+++ Mistletoe +++



 ラクロアでは朝からちらちらと粉雪が降り続いていた。
 昼になっても天気は変わらず、薄暗い空の下で人々は楽しげに笑い合っている。
 今日はクリスマス・イブ。
 家族や愛しい人と過ごす、大事な夜が控えているのだから当然だろう。


 けれど、その国をいつの日か治める少女は浮かない顔で窓辺に寄り添っていた。
 城下を行く人々の晴れやかな表情には、喜びを感じているはずなのに何故だか酷く気分は落ち込んでいた。

 リリは故国での祭のために、次元の旅から一時帰国していた。
 もちろん彼女の御付きの騎士であるゼロも一緒だ。
 国での祭事は王族としての務めであるが、国中で祝いあうことは彼女にとって退屈なものではない。
 寧ろ皆の笑顔が見れるならば嬉しかったし、唯一の肉親である父王と家族として過ごせる数少ない時間は貴重なものだった。


 嬉しくないわけがない。楽しくないはずはない。
 ――そう思っているはずなのに、溜息が止まらない。


 軽く自己嫌悪に陥りながらも、彼女は再び真っ白な息をついた。



「誰か、会いたい人でもいるのかい?」

 ぼんやりしていたリリは、突然かけられた声に驚いた。
 振り返った先には穏やかな笑みを浮かべる父親の姿。
 慌てて立ち上がり一礼をしようとした彼女を、彼はゆるやかに首を振り制した。

「お前が物思いに耽ることは珍しくはないが、今日は一段と沈んでいるとゼロが心配していたぞ」
「ゼロが? 全くお節介ねぇ」

 翼の騎士の心配そうな目を思い出し、リリはくすくすと笑った。
 そして同時に、そこまで酷い様子だったのかと己を恥じる気持ちが寄せた。

「ごめんなさい。明日は祭事があるというのに――」

 瞼を伏せて、リリは父親に謝った。彼は困ったような顔付きだった、柔らかい微笑みは耐やすことがなかった。

「いいんだよ。やっぱり、会いたい人がいるのだね」
「……はい」

 素直に少女は頷いた。
 つっと窓辺を再び眺めれば、やはり目に入る幸せそうな二人の姿。
 彼と彼女は腕を組み、飾り付けをされた町を楽しそうに巡り歩いている。

 羨ましい、なんて思うことは贅沢だと思うけれど。
 あんな素敵なことができればいいのにと、望む気持ちは抑えられない。

「いいかい、リリ」
「は、はい、何でしょうか?」

 痛む胸を押さえながら、リリは顔を上げた。
 優しい眼差しが、彼女を捉える。

「門限は七時までだ」
「――え?」

 脈絡のないような言葉に、思わず少女はきょとんと目を丸くする。
 父親は悪戯っ子のような笑顔を浮かべて、娘を見つめていた。

「お前と二人きりの食事はできなくて残念だが、明日もある。今夜はゼロと男同士の語らいでもしていよう」
「あの、お父様……?」

 困惑するリリを尻目に、王はにこやかに笑った。

「ちょっと早いが私からのクリスマスプレゼントだよ。行っておいで、リリ」
「――!」

 そこでようやくリリは気付いた。
 じわじわと何か温かいものが、体中を駆け巡る。
 歓喜が、さっきまでの彼女の憂鬱な顔を満面の笑顔に変えた。

「ありがとう、お父様!」

 そうして彼女は走り出した。
 次元の向こうの、平和の街へ渡るために。




「というわけだからゼロ。今晩はゆっくりと語らおうではないか」
「し、しかし陛下ー! 私が姫をお守りせねばぁぁー!」
「まぁまぁ。今日ぐらい私のお守りをしてくれ」

 物陰で話を聞いていたゼロは、反射的にリリを追おうと身を翻した。その襟首を王に掴まれ、彼はずるずると逆方向へと引っ張られていく。

 娘の幸運を祈り、父は上機嫌で騎士を絨毯の上に引き摺って歩いていった。






 その日のネオトピアは煌びやかなイルミネーションの中、静かにクリスマス・イブの夜が迫っていた。

 大きなもみの木に見立てられたタワーは、遠目で見ても人工的な灯りが眩しい。時間が経つにつれて変わっていく光景は、日が暮れると共にますます空に映えた。

「わぁー、いつ見てもすごいよねぇ」

 郊外の家から見える絶景を見せてやるように、シュウトは抱いているナナを高く上げてやった。
 とても嬉しそうにナナが声を上げ、そのまま二人でしばらくシンボルタワーを眺めていた。

