ゼロとナタクがまた喧嘩した。
 本当によく衝突する奴だと感心してしまう。

 本日はロックが仕事でいない。俺としてはこいつらの面倒は放置していきたいのだが、ヒートアップしてロックのお気に入りのカップを壊されてはたまったものではない。
 そうすると被害は俺にまで及ぶ。

 怒りの導火線に火が付いた奴は、危険だ。

 



ある日の薔薇騒動





 というわけで俺はさっそく隊長でもないのに、ロック以上に纏め役が似合っているディードを引き摺ってきた。
 奴は迷惑そうに顔を歪ませているが、無口な俺が指し示した部屋の惨状を見るなりに、申し訳無さそうに目を伏せた。
 人間であればきっと胃がきりきりと悲鳴を上げているのだろう。
 俺はとりあえず、ディードの来訪を室内で取っ組み合っている二人に告げた。
 無駄な時間は使わない。
 それが俺のポリシーだ。

「またなのか二人とも。今度は何が原因なんだ?」

 気の立っている二人をなるべく刺激しないよう、ディードが尋ねた。
 するといつものように声が重なり――こういう変なところでゼロとナタクは相性抜群である。いっそ、もっと仲良しになればいいのだとロックが愚痴っていた――互いを非難し合った。

 俺として思い当たる原因はアレだ。
 ゼロの薔薇。

「聞いてくれディード! 私の薔薇がこいつはよりによって美しくないと言ったんだぞ!」
「黙れゼロ! 貴様がそう無駄にぽいぽい出すから、気品も何もなくなってしまうんだろうが!」

 感性という点では、ゼロとナタクは両極端なのである。
 東の国から来たナタクは、大陸の西側に多い華美な花をあまり好んでいない。質素ながらも清楚な、どちらかというと遠い島国である天宮に咲く花の方が好きだった。
 勿論ラクロアにいる時点で、ナタクが全部を全部否定的に捉えてはいないとは分かっている。
 ゼロが薔薇を出してメイドを口説こうが、まあ、許容範囲ではあったように俺は思う。

 ただし。
 先程のアレは、流石にその範囲を超えてしまったのだろう。
 ゼロは純粋に、ナタクにラクロア調の文化(というのだろうか。他国から来た俺には判断が付き難い)を推奨したかったらしい。
 で。
 ナタクの部屋を薔薇で埋めてきたわけだ。

 またしょうもない理由だ、とディードは言葉を失くしながら長い溜息を吐き出した。
 俺は同情を覚えたが、かける言葉も見つからずにとりあえず二人を見やる。

「……ゼロ」
「なんだ、ディード! 私が悪いというのか?!」

 疲れきったような親友の横顔に、ゼロがたじろぐ。
 ディードはげっそりした状態で、親指と人差し指を合わせた。軽やかな音共に、二つの指先は弾かれる。

 その瞬間。
 ゼロの真上には、芳香が漂う薔薇の山が降り注いだ。



「いいか、ゼロ! 何度も言っているがお前はもっと常識というものを、身を持って知った方がいいぞ」

 さすが我が隊の兄貴分。
 話を聞いただけだというのに、ナタクが“どうして”怒っていたのか瞬時に理解したらしい。
 俺には分からなかった。
 ……ディードだって分かるほど、こいつらの喧嘩の後始末役に慣れたくはなかったろうが。

 腰に手を当てて呆れているディードの前には、薔薇の棘でズタボロのゼロが正座している。
 それをうんうんと頷きながら見ているナタクも、同じような傷が体中に残っている。

 要するに薔薇で満たされたナタクの部屋には、彼自身もいたらしい。
 俺はナタクが部屋を薔薇だらけにされたこと、或いはゼロに好みを押し付けられたことに怒っているのだと思っていたのだが、どうやら当てが外れたみたいだ。
 ナタクは突然薔薇の棘に押し潰され、そのことに対して怒ったようだ。
 想像するだけで俺まで痛くなってくる。

 ゼロも何故怒ったのか分かっていなかったのだろう。
 で、二人はいつものように熱くなってどうでも良いことまで持ち出して喧嘩していたわけだ。
 流石はディード。
 俺も気付かなかったのに、目聡いな。

「それは褒めているのか。貶しているのか」

 ディードは遠い目をしながら、俺を横目で見た。
 ――ああ、まだ終わりじゃなかったな。
 座っていたゼロも、立っていたナタクも、身体を硬直させて部屋の入り口を凝視している。

「……また、ディードに苦労をかけているんですか?」

 にっこりと笑った隊長様が、仁王立ちでそこにいた。




「うう、ディード! 本当にすまない!」
「ディード! もう魔法の無駄撃ちは止めるからっ!」

 魔のお説教部屋(ロックの自室)から帰還した二人の騎士は、半泣き状態でディードにくっ付いた。
 よしよしとあやすディードだが、疲労の色は濃い。
 先程彼は姫にお茶のお誘いを受けて少しは元気が出たものの、それがローズティーだったりするのだから本当に笑えない。
 俺はその薔薇がさっきの騒動で撒き散らされていたものだと知っているのだが、それをディードに告げることは――流石に可哀想で出来なかった。




-END-


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放送三周年リク企画で親衛隊話。いつものように駆り出されるディードさん。
普段はバトールが何を考えているのか、あんまり文章にしたことがないんですが……彼はいつもこんな感じで物事を捉えております。
彼はどうしてロックの親友やっているんでしょうね(笑)
(2007/06/10)


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