おかえり、ただいま。

 いつも通りの挨拶と穏やかな空気。
 けれど今日は少し違っていた。


 小さな違和感は、大きな疑問になり。
 訝しげに見つめてくる元気丸に、虚武羅丸の方も少し困惑気味に小首を傾げた。
 時折彼の浮かべる稚い仕草に赤くなる元気丸だが、今はますます相手を凝視するだけに留まる。

 何か違う。
 何が、違うのだろうか。

「元騎丸?」

 廊下を並んで歩きながら、虚武羅丸は黙り込んでしまった主の名を呼ぶ。
 背の伸びたやんちゃ坊主の頭は、いまだに眼下にあるもののすぐに追い抜かされる日が来るのかもしれない。
 かつて出会った未来の彼の背丈はどれ位だったろう、とぼんやり虚武羅丸は思う。
 何やらしっかりしない視界を不思議に思いつつも、こちらを睨むように見ている元気丸の頭に手を伸ばした。

「っ! おい、お前、さっさと寝てこい!」
「は?」

 その瞬間、大きく瞳を開いた元気丸は、忍の腕を無理やり引っ張って寝所へと駆け込んだ。
 いつものように撫でられた大人の手は、まるで蛇のように低体温である虚武羅丸にしては異常なほど熱かった。





重 ね る 願 い





 虚武羅丸が帰宅し、隠しようも無い嬉しさを持って飛び出していった幼い主君が、今度は自室で云々と唸っている。
 通りがかった爆覇丸と猛禽丸は顔を見合わせ、それからそれぞれ想像を走らせた。

(喧嘩でもされたのだろうか……それとも何か他国で問題が?)

 普段は威厳も何もないほどの言われ方をしている爆覇丸は、それでも騎馬王衆の筆頭らしく――もしくは年の功か――真剣に心配した。
 というか、普通ならそう心配するのが筋だろう。
 しかし隣で響いた、めりっ、という音に、爆覇丸は血の気の引いたような気分になった。
 猛禽丸の握っていた柱に、皹が走っている。

(あの黒蛇! 若を悩ますとは言語道断!)

 ――元々虚武羅丸と仲の悪い猛禽丸は、初っ端から目の仇にしてしまうようだ。

「……二人とも、何してんだ?」

 その音に気付いただろう元気丸が、少々呆れたような目で二人を見た。
 爆覇丸は慌てて乾いたような笑いを上げる。
 猛禽丸はというと、彼のそんなフォローにも気付いていないのか率直に口走った。

「虚武羅丸が如何されましたか!?」

 直球過ぎるだろう、と爆覇丸はその場に居合わせてしまった自分に後悔した。



「「病気?!」」

 重なった機獣丸と破餓音丸の声に、不本意ながら猛禽丸が頷いた。
 先程思わず詰め寄って元気丸から聞き出したのは、鬼の霍乱と言うべきか。あの虚武羅丸が熱を出して、元気丸が強制的に床の間に押し込んできたのだというのだ。
 常に淡々と変わらぬ表情を浮かべている忍である虚武羅丸は、自分の体調にも気付いていなかったらしい。
 そして自分達も、彼の状態に気付かなかった。
 元気丸はそんな己に悔い、静かに寝ている彼を心配して溜息を吐いていたのだ。

 騒ぎを聞きつけやって来た機獣丸と破餓音丸は、部屋の机に頬杖をついて天井を見上げている元気丸を見やる。
 ついさっき医者が訪問してきた。元気丸には詳しい病状や薬の話は少し難しく、今は騎馬王丸が虚武羅丸に付き添っている。
 こんな時に子供だと実感できて、悔しく思っているのだろう。
 元気丸は焦れたような視線で宙を見つめ、病気の悪化に気付かなかった自分を責めている。

