/10)


←←←Back