それは遠い遠い未来での話。
 何処かで歯車のずれてしまった、とある一つの未来の物語。
 先の見えない真っ暗な、途切れてしまった明日の物語。




白い流星の軌跡





 無表情で佇む上官の背を、イーグルはずっと見てきた。
 真っ暗な夜空を見上げている伝説のモビルディフェンダーは、あの真空の世界に恋焦がれているのだろうか。
 目を凝らして星を探している瞳は、何処かで漂う白を見つけようとしているのだろうか。


 音も無い。生き物もいない。孤独で暗く寂しい空間。
 マドナッグが消えて行ったのは、そんな場所。

 真っ白な後輩は造り立ての人形特有の、無知なる純粋さを持っていた。
 傷も染みもない純白の塗装に、清い泉を思い起こさせる真っ青な眼球。――あれは確かに綺麗な綺麗な、人間達のお人形だった。


 イーグルは舌打ちをして、キャプテンの傍をそっと離れた。
 白いのは自分も同じ。
 だが敬愛する彼の視界には、マドナッグと同じ色には見えていない。見えやしないのだ。
 まざまざと思い知らされて、ソウルドライブが装着されていない胸の奥がぎしりと音を立てたような気がした。

 せめて彼らと同じものを抱いていれば。
 伝説として担がれたキャプテンの孤独も、真っ直ぐであったからこそか疑いもせずに宇宙へと向かったマドナッグの孤独も、分かってやってあげられたのに。

「ガンイーグル、出動準備です」

 繋がれた無線の声に返事を返す。
 人間に縛られているのは自分も、ダイバー達も同じだ。
 苦笑をしたイーグルは、無理やり内蔵されている自動起爆付きの発信機を根こそぎ壊してやりたい衝動に駆られた。





 かつて世界最速を誇ったイーグルの今の仕事は、降り注ぐ隕石群と戦うこと。
 自然の力はこれだけ文明が発達しても予想不可能で、地球の引力に引かれてかある日突然巨大隕石が近づいてきた。
 大気圏でも燃え尽きないその大きさを、少しでも小さくするのがイーグルの役目だ。
 危険過ぎる仕事だが、速度を増している隕石に最も早く近づけるのはイーグル以外にいない。

 ――生ける伝説である男は、失ってしまうことは出来ない。だからこそ自分は選ばれた。


 バイザーの奥から青い星を見下ろし、イーグルは嘲笑する。
 地球から見れば、自分は流れ星を作り出しているロマンチックなお仕事なのだろう。
 だが、現実は。
 所詮は機械人形。人身御供ですらなく、すぐに替わりを造れる体の良い道具。たとえ燃え尽きて消えてしまったとしても、自分と似た形の別人が造られるだけ。
 キャプテンの次世代機として造られたとに、怨嗟の叫びを上げて機能停止したGP-02やGP-03――そして宇宙の彼方へ掻き消えたマドナッグのように。
 いずれイーグルにも製造番号が通しであるだけの、兄弟が出来るだろう。
 マドナッグが消えた今、それは喜ばしいことなのかまるで分からないけれども。

 かつてあった、人と機械の共存世界は何処に行ってしまったのだろう。
 あの頃は人間との間に確かな温度差などなかったのに。
 表面的には表れていないが、今の世界は何処か冷たいと感じてしまう。

「人間になりたいと、いつか貴方は言っていましたねキャプテン」

 イーグルは星の海で一人呟く。
 もしも人間であったら――自分は、同じように機械を冷たい目で見るのだろうか。

「役に立ちたいと、笑っていたなマドナッグ」

 人以上に繊細だった彼は、何処かで泣いているだろうか。
 もしも一人になったら――自分は、自由だと笑っていられるだろうか。



 背反的な考えを持った報いか。
 大きな大きな隕石が、イーグルの前にある。
 全てを押し潰してしまうような、暗い気配の漂う宇宙の彼方から旅してきた塊。これがぶつかれば、地球に巨大な穴が開く。

 人間も、機械も、兵器も、木も、草も、花も、動物も、大地も――。
 今まで刻んできた歴史そのものも、消えてしまうのだろうか。

 物騒な考えに首を振ったイーグルは、星屑を作り上げる兵器を構える。
 人だって簡単に殺せる武器。
 向けた瞬間に、きっと全身が熱くなって一瞬で自爆させられてしまうだろうけれど。
 隕石は、不気味な速度で迫ってくる。攻撃しても消えてくれない。繋がった回線から、やかましい指図が次々に飛んでくる。

