+++夕凪センチメンタル






 その部屋には最低限の明りだけが灯され、常に薄暗かった。
 電気系統の作動している微弱な音と振動が轟き、配線の上を走る青白い光が部屋の住人の姿をほんの少しだけ照らし出していた。

 白い彼を隣の部屋から硝子越しに見ていた少女は、彼の作業が終わったことを確認するとすぐさま暗い部屋へ飛び込んだ。
 目を閉じている彼の側に近寄り、繋げられた配線をジャックから抜いていく。

 彼の青い瞳がそっと開かれたことに気付き、少女は微笑んだ。

「お疲れ様、マドナッグ」
「はい」

 いまだにぼんやりとしている思考回路の中、マドナッグは無意識に返事を返した。
 すると少女は少しだけむくれたような顔を向ける。大きな目をつり上げて見せるその様子は、彼女の大人びた容貌を一気に年相応のものにした。

「はい、じゃないって言ったでしょ」
「あ、うん……ごめん。さっきまで主任に調整受けていたし、何かごちゃごちゃになってて……」

 怒られたようにしゅんと項垂れたマドナッグを横目で見て、彼女は噴き出すように笑った。

「いいの。だってそう調整されているからしょうがないことだもの。マドナッグは期待の星だからね」

 彼女の笑う表情は、少しだけ哀しげにも見える。
 マドナッグはどうすればいいかと考えながら、じっと彼女を見上げていた。

「でも、あたし達は友達でしょ? あたしの前ではもうちょっと寛ぎなよ」

 そう言われて何度目か。
 マドナッグは嬉しさ半分、申し訳なさ半分で答えを逡巡した。けれど決まって出てくる文句は前回と全く同じだった。

「でも私はモビルディフェンダーで、君達を守ることが――」
「使命だから、って口癖よね」

 少女は苦笑しながらマドナッグが続けようとした言葉を奪い取る。
 マドナッグを困らせているとは分かっていたが、彼女は彼をこのままの状態にしておきたくはなかった。

 機械だから、機械らしくしていなくてはいけない。
 そんなこと、誰が決めたのだろう。

 彼女は思う。
 それならば、初めから意思など持たせなければ良かった。でも人間は、自らと同じように考えて行動する機械達を作り上げた。隣人だと彼らと接しながら、その裏側でマドナッグのような一辺倒な思考を持つ者を実験に使おうとしている。

 マドナッグはそれに疑問すら感じていない。
 それが、彼女には悔しかった。
 ワープ航法の実験なんて、酷く長い時間がかかる。その間に彼は絶対の孤独を耐えなくてはならない。だ
 だからこそ、機械然とした思考回路のままに調整されているのだろうとは分かっているけれど。
 せめて彼自身に決めさせてやりたかった。


「でも、あたしはマドナッグがマドナッグだから、こうして一緒にいたいと思うの」
「私が私だから?」

 こくりと頷く少女に尋ね返しながら、マドナッグは首を傾けた。

「お兄ちゃんが言っていたもの。自分が人間だから、キャプテンが機械だから、って思いながら友達になったわけじゃないって。一緒にいたい、一緒に助け合いたいって思ったから支えあってきてんだって」
「……キャプテンも?」

 尊敬する自分の先輩の名にはすぐに反応するマドナッグに笑い、彼女は「もちろん」と自分のことのように胸を張って答えた。

「だからね、マドナッグもすぐに言ってね。苦しかったら一緒に頑張ろう。楽しかったら一緒に笑おう?」

 少女の笑顔が眩しくて、マドナッグは目を細める。
 胸に満ちる柔らかくて温かいものは何だろうと、困惑する。けれどちっとも嫌な感じはしなかった。
 ソウルドライブが久方ぶりに燃えているような感触も覚えた。

「私で、いいのか。友達……」
「当たり前じゃない! あたし、マドナッグだからこんなこと言っているのよ!」

 ふんぞり返る少女がおかしくて、マドナッグは不覚にも笑い声を上げてしまった。
 彼女もまた一緒になって笑う。
 これが楽しくて嬉しいことなのだと、マドナッグは理解した。

