みんな、知らない。

 硬い体に食い込んでいく、剣の重たさを。


 君は、知らない。

 この苦しみが初めてではないのだということを。



+ + Another nightmare + +



 石の呪いが解かれた国には人々の笑顔が戻った。
 歓声を上げて彼等が称えるのは、この国の王女とその仲間達。
 そうして次元を超えてやってきた救世主達は、異世界へと去っていった。

 一つだけ、心配を残して。


 精霊の木々が根を張り巡らせる城の地下。
 この場所は広い洞窟になっていて、四方を守る精霊獣の神殿へその道は続いている。
 ここにはかつて、反逆罪により一人の騎士が封印されていた。
 その男がはりつけられていた場所には、封印の痕跡が残るばかりで、彼本人はもういない。

 けれどその場から人影が耐えたわけではなかった。
 薄暗い幽閉室には、未だ誰かがいる。
 彼もまた騎士の姿をしていたが、前の住人とは違い、拘束は一切されていなかった。
 ――否、されていないわけではなかった。彼が中央から数歩歩けば、見えない壁に行く手を阻まれる。その足元に広がるのは、防御壁を作り出す青い魔方陣があった。

 彼はぼんやりと魔方陣が放つ光を見つめたまま、一日中座り込むことが多かった。
 時折思いついたようにふらりとその壁に手をかざし、淡く光るマナの力を観賞していた。


「ディード、調子は良いか?」

 誰もいない洞穴に、声が初めて響いた。
 聴覚を刺激したそれにディードは振り返り、緩やかに首を傾げる。

「分からない。けど、ゼロ、ここは別に嫌いじゃないぞ」

 僅かにはにかみ、ディードは魔法の壁まで近づいた。
 昔ならば絶対に見れるはずが無かったその表情に、ゼロは居た堪れなくなり視線を地へと伏せた。

「一昨日はリリが来た。だけどどうしていつも彼女は、あんなに悲しそうに笑うのだろう?」

 極めて無邪気に――ゼロが知っているディードは、デスサイズは、こんな語り方を絶対にしない――彼は尋ねる。
 ゼロは曖昧に笑っただけで、何も言わずにいる。
 ディードはそれにいつだって戸惑ったような表情を浮かべるのだが、すぐに掻き消してしまう。


 そうやって、昔からディードはいつも自分の気持ちを隠し続けていた。
 感情が堰切って溢れてしまった、あの瞬間まで。


 辛そうにゼロは目を閉じた。

「姫は、お疲れなのだ。国も復興の目処が付かずに国民を憂いておられるのだ」
「そうなのか。本当に立派なお方だ」

 疑問を珍しく答えてもらい、ディードは感心したように微笑んだ。
 ゼロは、胸が痛くなることを感じていた。


 ここにいるのはディードだけれど。
 彼はゼロが敬愛していた親友ではないし、あれほど憎んだ死神という名の哀れな男でもなかった。

 記憶を。過去を。全てを何処かに置き忘れてしまった、それだけの入れ物。
 忌まわしい所業を忘れてしまった、ただの男なのだ。


 リリ姫が疲れているというのは嘘ではなかった。
 国の再興にも力を注ぎ、彼女は愛する故国を復活させることに全力を注いでいる。
 彼女に誘われてこの異国にやってきた騎馬王丸も、見聞を広めながら元から備えていた政治的手腕を発揮し、彼女の助けをしている。

 けれど、今彼女等が会議を続けているのは、ディードの処遇についてだった。
 記憶喪失になったからといって罪が無くなる訳ではない。
 最高刑が封印であるラクロアは、そうして封じた男によって再び国が陥落した過去がある。
 あの悲劇を繰り返さないために処刑すべきだ、という者も少なくはなかった。

 天宮出身である騎馬王丸も、封じるだけでは甘いと思っている。
 けれど彼がラクロアに来ている理由は、平和で穏やかな国造りというものを見るためだった。
 どちらの意見も分かるからこそ、また国内の者ではない彼は中立状態を保っている。

 そして、リリ姫もまた迷いを感じているのか――道を誤った騎士を罰する使命感と、多くの者を転落させた国のあり方、そして彼女自身がディードに対する思いが渦巻いているのだろうとゼロは知っている――答えを出せずにいた。

 ゼロ自身も、ラクロアで唯一生き残った騎士として、目の前で楽しげに話を続けるディードの監視を続けている。
 彼を騙していることを後ろめたく思いながらも、彼の様子が気掛かりなゼロはこうしてほぼ毎日会いに来ていた。


 唯一生き残った騎士。国を救った救世主。
 ラクロアの人々はゼロのことをそう褒め称えるが、ゼロにとっては苦しい重圧にも等しかった。

 民は知らない。
 ゼロの他に生き残ったもう一人の騎士ディードの存在を。
 騎士を根絶やしにした張本人であるデスサイズが生きていることを。

 王宮内の一部の者は、彼のことを知っていた。
 何しろ、異世界の仲間達こそが国にディードを託していったのだ。
 その時の王や近臣達の顔が、ゼロは忘れられなかった。


 もしも自分がディードの立場であったら。もしも自分がラクロアを滅亡させる元凶になっていたら。

 きっと、人々からあのような怯えた目で見られるのは耐え切れないだろう。
 漠然とそう感じていた。


「また来る」

 他愛もない話を切り上げ、ゼロは踵を返して牢獄から離れていった。
 きっとディードが笑って見送ってくれているだろう後ろを、振り返る勇気は無かった。





 数日後、ディードは秘密裏に刑罰を受けた。

 立会人はリリ姫と騎馬王丸とラクロア王と五人の賢人。それだけだった。
 そして執行者は、無論ゼロの役目だった。


 再三、精神を蝕んでいた親友を斬る感触を、ゼロは再び味わった。


-END-




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ゼロとディードの話はもっぱら暗くなってしまう…;;
保護したディードが記憶喪失していたらな話。後で発端編を書きますが。
封印したT様に再び国を滅ぼされたラクロアは、最高刑を見直しそうということから。
ガンダム族じゃない騎士の差別やしきたりの見直しも、姫と騎馬様とゼロにして頂きたいものです…。
(2005/09/26)

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