「マドナッグ」

 呼び慣れない名前で、ディードはマドナッグを呼んだ。
 最初の頃は抵抗があっただろうが、彼は彼なりに努めているようだ。

 作業の手を弛め、マドナッグは顔を上げた。
 綺麗に整頓された部屋が、視界の横に入ってくる。
 少年らしさが十分に残ったこの小屋は、何故だか酷く居心地が良かった。



[ Q u a r t e t ]



 出された手を受け取り、立ち上がったマドナッグはゴーグルを外した。
 手にはさっきまで取り組んでいたシステムのチップが握られている。

「お茶をしようとナナが呼んでますよ。今日はケーキを作ったそうで」
「分かった。上に行こう」

 シュウトの小屋から出た二人は、階段を上がるうちに騎馬王丸の声を聞いた。
 それから、小さな女の子のおどけない言葉が響く。




「きばおーまるのおじちゃん、甘いの食べれるの?」
「無理しないでいいですよ。こっちの抹茶は甘さ控えめですから」

 ナナがテーブルに噛り付き、椅子に座る騎馬王丸を見つめていた。困ったように目を泳がせていた彼に、けい子が助け舟を差し出す。
 小屋から上がってきたマドナッグとディードは、そんな光景に思わず顔を見合わせた。
 二人に気付いたナナは、とてとてと近づきテーブルまで引っ張っていく。
 切り分けられたケーキの乗せられた皿を勧めてくる。

「ありがとうナナ」

 丁寧な手付きでディードがそれを受け取り、立ったままのマドナッグを促した。
 頷いたマドナッグは、ナナの隣に座った。テーブルの大皿に乗っている、ホイップの塗りつけられたホールケーキをじっくり観察する。

「ナナがお手伝いしたの。うまくできたかな?」

 審査を待つように、ナナは緊張した面持ちでマドナッグの横顔を見ている。
 一頻り眺めたあと、マドナッグが口を開いた。

「おいしそうだな」

 たった一言。それだけでナナはぱっと明るい顔になった
 娘が褒められ、つられてけい子も笑顔になる。

「しかし食べ過ぎると86.8%の確立で太ります」
「マドナッグくーん?」
「マ、ママ! マドちゃんを怒っちゃだめよ! 本当のことだもん」
「ナナ、フォローになっていませんよ」

 心配しての一言に、けい子が若干青筋を立て、ナナがマドナッグをかばった。
 流れ作業のような会話に対して、かちゃかちゃとフォークを躍らせながらディードが淡々とコメントした。
 火に油を注ぐようなそれに驚き、騎馬王丸は受け取ったケーキを慌てて口に含んだ。

「奥方、この抹茶はとてもうまいぞ。せっかく作っていただいたのだし、皆も早く食べようではないか」

 必死にマドナッグの失言をうやむやにしようとする騎馬王丸。
 自分が原因だと気付いていないマドナッグ。
 対照的な二人に、ディードはくすくすと忍び笑いを漏らしていた。

「そうだな。しかし、食べられないことが惜しいな」

 話題転換し終わったところで、マドナッグが残念そうに呟いた。
 ナナが不思議そうに顔を覗き込んでくる。その小さな頭を撫でてやり、苦笑を浮かべた。

「いずれ主任に食事機能をつけてもらおう。そのとき、また一緒に食べような」
「うん! 約束!」

 差し出された小指に首を傾げたマドナッグだったが、すぐに指きりの仕草だと気付く。
 大きな機械の指を絡ませてやれば、ナナが誓いの歌を元気良く歌った。

「ゆびきりげんまん、嘘ついたら針千本のーますっ!」
「指切った」

 覚えたてのマドナッグもそれに合わせて歌う。少し調子が外れてはいるが、耳障りではなかった。
 歌い終わりに勢い良く指を下ろしたナナは照れ臭そうだ。




「それにしても騎馬王丸。貴方は甘い物が苦手だったのですねぇ」

 一皿平らげたディードは、けい子に淹れてもらった紅茶を受け取りのんびりとくつろいでいた。
 少々質の悪い笑みを浮かべながら、横目でちらりと見てくる。
 騎馬王丸は紅茶ではなく緑茶を貰ったところだった。

