** バトルボイジャー **




 倒れ伏した雑兵を見下ろし、騎馬王丸は放電し続ける己の愛刀を下げた。
 鞘にしまわないのは、まだここが戦場であるからだ。
 相手を昏睡させるだけで殺しはしないものの、忘れかけていた高揚感が湧き上がることに苦笑した。

「そっちは終わったのか騎馬王丸」

 騎馬王丸は自分を呼ぶ声に気付き、振り返った。
 砂煙から姿を現したのは、騎馬王丸の息子であり、天宮の治める若き頭領である元気丸だった。
 その手には、騎馬王丸が彼の元服の際に手渡した立派な脇差が握られている。生意気そうな幼い容貌はあまり消えていないものの、そうして立っていれば一人前の武者にも見えた。

「まあな。お前こそ、こちらに来て大丈夫なのか?」
「あー……あいつ等と一緒に戦っていると巻き添えくらいそうでな」

 言い難そうに頬を掻きながら、元気丸は先程まで戦っていた方向へと視線を転じた。

「親父はすげーな。あんな同士討ちすれすれの攻撃の中、敵陣に突っ込んだんだろ?」

 騎馬王丸は苦笑した。
 元気丸が素直に自分を親父と呼ぶことは滅多にないのだが、よほど感心したのだろう。

 騎馬王衆の攻撃の波に、元気丸は中々慣れないようだ。
 ――もちろん、騎馬王丸とて最初から苦労がなかったわけではないが。

「そのうち慣れる。昔は互いに攻撃を当ててしまい、戦場だというのに喧嘩を始めたこともあってなぁ」
「へぇー。じゃあ諦め半分だったわけか?」
「自分で大将を討ち取った方が早い、とな」

 軽口を叩きながらも察した殺気に、二人は刀を構えて背中合わせになった。
 自分の腰元程度しかなかった息子は自分と大して変わらない身長となり、騎馬王丸は流れた時間を感慨深く思う。
 広くなった背中は、頼もしい限りだった。

「じゃ、その調子でもうちょっと頑張れよ。隠居には早いだろ?」
「今はお前が実質的な大将だろう。俺に押し付けるな」

 二人は笑いながら、それぞれ違う方向へと走り出した。




 騎馬王衆達が戦っている箇所は、最も兵力が集まっていたため混乱を極めていた。
 多対一を得意としている彼らにとっては好都合であったが、主たる元気丸を見失ってからかなりの時間が経っていた。
 相手を殺さずに倒すだけの戦い方は中々骨が折れるため、少々時間を食ってしまった。
 いつもなら傍に仕えている忍は、生憎この戦場には今いない。
 肝心な時に、と猛禽丸は苛ついたように刀を振り回していた。

「でもさー、騎馬王丸様とまた同じ戦場に立てたことは、ちょっと嬉しいんじゃないか?」

 八つ当たりで敵を倒していく彼を見やりながら、破餓音丸は苦笑を浮かべた。
 隣で一斉放射をしながら振り向いた機獣丸もまた同意を示して頷く。

「う。べ、別にそれとこれとは……」
「猛禽丸は素直じゃないからなー」

 笑いながらも破餓音丸は、射程範囲に入った雑兵を容赦なく倒していく。
 思わず武器を持つ手を止めてしまった猛禽丸は、それを見ながら言葉に詰まった。

「爆覇丸なんて、ほら、すっごい元気」

 指差す方向を見やれば、一応騎馬王衆を統括しているはずの武者が意気揚々と大槌を振り回していた。はっきりって楽しげだ。

「それとも逆に焼餅か? 騎馬王丸様が仲間を引き連れてきたことを」
「そ、それは……」

 機獣丸は周りを確認し、煙を吹く腕を一旦下げた。
 近くにいた最後の敵を切り倒し、猛禽丸もまた一度腕を下げる。
 戦場の慌しさから少しだけ解放されると、様々なことが思い浮かんだ。

 今回のこの騒動は、武里天丸軍の大半が他の地の反乱を抑える為に出て行った矢先に起こった。大方、まだ若年の元気丸の台頭が気に入らないのだろう。
 鎮圧に向かうにも、大将である元気丸や直属の部下達だけでは数が少々足りなかった。
 それを何処で聞き入れてきたのか、異世界に出向いていた騎馬王丸が参戦を申し出ていた。
 土産話に聞いたことのある、敵であり仲間であり、今では彼の唯一の友とも呼べるかもしれない者達と共に。

「我等は配下として騎馬王丸様に、そして今は若君についている。気にする方がお二方に失礼だろうが」
「それはそうなのだが。あの女子はともかく、黒いの二人が――」
「おやおや、黒いのがどうしましたか?」

 もっともらしい機獣丸の意見に口篭る猛禽丸は、突然現れた気配に背筋が引き攣った。
 背後から漂う何とも言えない空気に、ぎこちなく振り向いた。

「戦いの最中に背後を取られると死にますよ?」

 ケタケタと笑う騎士が、大きな鎌を軽々と持ち上げてそこに浮いていた。

「わー、あの武者さん浮いている! 本当は騎士さんなの?」
「そんなわけない。あれは魔法の原理と似て否なるものだ。私の解析によれば」
「長話するくらいならさっさとエネルギー充填し直したらどうです、マドナッグ」
「言われるまでも無い」

 固まった猛禽丸を尻目に、ディードは背後に立っているマドナッグと、マドナッグに抱えられているナナを見やる。
 まるで遠足に来たようなナナの様子に溜息を吐き出し、ディードは再び振り向いた。