「シュウトー。お砂糖が切れちゃったから買ってきてくれない?」
「ええっ、今から?」

 家の中から母親の声が聞こえ、シュウトは眉を下げる。
 買い物は中心街まで行かなくてはいけない。これから行って帰って来るには一苦労だ。

「ケーキ食べたいんでしょう? ほらほら、行った行った」

 文句を言いつつもクリスマスにケーキは外せず、シュウトはしぶしぶナナをベビーカーに戻してやる。
 ツリーに飾り付けをしていた父に子守を頼み、シュウトは街へ向かって走り出した。





 夕暮れの街は人通りも多く、皆幸せそうに道を歩いていた。
 シュウトはいつもの店で砂糖の袋を購入し、変わり映えをした街並みを見物するように帰り道を歩いていた。


 綺麗なクリスマスケーキを包んでもらう大人。
 ガラス窓からプレゼントを選んでいる子供。

 それから、賑わう街を笑顔で歩いていく恋人達。


 この時期だけの晴れやかな空気が、シュウトの周りを通り過ぎていく。
 大切な人と過ごす今夜。
 けれど今、シュウトの隣には誰もいない。



 不意に思い浮かんだのは、お転婆で勝気で、我侭だけれど綺麗で真っ直ぐな女の子の姿。
 一時の別れ際に、少しだけ残念そうに俯いていた異国の姫。


 彼女はこの夜、何をしているのだろう。




 急いできたので疲れていたシュウトは、街の片隅の広場までやって来た。ベンチに腰を下ろし、ぼんやりと空を見上げる。
 すぐ側で、春になれば満開の桜の木が枯れた腕を伸ばしている。枝の間には何か別の植物が見え隠れしていた。黄色っぽい実がなっていた。

「ああ、そっか。あれがヤドリギなんだ」

 頭の中で図鑑を思い出しながら、シュウトは呟く。
 あの木の下で将来を誓うと永遠に幸せになれるとか、異性がその木の下にいればキスしていいだとか、地方によって様々な言い伝えのある木。



 自分が想いを告げたい人は誰だろう。
 すぐに思い浮かぶのは――。



 その場にいない人を求めても仕方がない、と彼は軽く首を振った。
 幹に沿って視線を下ろしながら、帰宅するために彼は立ち上がる。その時シュウトは思わず目を見開いた。

 視線の先に、靴が見えた。

 徐々に上げていくと、そこに立っていたのは――息も荒く走ってきたのだろう仲間である異国の姫が。
 赤らめた顔のまま、ゆっくりとシュウトに向かって微笑んだ。

「リリ姫……?」
「来ちゃいました。伝えたいことがあるから」

 シュウトは驚きを隠せずに、彼女をじっと凝視した。
 はにかむ少女は呼吸を整え、頬を紅潮させながらも泣きそうな笑顔を浮かべた。

 多分、生まれてきて一番の勇気を振り絞って。




「貴方のことが好きです」






 今度は二人とも顔を真っ赤に染めた。

 大きなヤドリギの下で。







 -Merry Christmas!-




---------------------------------------------------------
ヤドリギについては色々諸説があるようで。柊だっていう説もあるし…。
自分の中ではシュウ←リリがデフォルトなのですが、本格的にくっつけてみました。
でも原作的な流れから見ると、絶対に結ばれないと思います。
姫は自分の立場を弁えているだろうし…。
結婚は無理だろうけれど、旅の間は無自覚にラブラブ(?)していていただきたい。

とにかくメリークリスマス!
(2005/12/25)



←←←Back