** 守人 **




 洞窟の壁からは青白く淡い燐光が漏れ出し、所々突き出ている何かの水晶が光を乱反射していた。その間を漂うンンのプリズムが弾け、日差しの全くない場所だというのに灯りがなくとも辺りの様子は良く分かった。
 天井を見上げると、あれはマナの樹だろうか、太くて立派な根が突き出している。

「ここは城の真下になるのか?」
「いいえ。正確には、ラクロアの真下、と言った方が正しいですね」

 にっこりと笑んだ国の姫は、こちらです、と言って、異国の客人を奥へと促した。


 誘われ、ラクロアで様々なことを学んでいた騎馬王丸は、この国の守護獣たちの存在を知った。
 先の戦いにて四方を守る精霊のうちの一つ、グリフォンが封じられたためにラクロア王国はダークアクシズの侵入を許してしまい、一気に攻め込まれたのだとゼロは苦々しく語っていた。

 平和を甘んじてきた国だからこそ、礎が欠けただけで崩壊に向かってしまうのだろうと、騎馬王丸は少しだけ落胆を示した。
 たとえ血を血で洗わなくとも、平穏に永続していく国の在り方を知るためにここまできたのだ。いくら国そのものが平和になったとしても、すぐさま壊れてしまうようならばそれは砂上の城のようなもので、意味を成さないだろう。

 その心中をひっそりと呟いた騎馬王丸を、リリはある場所へと連れて行った。
 それが、このラクロアの地下に広がる洞穴だった。


「ここに一体何があるというのだ?」

 辺りを見回しながら進む騎馬王丸は、先を行くリリの背に尋ねた。
 彼女は微笑むばかりで、黙って歩き続ける。
 護衛のため側についているゼロが、騎馬王丸を困ったように眺め、少女の顔を窺いたてている。

「姫、話しておいた方が」
「ついたら話します。ゼロは黙っていて」
「は、はい……」

 おずおずと引き下がるゼロだが、見上げる洞窟の中はあまり彼にとっては居心地の良い場所ではなかった。
 ここには様々な思い出がある。良い思い出も――悪い思い出も。
 もうかなりの時間が経ってはいるが、国にただ一人の騎士ガンダムである彼としては忘れることもできないものだ。

 ゼロの複雑そうな眼差しを見ても、リリは騎馬王丸を連れてきたことには後悔しなかった。
 彼女自身も、心の中にできた傷が痛むわけではない。
 けれどこうでもしないと、自分もゼロもいつまで経っても踏ん切りがつかないだろう。
 騎馬王丸もまた、完全な部外者ではない。
 だからこそ、この時は来るべくして来たのだと彼女は思った。



 しばらく行くと、少しだけ通路が開けた。
 根が突き破ったためひび割れた天井の隙間から、微かに夕日が差し込んでいた。
 赤い陽がスポットライトのように照らし出していたのは、大きな一枚岩。
 そこには五つの剣が、魔法陣の描くように円形に突き立てられていた。

 ゼロはそれをしばし呆然としたように見つめていたが、何故か苦しげに視界を床へと移した。
 怪訝に思った騎馬王丸は、隣に立つ人間の少女を見上げたが、彼女は真っ直ぐとその岩を見たまま動かなかった。

「何かを封じていたのか」
「どうして、そのように思われますか?」

 半分確信めいた物言いに、リリは視線だけを動かして問う。
 騎馬王丸は彼女の感情を押し殺したような瞳に、何となく分かったのだろうと察する。
 だが、それに気付かないふりをして騎馬王丸は淡々と言葉を続けた。

