わいわいガヤガヤ。
お決まりの賑わいが耳に入る。
周りの客たちは大いに盛り上がっているようだ。
それは結構。
天宮もやっと安定しつつある。民達の祝いたい気持ちも痛いほど分かった。
とにかく溜まった鬱憤を晴らそうと、皆が祭りや行事に興じる。経済は発展し、人々に笑顔が戻ってくる。いいこと尽くしだ。
自分が、この場にいなければ。
「……遅い。遅すぎるっ! 人に無理やり頼んでおきながら、あいつ等は何を考えているんだ!!」
「兄ちゃん、そう怒ってないでこっちで呑みなって」
「そーそー。ほらほら」
憤慨しながら叫ぶ黒い忍者は、すでに出来上がっている花見客に絡まれまくっていた。
+ + 大騒ぎ + +
重箱が並ぶ台所。
いつもならば下人が忙しげに家事に勤しむのだが、本日は花見の季節と相成ったため、屋敷の主人から一斉休暇の声がかかっている。一週間は帰らないだろう。
では何故、弁当が。
――もちろん、屋敷に残っている家人が作っていなければここにはない。
「ふぃー! よし、こっちは終わったぞ。煮物はどうだ」
一仕事を終えたとばかりに大きく息をつく男が一人。
どう見てもガタイのよい武将であるのに、三角巾と割烹着という微妙な(いや、場所的には間違っていない)格好をしている。
それは台所の端々に散らばっている他の三人も同様であった。
天井に突っ掛かりそうになる巨大な刀を使い、大根をかつら剥きにしていく者。
時折木槌を片手に外に出ては、薪割りと称して木っ端微塵にする者。
飾り切りを施した食べ物を重箱にちょこちょこと添えていく者。
一体何人分作っているのか、謎の大釜の前でひたすら待つ者。
誰が何をしているのかはご想像にお任せする。
ちなみに釜の番をしている者は、握りと稲荷を作りたいと候補を上げてきたが、電光石火の如く却下されていた。
余談だ。
「ああ……いい色だな。そろそろ引き上げるか」
ぐつぐつと煮え滾る鍋からは、独特の匂いが漂っている。
冷ましたら重箱に入れる。そうすれば出来上がりだ。
「ひとまず完了だな」
三角巾を鬱陶しそうに外しながら、猛禽丸は台所から出た。
続いて、爆覇丸、破餓音丸と続く。
「ああ。あとは他の荷物だな」
「騎馬王丸様と若君は大丈夫だろうか」
そうやって三人は廊下から見える、居間の障子をそっと眺めた。
「そういえば、台所に行ったら酒も持っていけと言われなかったか」
最後に出てきた機獣丸が、ひょういと片手を出した。
振り向いた三人は、少しだけ目を瞠る。
「俺等、しばらく酒断ちって決めなかったか?」
「騎馬王丸様が折角だからと。若もいいって言っていたな」
思い出すように爆覇丸が言った。
元気丸の「花見は無礼講が基本だろ!」という、ありがたい言葉が蘇る。
「ああ、立派にお育ちになられて!」
どこから取り出したのか、手拭いを片手に嬉し涙を流す爆覇丸。すっかり(歳のせいか)爺として板の付いてしまっている。
猛禽丸はそれ呆れながら見るものの、気持ちは同じな自分に苦笑する。
「で、どれを持っていく?」
機獣丸の隠れていた逆の手からも酒瓶が登場する。全て一升。
どこから持ってきたのかは不明だ。
「ああ、わしはこれが好きだ」
「は? こっちの方がいいだろう」
「辛いのは嫌だなー」
真っ向からぶつかり合う二人を尻目に、破餓音丸は書かれている度数を確認していく。
機獣丸は自分の分をすでにキープ済み。
ならばと二人もそれぞれの好みにあったものを手に取った。
「まあ予想通りだが……全部か。入るのか?」
重箱と共に持ってこられた酒瓶の数に、騎馬王丸は思わず頭を抱えた。
それから冒頭に戻る。
酔っ払い達との猛攻に息も絶え絶えの忍に、元気丸は思わず冷や汗を垂らした。
いつもよりつり上がった目が、疲労と怒りに血走っている。
風呂敷を背負ってきた者たちは皆一様に視線を逸らした。
「俺は、昨晩からずっとここにいたんだぞ! 貴様等、のんびりし過ぎだ!」
虚武羅丸の泣きそうな叫びを聞いたのは二度目だな、と耳を塞ぎながら元気丸は思った。
ともあれ、折角の花見である。
怒り心頭だった虚武羅丸も、今ではきちんと敷き布の端で桜を愛でている。