「約束するわ。あたしはいつだってマドナッグの一番の友達だからね!」

 差し出された細い小指。
 その仕草に、覚えがあるはずもないのに。
 マドナッグは反射的に自分の小指を、少女のそれに絡ませた。

 この動作が何なのか、分からないのに。
 そうするのだと、頭の片隅が訴えかける。
 経験が無いはずなのに、微かに感じるこの既視感は何なのか。

 だけど。
 彼女が笑ってくれただけで、その疑問も何処かへ行ってしまった。

「約束だよ」
「うん。約束……」

 続く言葉も、自然と口に出ていた。




『ゆびきり、げんまん――』





 + + + + + + + + + +







 ゆるりと、まどろんでいた意識を引き上げ、マドナッグは閉じていた視界を開く。
 今自分がいる場所を確認するように、周りを見渡す。


 夕焼けに染まる草原。木陰に座る自分の影。さらさらと木の葉の音を立てている風。
 それから、オレンジ色の絨毯の上で遊ぶ小さな少女といつもの二人。

 起き出したマドナッグに気付き、ナナが大声を上げて手を振った。
 それに答えながら、マドナッグはゆっくりと立ち上がった。

「マドちゃーん! そろそろ帰ろー!」

 左右に振られる手。
 その仕草に、マドナッグは先程まで見ていた夢を思い出した。

 ――否。夢ではなく、自分に残る古い記憶の欠片。

 今目の前にある幼い面影を残したまま年頃になった、あの女の子。彼女はどうしているだろう。
 憎んだことで鮮明に思い出せる、自分が出立したあの日。
 彼女もまた、大きく手を振ってくれた。少しだけ泣きそうに、それでも笑顔で見送ろうとしてくれていたあの子。
 そこには、確かに優しさがあったのに。彼女もろとも人間を激しく怨んだ。
 今思えば、闇に囚われていた自分は意図的に視野を狭めるほどの愚か者だったと気付ける。


 一番の友達だと言ってくれた、ツインテールの良く似合う少女。少しだけ音痴で、でもギターを弾くのが大好きで、元気で明るかった子。

 約束をしたのに、どうして信じ切れなかったのだろう。
 きっと自分がいなくなった世界で、彼女を泣かしてしまっていたのに。


 でも、今は違う。
 約束はきっと守り通す。


「ナナは本当にマドナッグが大好きですねぇ。こんな朴念仁なのに」
「朴念仁! 的を射ているな!」

 隣で笑うディードと騎馬王丸も。

「マドちゃんはナナの一番の親友だもん!」

 自分の足元で満面の笑みを浮かべるナナも。


「ディードさんは、一番カッコイイ友達!」
「おやおやうまいこと言いますね、ナナ」
「きばおーまるのおじちゃんは、一番カッコイイおとーさん!」
「ぷっ!」
「貴様、今笑っただろう!」
「本当のことでしょう、実際。ねぇ、おとーさん?」


 この温かな時間ごと、守りたいと思えるほど。


「おじちゃん、嫌だった? じゃあおとーさんじゃなくて、一番やさしい友達ね!」
「う……」
「良かったですね、優しいお友達」
「うぐぐ……」


 あの子がくれたものは確かに息づいている。


「皆一番なんですか、ナナ?」
「だって皆大好きだもん!」
「そうか。ありがたいことだな、マドナッグ……マドナッグ?」



 だから君との約束も、まだ繋がっているだろう?
 楽しいとき、嬉しいときは、共に笑うこと。それがどんなに素晴らしいことか、ようやく分かったから。



「マドちゃん、笑ってる!」
「珍しいですねぇ」
「朴念仁は撤回してやるか」


「ふん……さっさと帰るぞ」


 大切なヒトが増えたよ。
 照れ臭いって、こういうことを言うんだね。
 あの時の約束も、こんな感じだったよ。


 君ならきっと良かったねって言ってくれるだろう。
 砕けた物言いだって、こんなにもすぐに言えるようになった。

 君を置いていってごめん。

 けれど、ありがとう。






 今はもう会えない、もう一人のナナへ。




 友達、たくさんできたよ。









 -END-





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マドナッグの来た未来でナナとマドナッグが友達だったら、みたいな。
シュウト君が描いた未来での二人は、どちらかというと現在の二人の未来みたいな感じなのでちょっと薄暗い雰囲気。
“指切り”を何故知っていたのかは「Quartet」を参照のこと。
変わってしまった未来と、違う明日へ進む現在でも、何となく繋がっていて欲しいです…。
(2005/12/11)



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