もう戻れない。
… 王座 …
ンンが降る。
禍々しい魔剣の、総じて狂戦士の気配が消え失せる。
そして我が身に纏う無機物の精霊が、微かに反応を示した。
「捕らえた……。これで、二つ揃ったな」
デスサイズはくつくつと喉で笑い、窓辺から離れた。
そこは王の間。謁見室。かつて主君と仰いだ国王の座る、玉座の間。
反旗を翻し、新たな主となった嵐の騎士がよく腰をかけていた場所。
裏切りを何度重ねようと、デスサイズにはもう何も感じられなかった。
全ては愛しき人を手に入れるため。
この間違えて生まれてきた世界から脱するため。
広間の中央まで歩み寄った彼は、ぐるりとその部屋を眺めた。
常に腰を低くし、誰かに傅いていた愚かな空間。
デスサイズは皮肉な笑みを浮かべる。
もはやここには誰もいない。
――デスサイズ。
けれど記憶が、耳障りなものを呼び覚ます。
――紅茶おかわり。
――おかわり。
――この菓子はうまいな……。
――トールギス様、あんまり食べると運動していないから太りますよ。
――トールギス様、そんなに飲みすぎるとおなかが出ちゃいますよ。
――ヴァイエイト、メリクリウス、そこになおれ。
――本当のことです!
――運動しましょう!
――おやおや落ち着いて下さいよ。
――デスサイズ、止めるな!
騒がしかった二つの声と、短気な主の声。
口では邪険にしていたトールギスだったが、どこか楽しそうな風にも見えた。
一方のヴァイエイトとメリクリウスは、どんなに貶されても固い忠誠心を揺らがせたことは無かった。
そんな三人を、デスサイズはいつも傍らで見ていた。
――デスサイズー。おなかがすいター。
――じゃあおやつですね。支度しましょうか。
――うん! ディード大好きー。
――エピオン、その名は……。
――どっちでもいいダロ? 早く食べる!
封印から解放した後も、ずっとついてまわった子供のような声。
いつ暴走するかもしれない魔剣の精を、目的のためとはいえデスサイズは甲斐甲斐しく世話していた。
時折ふと、何をしているのだろうかと自分自身に疑問をもつこともあった。
それでも世話を焼くことが案外楽しかったこともまた事実だった。
――ディード、大丈夫ですか? 具合が悪いなら言って下さいね。
常に気を配り、いつだった心配をしてくれた優しいロックの微笑みも。
――……ディードがそう言うなら構わん。
無口で無愛想ながら、さり気無く気を使ってくれたバトールの大きな手も。
――敵に後ろを見せるなど、騎士たる者が行うことか!
いつだって強気で真っ直ぐだったナタクの瞳も。
――すまない……ディード。
最後の最後まで自分を信じて涙ながら去っていた、ゼロの後姿も。
全部、この手で捨ててきた。
「だから、姫。私は貴方と結ばれる」
デスサイズは玉座を見つめた。
次にこの間に来るときこそ、自分があの椅子に座るのだ。
隣に青き薔薇たる姫を立たせ、闇に覆われた憎いこの国を嘲笑ってやるのだ。
――デスサイズ。
――ディード。
温かく笑うそれぞれの声が、わぁんと脳内に響き渡った。
記憶の中の光景は、もはや二度と見ることは叶わない。
もはや縋れるのは望む未来の姿だけ。
全部捨ててきたから。
もう道は残されていないのだ。
「私はリリと結ばれるのだ」
まるで自分に言い聞かせるように、デスサイズはもう一度言った。
興味の失せた玉座の間から姿を失せ、愛しい者の傍らへと急ぐ。
居心地の良かった微温湯を抜け出して、目の前の獣道を行く。
幾重にも広がっていたはずの道を自ら握り潰し、彼の歩みは止まらない。
王座は孤独な場所。
たった一人になってしまった死神は、誰もいない王国でカラカラと嗤笑する。
それが誰に対してなのか、問える者の姿も何処にも無い。
-END-
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一人ぼっちものが好きらしい…。ごめん、デス様。
デスサイズとしての月日も、ディードとしての月日も、気に入っていたと思います。
目的があったためどちらも捨てなくてはいけず、捨ててしまったから後には退けなくなる。
そんな強迫観念に半分ほど駆られていたのではと、そんな風に思います。
もう、毎回デス様精神弱っちくてすいません;
(2005/01/29)
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