その小さな掌が、明日をくれました。





居場所





「城落としの虚武羅丸とあろう者が恥ずかしくはないのか?」

 対面している男が嘲笑を隠しもせずに、意味ありげな台詞を吐き掛ける。
 下座に座っていた忍はそれを冷ややかな眼差しで見るばかり。決して反論も言わず、表情を崩すこともなかった。
 それを男は面白く無さそうに鼻を鳴らして見下した。

「騎馬王丸殿は負け、天下は武里天丸に転がり込んだ。それはまあ良し。主が変わるのは戦国の常だ」

 男の言いたいことなど分かっていた。
 虚武羅丸は今までに、何度も同じ事を他の者達から侮蔑交じりで告げられ続けている。
 彼が対している男は、元は騎馬王丸の傘下にいた大名の一人だ。
 当然、虚武羅丸は相手を知っていたし、相手も有名だった忍のことをよく知っている。

 だからこその第一声が、あれだったのだ。

 武里天丸の使者として、虚武羅丸の主である元気丸は各地を渡り歩いている。
 戦乱は終わったのだ。
 これからは天下泰平に向けて手を取り合うのだと、全国に知らせるため。

 勿論、中にはそれを許さない者も数多い。
 だが昔と違ってまずは話し合いから、という方針の下で元気丸達は諸侯と対話を望んでいる。
 虚武羅丸はそんな彼らの伝令として、いまだ敵である国へ単身乗り込み主君の言葉を届ける役目を自ら請け負っている。
 危険だと元気丸は言ったが、虚武羅丸とて騎馬王丸の懐刀として一人で城を九つも落としてきた実績がある。
 相棒代わりであった鎧はもう無いが、それでも堂々と城に入ることのできる仕事であったから昔ほど難しくはないのだ。
 ――説得がうまくいけば、だが。


「だが解せんのは小僧の存在だ。騎馬王丸殿の実子でありながら、武里天丸の名代だと? 騎馬の名が泣くな」
「騎馬王丸様も同意の上。我が主、元騎丸様はお二方の正当なる後継者である。無礼は決して許さぬぞ」

 再び哂う男を、虚武羅丸は睨み付けた。
 忍という身分である相手の反抗的な眼差しに、男はやや憤慨したような口振りで怒鳴る。

「忍風情が大口を叩く! 小僧如きにわしが屈するとでも思っておるか!」

 すらりと抜かれた白刃に、虚武羅丸は身動ぎさえしない。
 周りには潜んでいたらしい男の部下達が、同じように刀を握って獲物を囲っている。
 どうやら初めから従う気もなかったようだ。

 愚かしい、と虚武羅丸は視線を這わせる。
 気付かれないように懐の忍具に手をかけながら、思い起こすは主の生意気な顔。
 負けん気の強い真っ直ぐな瞳の色は、拾われたあの日から全く色褪せてなどいない。

 ――信じることから始めようぜ?

 話を聞くような輩ではないと散々諌言してが、あの子供から返って来たのは困ったような微笑み。
 遥かなる異次元の向こう側にいるであろう仲間達から学んだことを、自分なりに頑張ってみたいのだと元気丸は言った。
 昔のように単なる子供ではなくなり、身分と義務と役目を背負った彼はいつ命を狙われてもおかしくない。
 二度も主を失いたくはないと、思わず呟いた虚武羅丸に、それでも元気丸は笑いかけた。

 ――大丈夫。

 ――もう一人じゃないから。

 お前が守ってくれるんだろうと破顔した彼は、騎馬王丸に似ていたけれども重なることはなかった。
 ここに自分はいても良いのだと、どれだけ安堵したか元気丸は知らないだろう。

 けれど。


「お前は俺に道をくれた。ならば俺は、お前がその道を真っ直ぐ歩けるように均してやろう」

 こんな時に笑んでしまうなんて、騎馬王丸に仕えていた頃では考えられない。
 敵を倒すことに愉悦を感じ、城を落とすことで役立つことに歓喜した。
 だが、それだけ。
 騎馬王丸の手足となって動くことが何よりの至上であった。彼の理想のためになればと思っていた。
 楽しさも嬉しさも感じていたはずなのに。
 その半面で己は、いつだって怯えていた。


 いつか、いつか自分が要らない日が来るのではないかと。
 内心では怖かったのだ――。


「首は落とさないでやろう。掛かって来るがいい!」

 一斉に殺気が膨らみ、嘲笑う虚武羅丸に襲い掛かってくる。
 そっと瞳を閉じた忍は、戦う時の高揚感と共に違った温かさを胸の奥に感じる。

 大丈夫。
 一人じゃ、ない。

 戦える力が無くても。期待に見合うだけの働きが出来なくても。
 自分がどれほどちっぽけな存在だったとしても。
 あの小さくて温かな手は、自分を見捨てないと分かっているから。


 もう、怖くなんてない。







 天守閣から外を眺めていた虚武羅丸は、近づいてくる大きな影と地響きに苦笑を浮かべた。
 ようやく主のお出ましだ。

「あーあ……派手にやったもんだな、虚武羅丸」

 直接ビグ・ザムの頭から天守閣に乗り込んできた元気丸は、騎馬王衆に大名を引き摺り出させる。
 見事に虚武羅丸の蹴りで気絶している男を見下ろし、元気丸は笑いながら溜息を吐き出した。

「ふん。たまには戦わんと身体が鈍る」
「そんな事言うわりには、四人といつも喧嘩っぽいことしてるだろーが」

 騒ぎを聞き付けたらしい家老達は、顔を蒼白にして頭を床に擦り付けている。
 慌てている彼らを宥めながら、元気丸は条約を取り付けるために大名を引っ張りながら奥へと歩き出した。

 虚武羅丸の仕事はここまで。
 身を弁えているためさっさと屋根裏にでも上がろうとしたが、踵を返そうとした虚武羅丸に元気丸が声をかけた。


「まだ言ってなかったな。おかえり」



 大丈夫。一人じゃない。


 ――だって居場所は、ここにあるから。



「……ただいま」






-END-


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放送三周年リク企画で、虚武羅丸ネタ、でした。
こんな感じで、ED後で虚武ちゃんものってなかったので書いてみました。
主従大好きです。元は敵同士だったのに、絆が出来たっていうところに惹かれますv
(2007/06/02)


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