急に呼びかけがあるのはいつものこと。
 その日も、徹夜明けの身体を引き摺って、現場へ到着。

 いつから保護者になったのか。

 今日もディードは一人で自問自答していた。



 * Senior Member *




「で、今日はどっちが悪いんだ」
「ナタク」「ゼロ」

 ぼろぼろになった二人の顔を交互に眺め、ひっそりとディードは溜息をついた。

 毎度お馴染みとなったこの組み合わせでの喧嘩は日常茶飯事だった。
 何せ、今も睨み合っているゼロとナタクは、元々の美徳意識がまるで違う。さらに同様に頑固者だときた。
 仮にも親衛隊に属する両者であるのだ。止める身にもなってほしい。

「……で、どっちが仕掛けたんだ?」

 膨れ顔の二人が声を揃えたが、まるで反対の言葉が飛び出る。
 仕方なく、自分を呼んできた者に尋ねてみる。これもまた、いつもの光景である。

「ナタクだ」
「ナタクでしょうね」

 無口なバトールがぼそりと言い、滑らかな口調のロックが苦笑しながら言った。
 途端にきゃんきゃん吠え出すナタクと、ざまーみろと言わんばかりに微笑んだゼロに、ディードは無言で鉄槌を下した。

「な、何をするのだディード!」
「そうだそうだ! ただでさえ貴様の拳は硬いというのに!」

 なおも言い募る二人に対し、再び大きな溜息がディードの喉に込み上げてくる。
 普段から、このように波長が合えばいいのに。
 そう思わずにはいられない。

「仕掛けたナタクも乗ったゼロも悪い。騎士団の心得、ひとーつ!」

 指差されると二人はたじろいだ。
 騎士団の心得など、そらで言えるのだが、ディードの気迫に押されて旨く声が出ない。

「ひ、一つ、騎士たる者、常に平常心を保つべし」
「ええと……一つ、規律を乱すことは禁ずる」
「分かっているだろう。親衛隊に名を連ねるならば、当たり前だ。ほらさっさと頭冷やせ」

 そのまま、ディードはナタクの首根っこをつかんだ。
 これもまたいつも通りの展開で。

「んぎゃあああああ!」

 湖に景気良く投げ飛ばされたナタクの姿を、ゼロは冷や汗を流しながら見ていた。
 そして、ディードが笑顔で振り返った。手と指が、こちらに来いと無言で脅している。
 すぐにゼロも同じ目にあった。



「いつもながらディードの細腕にはどんな力が秘めているのでしょうね」

 ニコニコと笑いながら、必死で岸まで辿り着こうとする二人を視線で追うロック。
 見守っているといえば聞こえが良いが、その生温い視線には黒いオーラが立ち上っている。

「そうか? サイズと同じで、振り下ろすときの遠心力を使っているだけだぞ」

 ディードは事も無げに自らの武器を取り出して見せた。
 弧を描く大きなその刃が、戦場では氷刃と呼ばれ恐れられていることをロックは良く知っていた。

「おや戻ってきましたよ」

 怖い笑みを貼り付けながら、岸へと歩み寄っていくロックにディードは少々鳥肌がたった。
 これから、上がろうとする二人の前で延々と説教を始める気だ。
 親衛隊のリーダーであるロックが、二人の喧嘩を仲裁したことは多々ある。
 しかしディードほどの効果が表れることはなく、悪化していく睨み合いに油を注してしまう事もあった。
 その度にディードのところへ問題が持ち込まれるのだが、納まったところを見計らい、ロックはけじめという名の鬱憤をはらす。
 迷惑をかけたディードの分まで説教をしてくれるのだから、大した者だ。

「しかし……えげつない」

 ばしゃん、と水飛沫が上がる。
 ロックがナタクを蹴り落としたらしい。

 説教中に「でも」だとか「だけど」とか言おうものなら、即座にロックの反撃を食らう。
 客観的――ロックにとってはディードの意見である――を見て、相手が悪いのだと分かれば、その行為に容赦は無かった。