「――狂言ばかりを紡ぐ奇術師の側に長年いれば、この違和感の残滓が何なのかくらい分かる」
「そう、ですか」

 リリもゼロも、それが誰を指しているのか知っている。
 けれど決して名を告げることはなく、微かに肩を震わせただけだった。

「ここはかつてダークアクシズに攻められるよりも前に、ラクロア国内で起きた反乱の首謀者を封印していた場所です」

 反乱。
 祖国では日常的に耳に入ってきたその単語は、この穏やかで温かな人間の国には不釣合いだと騎馬王丸は感じた。

「彼は、私を含む五人の騎士が封印した。それがここだ」

 言い淀みながらもゼロはふわりと身を翻し、冷たい岩肌に手を当てた。
 刺さったままの主を失った剣を、懐かしむように一つ一つ撫でていく。

「彼は自身がラクロアの王になると言っていた。彼の同胞達の多くが賛同し、同じように封じられた」
「しかし数年後、彼はある魔術師が差し金で、封印を解き、ダークアクシズと共にラクロアを蹂躙しました」

 ゼロの言葉を引き継ぎ、リリは俯き加減で言った。
 それが誰なのか騎馬王丸は知っている。けれど思い浮かんだ影の名を口にはしなかった。
 先程、二人が何も言わなかったように。

「グリフォンは解放された彼の悪意に狂わされ、守護獣としての理性を失いました。彼の憎悪に引き摺られたのです」
「そして攻められた、というわけか」

 ええ、とリリは微笑んだ。失意の色はもう見えない。

 騎馬王丸は彼女が何故ここに自分を連れてきたのか、今の彼女の話で理解した。
 国を守る精霊は、天宮を守る大神将と良く似ている。
 自分もまた野望に眩んだ黒い道を行くために、かの奇跡の力を欲した。
 だが、選ばれなかった。
 その場には、騎馬王丸よりも真っ直ぐに輝く幼い魂があったからだ。

「精霊もまた、従える者の心を映し出す鏡です。使い方を間違えれば、平和の地はすぐさま戦場に摩り替わるでしょう」

 騎馬王丸は無言でただ頷いた。
 人心が荒れれば国も荒れる。天宮で生きてきた男にはそれが良く分かった。

「相手を知ること。支えあえる存在に出会うこと。そして、導きあうことで、きっと平和は築けるのだと思います」

 リリはそう言ってゼロと騎馬王丸を見て笑いかけた。
 彼女はきっと、今は遠くにいるあの少年とその親友の描いた光景を思い出しているのだろう。

「そうですね。まずは互いを理解し合わなければ、本当に、何も出来ない」

 瞳を細めていたゼロは、寂しげに笑った。
 騎馬王丸も、その横顔を見ながら思い出すものがあった。

 狂っていく者は、誰かが止めることをしなければただ虚しく崩れていく。
 憎悪と悲哀だけを持ち、復讐に走った男は哀れな最期を遂げた。
 愛と欲望を吐き違え、世界の摂理を認めなかった男は消えた。

 彼らにとって平和な世は、拷問だったに違いない。身勝手な思いだったとしても、彼らは彼らなりに苦しんでいたのだ。
 そのことを、騎馬王丸は忘れない。



「――そういえばその男はどうなったのだ?」

 話し終えたリリは、今度はグリフォンの神殿へと案内するらしく奥へ歩き出した。
 それに続きながら、騎馬王丸はゼロを見上げて聞いてみた。
 翼の騎士は微かに笑った。

 彼もまた、運命に抗おうとしていたその人を忘れることはないと思っていた。
 理不尽な世界を怨みながら――きっと本心では、その世界に誰よりも憧れていたのだろう。

「最後の最後で、私を助けてくれたよ」

 ゼロもまた、きっと彼のことを忘れない。






-END-




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放送終了一周年記念企画にて、リクエスト頂きました。
ED後のラクロア勢の皆様で、騎馬王丸中心。精霊について勉強中でした。
どうしても三幹部を絡めてしまうのは習性でしょうか…。またもやガベ様とでっちゃんの影が。
でも今回はT様の話題でまとまったかな、と思います。
騎馬様はラクロアからの噂でT様のこと知っていると思うのですが、実際に会った事は無いので名前を出されないと分からないと思います。
相変わらずこの人達を出すと、ちょっぴり暗いシリアスになりますね…;

(2006/03/02)

記念企画のお持ち帰りは終了させていただきました。ありがとうございました。(03/10)

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