 三人は一様に黙り込み、そんな主を痛ましげに見た。
 ――自分達に出来る事は何だろうか。
 そんなことを考え始めたその時、戸が開いた。

「若君、修行のお時間ですぞ」

 一旦は何処かに行っていた爆覇丸が、笑顔を浮かべて室内に入ってきた。両手には何かを持っている。
 そちらをちらりと見やった元気丸だったが、すぐに視線を外す。そんな気分ではないのだ。

「んなこと言っているほど暇じゃねぇだろ!」
「そうだ。そんな顔、不謹慎だろう」

 当事者のように必死に言う破餓音丸は健気な家臣そのものである。
 対して、と機獣丸は猛禽丸を見て、それから奥の柱に残されている手形の皹を呆れ交じりで見る。
 お前も不謹慎だったろう、という言葉はあえて口には出さなかったが。

「ごめんな、爆覇丸。多分、今は気が散っちまうから身に入らねぇよ」

 しおらしく呟いた元気丸に、爆覇丸はゆっくり近づいた。
 両手に持っていた何かを机の前に広げる。鮮やかな色彩が目の前に映り込み、元気丸は驚いた。
 折り紙、だ。
 今は遠い国にいる異次元の戦友達が教えてくれた紙遊び。戦乱が終わった現在では、天宮にも一般的に広がりだしている。
 それを何故爆覇丸が差し出すのだろう。
 不可思議に思った元気丸は、彼を仰ぎ見る。

「以前シュウトに教わりました。鶴を千羽、祈りを込めて折ると病が治るというまじないがあるそうで」

 目を丸くした子供と同じ目線にしゃがみ込み、まるで悪戯を目論むように茶目っ気たっぷりに爆覇丸は笑ってみせた。

「何事も修行ですぞ、若。千羽折る忍耐力と――想う気持ちを強く持つ強さを、貴方は持っていますか?」

 試すように問いかければ、真剣な眼差しを返す大きな瞳がある。
 憔悴したようなものではなく、自責を映したものでもなく。真っ直ぐな清廉とした、道を指し示す光の眸がそこにある。

「……馬鹿にすんなよっ!」

 にっと笑った元気丸は、机に広げられた四角い紙の一つに手を伸ばした。
 そうしてまだまだ小さな手を、必死に動かし始める。
 想いを込めて。
 ――絶対に大丈夫だと、自分を信じて。


「お前達も揃って暇そうだから、この機会に手先の修行をしたらどうだ?」

 立ち直った主を温かく見守っていた四人は、微かに開いていた戸から掛かった声にぎくりと背筋を強張らせた。
 振り返れば、騎馬王丸が苦笑いを浮かべて息子を見ている。

「騎馬王丸様、いつから……」
「虚武羅丸は大事無い。が、そのうち元騎丸に美味い粥を作ってくれとせがまれるぞ?」

 騎馬王丸の冗談交じりの言葉に顔を見合わせた四人は、慌てて自分もと折り紙を手に取った。
 元気丸が多分、一番大事に思っている忍に食わせる粥が不味かったらはっきりいって面目が立たない。
 仲があまりよろしくない者達も、虚武羅丸にこの程度かと笑われることは許せるわけもなく。

 せっせと鶴を折り出す五人を、騎馬王丸はおかしげに見回してそっと戸を閉じた。




 数日後、起き上がった虚武羅丸が見たものは。

 千羽というより万羽といっていいほどの、色とりどりの鶴に囲まれた自分の寝室と。
 疲労困憊といった状態で寝こけている、主と騎馬王衆。それを呆れた眼差しで見下ろしながら、楽しげにしている騎馬王丸。

 ほかほかと湯気を上げている美味しそうな卵粥の器の下には――いつもありがとう、元気になりますように、と幼い筆跡で書かれた白い折鶴が一羽。




-END-


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放送三周年リク企画でED後天宮勢でほのぼのギャグ、ほんのり元虚武仕立てでした。
ギャグというより単なるほのぼの?になってしまった感じが……すみません;
この人達は本当に、集まっていれば勝手に動いてくれるので書いていて楽しいです(笑)
(2007/06/06)


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