 けれどイーグルは、決してその場を離れなかった。

 きっとキャプテンが見ているこの宇宙から。
 きっとマドナッグが泣いているこのソラから。


 ――自分は、逃げてはいけないのだ。




 間近まで迫った隕石は、軌道修正すらしてくれない。
 真っ直ぐと落ちていくのは、生まれ故郷の街があるだろう大陸の方向。

 もう何もかもがどうでもいいと思いかけていた。
 思って、いたんだ。

 だけど――。


 無意識に手が伸びて、外装が溶けていく感覚を味わう。
 素手で隕石に触れて、翼の出力を最大限まで上げる。回路がいかれるくらいの熱さが身を襲う。ぼんやりと、爆破されるときはこんな温度なのだろうかと思った。

「ガンイーグル! このままだと大破してしまうぞ!」

 馴染みのある整備士の悲鳴が聞こえた。
 そんなこと自分で分かってる。
 それでも手を放すことは出来ない。命令されても、それは出来ない。

 回線を無理やり切って、全エネルギーをバーニヤへと注ぐ。
 視界も聴覚も無くした。どうせ宇宙にいるのだ。暗くて音もないのは当たり前だ。

 ただ少し。
 綺麗な青い星を――マドナッグの目のようなあの星を見れないのが残念だ。


 身体が溶ける。
 足がもげた。下半身の機能は既に停止している。
 寿命だろうかと思い、その考えが何とも人間的で笑えた。
 こんな風に他愛のないことで生きているということを感じたかった。自分もまた意思を持つ、一つの命だと感じたかった。

 人を憎くは思うけれど、恨みまでは持っていない。
 創造主に操作されているからかもしれないが、それでも、愚かな人間を愛しく思える。
 それがココロというものなのだろうか。イーグルには分からない。
 多分、命令を無視してまでも生まれ故郷を守りたいと思った気持ちはきっと――設定なんかされていない、自分だけの想いなのだろう。

 冷たい眼差しで世界を見るキャプテンもまた、ソウルドライブというココロの結晶のような回路を起動させている。
 機械然として振舞う彼は、自分以上に感情を持っていたのかもしれない。
 マドナッグを失ってから空を見上げるあの背中は、誰にも分からない哀しみを語っているから。
 本当は泣きたいのかもしれない。

 マドナッグも同じようにココロの回路を持っていた。
 ダイバー達だって、宇宙に上がる自分を辛そうに見ていた。
 統制されているように見えても、他の機械達だって人間にはバグだと言って片付けられるような、感情の欠片を持っている。

 もし。
 彼らが彼ららしくあれる世界があるのならば。
 今という時間はどうなっていただろうか。

 少しは、幸せになれていただろうか。



 お調子者の自分がいて、憧れのキャプテンと共に働いて。
 人間の男の子と応援したり、異世界の女の子を助けたりして。
 絵本の騎士が魔法を見せてくれて、古めかしい侍はおにぎり作って貰って。

 ダイバー達と一緒に空を飛んでみたり、マドナッグとしょうがない理由で喧嘩してみたりして。
 鼻持ちならない年少の博士にからかわれたり、奇妙な言葉遣いの博士に一生懸命直してもらったり。
 管制塔の女の子に優しくされたり、可笑しな仮面を被った長官がいたりして。

 ちょっと憎めない赤いのとか、青いのとか、黒いのとかとどんぱちやって。
 ザコザコうるさいのを追っかけたり。追いかけられたり。


 ――そんな皆と、世界の明日を守ってみたり。


「へへ……きっと、楽しいだろうなぁ」

 熱い。熱い。熱い。

 全身が大気摩擦で揉まれながら、重たい隕石に圧されていく。
 渾身の力を込めて押し返せば、僅かばかりに逸れたような気がした。
 小さなずれは物質が大きいほど、起動のずれ幅を増やしてくれる。自分は意味の無いことをしなかったのだと思えると、満ち足りた気持ちが溢れた。

「……みんな……と……こんな気持ち、分かち合いたかった、な……」

 燃え尽きていく身体から、翼がとうとう砕けた。
 引かれるまま、落ちていく感覚がする。



 ――死んだら流れ星になるっていうのは、迷信でもなさそうだ。








「イーグル……」
「イーグルさん?」
「イーグル?」


 空を見上げていた男は、自責の念を募らせながら哀しげな声を上げる。
 星を見上げていた七つ子は、信じられないと悲鳴を押し殺す。
 宙を見上げていた迷子は、何かが欠けていった感覚を知る。


 彼らは皆、暗闇の向こうに流されていく白い軌跡を垣間見た。






-END-


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放送三周年リク企画で、ガンイーグル中心話。以前書いたIF未来物の世界観です。
暗いネタで申し訳ありません; けれど前々から書きたかった題材でした。
分かる方には分かると思われますが、題名とかイーグルのしたこととかにニヤリとしていただければ幸い。
(2007/06/02)


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