稽古の時間



 慣れた感覚だ。
 爆熱丸は二つの剣を握る拳に、高揚感が満ちてくることを感じる。
 かつてと同じ――だけど、流れた月日の分だけ違うものもある。
 昔から凌ぎを削り合う仲であった相手との試合は楽しい。長丁場になっても構わないくらいに、歓喜が湧き出てくる。

 この時間が夢みたいだ。
 彼――孔雀丸と再び、殺意の無い剣を交えることが出来るだなんて。


「目元が笑っている。益々阿呆な面構えになったな、爆熱丸」
「なんだとお!!」

 つり目がちな相手の薄笑いに、爆熱丸は頭に血が上る。
 一層激しく斬りかかるが、冷静さを欠いて単調になった攻撃を交わせない孔雀丸ではない。
 たった一刀だけしか使わなくなった彼だが、それでも余りある力強さは健在だ。
 二つの刀を一本で受け止め、力任せに弾く。
 爆熱丸は勢いづいて横転した。

「く、孔雀丸、お前強くなっていないか!?」

 土に汚れた頬をそのままに、思わず弱気な発言が爆熱丸から飛び出す。
 その様子は、師と共に稽古に明け暮れていた日々を思い出させた。子供っぽく、我侭で勝気で臆病だった弟弟子。
 違う道を歩んだけれども、今は、隣り合う場所で生きている。

 ――俺は、生きているんだ。

 深まる自覚に、孔雀丸はじわじわと広がる温かさを覚えた。
 後悔も憎悪も悲哀も、全部を味わって。誇りさえも打ち捨ててまで勝つことに執着していたというのに、与えられた結果は狂気に濡れていた頃に思い描いていたものではなかった。
 過ちを犯した自分。
 けれども天は、志だけは失わなかった自分に救済の手を差し伸べた。

「爆熱丸、ほら」

 落ちてしまった片方の刀を拾い上げ、爆熱丸へと返す。
 あれほど欲しかった剣。
 今はもう、爆熱丸が一番相応しいのだと分かっている。だから未練は何も無い。

「お前は鎧の力に頼り過ぎだ。技術力が全然向上していない」
「べ、別に稽古をサボっているわけじゃないぞ!」

 やれやれ、と年上ぶって溜息を吐いた相手に、爆熱丸はやや憤慨したように顔を赤くする。
 図星を指されたときの表情に、変わりが無くて笑ってしまう。

「刀相手で打ち合いしていないからだろうが。聞いたところお前、元騎丸様にさえ時々負けているとか」
「ぎくっ!」

 さっと青褪めた爆熱丸に、縁側で観戦していた外野が野次を飛ばしてきた。
 喧しい子供の声に唸った爆熱丸は、刀を握り直して再びかつての兄弟子へと特攻を仕掛けた。


 勿論、三分以内に沈められたが。


「俺の今の師匠は大将軍様だぞ。天宮一だと言われている武者だろうが、お前相手に後れを取るほど鈍っちゃいない」
「……今度から肝に銘じておく」





 再び、かんかん、と小気味の良い音が響き出した中庭。
 縁側から眺めている男は、爆熱丸を茶化しながらも真剣に試合を見ている息子の横顔につい笑んでしまう。
 自分も昔は勉強が嫌いで、剣を振り回してばかりいた。
 強くなることに固持していて井の蛙であったのが、今では懐かしい。
 どうやらそんな自分よりも隣の子供の方がよほど冷静で、天宮の戦いが終わったあの空に広がった希望の未来は紛い物ではないのだろうと感じる。

「元騎丸、やはりお前は大物になるのだなぁ」
「はぁ? いきなり何言い出すんだよ騎馬王丸。当然だろ?」

 感心めいた口調の父に、息子は呆れた交じりで笑った。




-END-


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放送三周年リク企画で生存設定で爆熱+孔雀でした。
孔雀丸の師匠遍歴が、覇王丸→騎馬王丸→大将軍というゴージャス面子。
ところでこの話の時間軸がよく分からない……;(えー)
(2007/06/10)


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