「あ、天宮のものは元々甘さ控えめなのだ。だから舌が慣れぬだけで……」
「女性が作って下さった物は一口でも食べて差し上げるのが礼儀でしょう?」

 ああ始まった、とマドナッグは我関せずの態度のまま傍観していた。
 昔からディードは、言葉で遊ぶことが好きだった。
 ぎすぎすした関係であったあの頃は凄まじいほどの毒舌だったものの、今では随分やんわりとした物言いになったとマドナッグは思っている。
 当の騎馬王丸は今でも苦手であるようだが。

 ディードに正論を言われた騎馬王丸は、唸りながら葛藤している。
 自分の傍らにある抹茶のケーキ。それからナナの側にある白くて甘いホイップケーキ。
 手前と奥を交互に見やり、それでも騎馬王丸は難しい顔を崩せることができずにいた。

「それとも歳の所為ですか? 渋い物ばかり食べたくなるそうで」
「馬鹿にするな! ナナ、一切れ貰うぞ!」

 そこまで言われれば黙っていられないとばかりに、意気込んだ様子で騎馬王丸が皿をずいっと出してきた。
 やんわりと諌めるけい子は、お湯を汲みに部屋に戻ってしまっている。
 止められないだろうと思いながらも、マドナッグとナナは一応大丈夫だろうかと尋ねてみる。

「おじちゃん、無理しちゃだめだよ」
「俺とて武者。男に二言は無いぞ!」

 あらかじめ八等分に切られてあるケーキを一つ抜き出し、扱い慣れないフォークを突き立てる。
 見るからに甘そうな、クリームの匂いが鼻孔をくすぐった。
 それだけで騎馬王丸の背中に、嫌な類の汗がじわりと出てくるのだが今更退けない。

 意を決して、切り崩した欠片が口に運ばれていった。

「あ」

 同時に、マドナッグが不穏な声を漏らした。
 愉しげに眺めていたディードが反応して、カップをソーサーに戻しながら振り向いた。

「どうかしたのですかマドナッグ」
「解析が終わった。このまま食べると、騎馬王丸は――」

 言い終わらないうちに鈍い音が響き、それからナナの慌てた声音が聞こえた。
 ディードが呆れた様子で肩を竦めた。

「――100%倒れる」
「おやおや」
「おじちゃーん!」









 自宅前で繰り広げられている、どたばたが徐々に目に入ってくるなりに少年は呟いた。

「……なーんか見たことある光景だよね」
「そうだなシュウト」

 相槌を打つように、キャプテンが頷く。
 感情システムが自分より豊かなマドナッグを、少し羨ましそうに見ている。

「ずいぶん変わったように思いませんか、ゼロ?」
「奴は元からああいう男です」

 後から続く姫と騎士もまた、眩しそうにそれを見る。

「騎馬王丸の奴、大丈夫なのか?」
「問題ない。マドナッグが的確に処置するだろう」

 炎天號に跨った爆熱丸が、同情したような視線で倒れた武者を気遣った。
 何だか仲間と出会ったばかりの頃の自分を見ているような気分になるのだった。


 近づいてくる一行に、向こうは気付いたらしい。
 シュウトたちを見るなり、ナナが柵から身を乗り出して大声で呼んだ。

「おにーちゃん帰ってきた!」

 久しぶりに見る妹の姿にほっとしたシュウトは、喜び勇んで家へと走り寄った。
 みんなそれぞれ、満面の笑みを浮かべて。





「たっだいまー!」







 -END-




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「Dearest」と同じ流れのとある日です。夢見がち設定再び。
ポジション的にマドがキャプで、ナナがシュウト。ディードがゼロで騎馬王丸が爆。
ありきたりだ……。皆、性格が丸くなっていて別人;
すいません。幸せな未来が大好きなんです。
マドのソウルドライブは将来ナナちゃんが光らせます。
そう信じているような奴が書いたものなので。すいません。
(2005/01/22)


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