 ゼロはというと、さすがに学習したのか短気なナタクとは違い、売り言葉に買い言葉の状態を脱している。
 ただし湖に使ったままなので、屈辱的な顔をしてはいたが。


 さすがにそろそろ止めさせた方がいいだろう。
 そう考えたディードは腰を上げた。それから数歩も進まないうちに、バトールが「あ」と声を上げた。

「ディード危ない――っと。遅かったか」

 ずぼりと足の裏から弾力が消え、急な浮遊感におかしいと感じる前に、ディードは底へと真っ逆様に落ちていった。

「すまない。前に、随分と前なのだが、落とし穴を掘ったところだ」

 声を上げる間もなく底へと到着したディードは、あまりの痛さに顔を引き攣らせていた。
 受け身を取れるほど、広くなかったのだ。
 じぃんと足から響く痛みに耐え、穴を覗いてきたバトールの顔に思い切りストレートを食らわせた。

「何でこんなところに作る!」
「痛い……。いや、前に子供と遊んでいてな。そのときに作ったのだが、長らく放置していた」

 痛いといいつつ、全く顔を歪ませないバトールは、その思い出を思い出しているのかへらりと笑った。
 逆に、ディードの拳の方がひりひりと痛んだ。頑丈すぎるその体には何をしたって効き目がない。
 苦笑を浮かべつつ、穴から引っ張ってもらおうと手を出す。

 剣を握る者とは違った場所に肉刺ができているバトールの手が、ディードを支えた。
 「あれ?」と疑問に思う間もなく、物凄い空圧がディードを襲った。

「バトール!」

 慌てたようなロックの叫びが聞こえた。
 それからナタクが、ゼロが、自分の名前を絶叫するが如くに呼んだ。

 そして、ぼちゃん、と。
 湖に波紋が生まれ、そして消えた。


「…………」


 場の空気は、固まっていた。
 当のバトールも少しだけ焦りの色を見せていたが、自分が何をしたのかよくわかっていないようだ。
 ロックが岸の側まで走る。水に漬かっていた二人は、全速力で落下地点へ泳ぎ出した。

「ディードっ!」「ディィィド!」

 呼びかけてみても応答は無い。
 比較的に軽装なナタクや鎧を着けていなかったゼロとは違い、ディードはいつもの長いローブの下にはきちんと鎧を着ていた。
 親衛隊の諍いを仲裁する名目でこの場に来たのだから、プライベートの姿をしているはずがない。

 よって、ディードは沈んだまま自力で浮かび上がってきていない。
 水気を含んだローブは邪魔になり、鎧がいつもの倍以上重くなっていることだろう。

 瞬間に、四人の脳裏には哀れな土左衛門と化したディードの姿が浮かんだ。



「って勝手に殺すなっ!」
「だってディード、水死体ってやばいだろ!」
「そうだ、美しくないぞ!」

 ぜぇぜぇと荒い息をしながらも、ディードは何とか救出された。

 バトールといえば、ロックから小言をくらっている。
 「いくらディードが軽いからって」「重みがないから力加減ができなくて」「普段から重火器ぶん回していますからね……」などと、少々耳の痛いことまで言われている。
 そんなに体重は他の者とは変わらないはずだが、とディードは眉を顰めていた。

「何か、いつも以上に疲れた……。帰るか」

 げんなりしたディードの言葉に、四人は元気な返答を返した。
 自分の元気はまさかこいつらに吸われているのでは、とディードの頭がじくじく痛んだ。




 -END-




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幸せな頃のラクロアで。暗い話続きだったので、明るい話。
ディードの口調ってデスサイズとは違って爽やかなので、すごく違和感が……;
とりあえず兄貴なディードです。というか、何か親衛隊のお母さん(笑)

(2004/12/09)



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