あちらこちらで飲めや歌えやとどんちゃん騒ぎは続いているが、桜の美しさは変わらない。
「ごめんな。うるさいとこ、本当は嫌いだったろ?」
舞い散る白い花びらを目で追っていた虚武羅丸に、元気丸がしおらしく言ってきた。
手作りの弁当はたらふく食べた後のようで、椀に入れた冷や水をちびちび飲んでいる。
「いいや。たまのことだ。付き合うことも悪くはない」
元気丸の頭についた花を掃ってやりながら、虚武羅丸が答える。
桜を眺めていたせいだろうか、随分と眦が優しく見える。
「綺麗だろ。あいつらが探して来てくれたんだ」
「騎馬王衆がか?」
へへ、と笑いながら元気丸はちらりと向こうを見た。
大人の付き合いというべきなのか、四人と父親は楽しげに酒を飲み交わしている。その姿は元の主従というよりも戦友のようだった。
あの中に入れないことを元気丸は重々承知している。
少しだけ寂しそうに彼等に視線を向け、元気丸はすぐに虚武羅丸に向き直った。
彼もまた、あの輪には入れないことを知っているから。
余計な気遣いだ、と思いながらも虚武羅丸は胸に広がる温かみを感じていた。
「虚武羅丸も唸らすような桜が満開な所って。おいらが言い出したんだけどな」
照れ臭げに頭を掻いて、元気丸は続ける。
「あいつら、一生懸命探してくれた。虚武羅丸の間抜け面を拝みましょうね、って言ってな」
二人は同時に上を見た。
満開の白い桜。舞い落ちる花弁の中に、風で運ばれてきた薄紅色のものも混ざり合い、淡い色彩が踊っている。
夜からずっとそれを見ていた虚武羅丸は、昼間の温かな光景は勿論夜桜の幻想的な美しさもまざまざと見せ付けられた。
戦、戦と、周りの景色が無色彩に見えていた昔とは違う。
とても平凡で、何気ない日常が今ここにあるということだけでこんなにも違う。
「それに、こういうところって人が集まるからな。国の活力が如何ほどか、分かるだろ?」
「ふっ、抜け目がないな?」
当たり前だと元気丸は胸を張る。
それに軽く微笑んで、虚武羅丸は最後の煮物を平らげた。一回一回噛み締めるように、味わった。
「……美味いな」
静かに過ごすことも好きだが、騒ぎの中に身を投じるのもまた一興。
虚武羅丸は一杯だけもらった酒を仰いだ。
ちらりほらりと桜は舞う。
来るべき夏の日差しを受け入れるため、裸の枝から精一杯緑の掌を伸ばす。
「だ、か、ら、酒はお控え下さいとあれほど申しましたでしょうに!」
「すまんなぁ。久しぶりだったからつい羽目を外しすぎた」
人影が疎らになってきた宴会場から、一行もまた家路に着こうとしていた。
しかし、まともに立てるのは騎馬王丸と虚武羅丸だけ。
元気丸は騒ぎ疲れたのか、満足したのか、すでに寝入ってしまっている。
他の四人は――明日は職務に戻れそうもない。
「とにかく、こいつ等は放っておいても平気です。騎馬王丸様、元騎丸を送って来て下さいね」
「お前、すっかり母親のような性格になったな」
「早く行って下さい!」
しみじみと呟かれた言葉に真っ赤になって、虚武羅丸は元気丸を押し付けた。
苦笑しながら騎馬王丸は、自分の子供を背負う。少し重くなったことに気付き、少しだけ笑った。
誰もが未来へ変わっていくのだと思いながら。
「いいですか、ちゃんと布団に寝かせて下さいね」
「ああ。すまないな」
騎馬王衆を引き摺る虚武羅丸に手を振り、空いた手で荷物を持ちながら歩き出す。
「良かったな、元騎丸」
幸せそうな寝言を聞き、自然と笑みが零れる。
背中に触れる子供の体温を感じながら、騎馬王丸はのんびりと空を仰いだ。
-END-
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ギャグオチなのか、ほのぼのなのか微妙です。いつもそうです。
武者はこのノリが大切だと勝手に思っています。一度は笑いを取らなくちゃ!(何)
花見はいいですね。マナーは大切に。
(2005/04/13)
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