paramita
アナハイム山を臨むなだらかな平野に、見事な朝焼けが映えていた。
季節は晩夏。天宮の国は秋の彼岸を迎えていた。
誰もいないその平地に、小さな一人分の影が西へ伸びていた。
その子武者の手の中には野原で今しがた摘んできたような、質素な花束が握られていた。
この場所は、天宮が乱世を終わらせた誓いの地。
死闘が繰り広げられて多くの者が命を散らせ、それでも明日の未来を勝ち取った場所。
「そしておいらの復讐が終わりを迎えたところ、か……」
子武者は明るくなっていく空を仰ぎながら、苦笑を浮かべる。
元気丸が自身の因縁を終わらせたこの地で起こった出来事は、大人になっても絶対に忘れることはないだろうと彼は思う。
仲間の姿。一丸となった皆の心。そして、奇跡の光を。
懐かしい思い出に破顔し、元気丸は視線を前へ戻す。
すると、そこには他人の影が見えた。
目を凝らしてよくよく見てみれば、それは元気丸よりも背の高い大人の体躯だった。そこから伸びる大きな影は、その人自身を飲み込むかのように黒い。
いつからそこにいたのだろう。
不可思議に思った元気丸の眉は、自然と寄せられた。
「貴方も誰かを悼みに?」
彼は、低く落ち着いた声音で喋りかけてきた。
控えめに笑う彼の笑顔を、どこか胡散臭げに元気丸は見上げていた。
どこから来たのだろう。
言葉の端々からは、最初からそこにいたようにも感じられた。
けれど確かに、元気丸の周りには誰の人影もなかったはずだ。
もたげてくる警戒心を露わにする少年の視線を軽く受け流し、彼は底の見えない透明な笑みを浮かべるばかりで意を介さない。
彼は周りを何度か見回し、不意にしゃがみこんだ。伸びていた影が小さくなる。
そうして伸ばした指先が大地に触れる。
元気丸は目を丸くした。
最初からそうあったかのように、急に花畑が足元に広がったのだ。
まるで魔法のような所業に元気丸はただ呆気に取られる。
彼は、そんな子供にくすりと笑いかけて立ち上がった。
元気丸は再び彼の姿をよく見た。
彼は、見慣れてしまった異国の騎士と似たような格好をしていた。花を急に出現させるその技も、始めて見る物ではない。
「お前、ラクロアの騎士だろ? なんで天宮に――」
「私はもう騎士ではないよ」
言い終わらぬうちに彼は言葉を遮った。
目を伏せながら言うその姿は、まるで行き場を失ったあの時の虚武羅丸と重なって見えた。
そういえば黙って出てきてしまったな、と元気丸は思い出した。
皆は今頃心配しているだろうか。そういった表情を見せないあの忍も。
彼はぼんやりと花畑の真ん中に立ちんぼのままで、ただ時が過ぎることをじっと待っていた。
元気丸はどうしたものかと考えたが、ふと最初に彼が紡いだ言葉を思い返した。
「お前は誰にその花を捧げているんだ?」
自分の持っている花束を眺め、元気丸は聞いた。
彼は微かに瞠目した様子で振り向いた。
それからはんなりと笑い、手を広げて見せた。
「私が騙していた沢山の人達に」
それから、と彼は微笑したまま続ける。
「私と似ていたあの人に」
その声は、冷たくも温かくも聞こえ、何の感情も抱いていないようにも感じ、それでも確かに懺悔の色が見え隠れしていた。
複雑な感情が入り混じるそれは、本当は縋りつきたい実の父に、刃を向けざるおえなかった自分が抱いていたものに似ているような気がする。
彼はもう一度しゃがみこみ、元気丸と視線を合わせる。
驚いて一歩だけ下がった元気丸は、彼の深海色の瞳を間近で見た。
波のようにゆらゆらと揺れるそれは、崩れだしそうな不安定な天気を思わせる。
彼は元気丸の頭に手を伸ばし、触れるか触れないかの微妙な位置で停止させた。
そこで、元気丸ははっとする。
手の形は確かに見える。けれど、あるはずの気配がそこには宿っていなかった。
「貴方は鋭いですね。さすがは騎馬王丸の息子だ」
気付いてしまった元気丸に、彼は少しだけ寂しそうに笑い。
涼しい朝の空気の中に輪郭をぼやかせた。
「きっと貴方なら道を違えることもないでしょう」
彼はそう最後に告げて、元気丸の頭の上を彷徨っていた手を静かに下ろして軽く撫でた。
触れたはずの手の感触は、なかった。
唖然としたまま元気丸は空を見た。徐々に太陽が上がってきている。
慌てて足元を見下ろすと、あの花畑は元の無骨な大地に戻っていた。
いつまでもここにいてもしかたがない。元気丸は花束をその場に置き、踵を返した。
あれは幻?
あれは白昼夢?
どこかで会ったことがあるような彼の片鱗は、もうどこにも窺えることがなかった。
-END-
---------------------------------------------------------
珍しい組み合わせで書いてみような話。
ガーベラと溶かしてしまった騎士達のお参りに来た幽霊騎士と、
騎馬王丸と戦い、ジェネラルと戦った地に眠る戦士達に花を贈る元気丸。
元気丸は一応、姿変えをしていたデスサイズも、本性を見せているデスサイズも、
ちょっとだけ見たことがあるのでこの話はディードとして書いています。
「paramita」は到彼岸という意味です。
(2005/09/20)
←←←Back