「先程、元騎丸殿と騎馬王丸が大将の本陣に殴りこみに行きましたから、ご報告に」
「すまないな、ディード殿」

 機獣丸がそれにさり気無い様子で受け答えし、ディードはにこりと笑んだ。
 破餓音丸も一通り仕事を追えたのか、その場に駆け寄ってきた。冷や汗を掻いたまま固まっている猛禽丸を、不思議そうに見上げた。

「どうしたんだ猛禽丸の奴」
「背後を取られたことがショックなのか、この陰険な気配に血の気が退いたのだろう」

 マドナッグは抱えていたナナを一旦地に下ろし、持っていたライフルをチャージし直した。何気ない辛口に、ディードは表情を崩さず肩を竦めた。
 その言葉にようやく我に返った猛禽丸は、ぎろりとそちらを睨み付けた。
 しかし、不貞腐れたようなモビルディフェンダーが視界に入る前に、足元にいた小さな少女がぺこりとお辞儀をしたのが目についた。

「鳥の武者さん、ごめんなさい。マドちゃん素直じゃないから」
「ナナ……何を根拠に」

 マドナッグは少しだけ目を細めた。ディードはそれを微笑ましげに見ている。
 久方ぶりに見た人間の、思わぬ言葉に騎馬王衆の三人は顔を見合わせた。

「だってマドちゃん、皆と一緒に戦うことがすごく楽しみで、今もすごく嬉しいのに、天邪鬼なことばっかりじゃない」

 猛禽丸は、何処かで聞いた覚えのあるその台詞に一瞬唖然とした。
 その瞬間、機獣丸と破餓音丸は大声を上げて笑い出した。
 慌てて「笑うな」と小突いてみるものの、一度出してしまった笑い声は留まることを知らず、二人とも涙目になっていた。

 一方のディードも、的を射ているナナの言葉にくすくすと笑っていた。
 マドナッグは明後日の方向を見ながら、少し居心地が悪げにライフルを持ち直していた。
 何故か笑い出す周りの大人達を、ナナはきょとんとした様子で見回した。

「何だ何だ、楽しそうだなー?」

 その騒ぎに気付いたのか、爆覇丸も楽しげに近づいてきた。
 木槌を肩に乗せながら、笑う同志達を眺める。

「だって、猛禽丸と同じこと言われているんだ! く、ははっ!」
「馬鹿! 黙れ!」

 顔を赤くした猛禽丸は、腹を抱える破餓音丸の口を無理やり塞ぐ。
 けれど他の笑い声までは防ぐことはできず、ますます顔が紅潮してしまっていた。


「やっぱり武者はおちょくりがいがありますねー、ナナ」
「? 何で皆笑ってるの?」
「ちっ、気にするな」

 ディードは微笑みを崩さず、呟くように詠唱を紡ぐ。
 現れた黒い魔法陣は、騎馬王丸の影に忍ばせていたものと繋がっている。
 回線代わりに使用しているそれを、マドナッグとナナは慣れたように覗き込んだ。

「御機嫌よう、騎馬王丸。こちらはひとまず終わりましたよ」
『……後ろのあれらは酔っているのか?』

 にこやかに報告をするディードの背後を指差しながら、騎馬王丸は呆れたように呟く。
 その問いには答えず、マドナッグは淡々と――ナナに指摘されたことを表に出さぬように――騎馬王丸の方の現状を尋ねた。

『少々、数が多くてな。大将まで届かん。援軍もどうやら来るようだ』
「騎馬王丸にしては不手際だな。まぁ、いい。暇を持て余していたところだ」

 紅の科学者の片鱗を浮かべ、マドナッグは笑った。
 正直、腕が鈍ってしょうがないのだろう。
 ディードもまたそれに同意をした。

「では今から私がそちらに参りましょう。マドナッグとナナはどうします?」
「ナナも元ちゃんとおじちゃんを助けに行く! マドちゃん、行ける?」
「どうってことはない。ナナが行くなら、私も行くさ」

 顔を見合わせたマドナッグとナナは拳をこつんとぶつけ、にっと笑った。

『後方は任せろよ。騎馬王衆に抑えておけって言えば意地でも抑えるからな』

 騎馬王丸の横から顔を出した元気丸が、闊達な笑顔を浮かべて言った。
 軽く頷きを返したマドナッグは、ディードに目配せをする。
 彼もまた心得たように頷く。

「ではお二人とも、ご武運を」
『頼むな』
「おじちゃんも元ちゃんも頑張ってね!」
『おう!』

 そうして通信は切れた。


「では、マドナッグ。お先に失礼」
「ああ。獲物は残しておけよ」

 足元に移動用の魔法陣を描くディードに、マドナッグは背を向けた。ナナはぶんぶんと手を振り、それから先程マドナッグにしたように拳を握った。
 ディードは屈みこみ、その拳に自分の拳を軽くぶつけた。
 「また後で」と言い残し、その場から消えた。

 敵の気配に気付いたのか、きちんと構えを取った騎馬王衆に、マドナッグは先程の元気丸からの伝言を伝えた。
 本陣にいけないことは残念だが、大事な役目を仰せつかった事に爆覇丸は再び元気よく腕を回した。

「猛禽丸、といったな」

 マドナッグはさっきまで笑われていた武者の名を呼びかけながら、側に寄ってきたナナを再び担ぎ上げた。
 困惑したように振り返った猛禽丸に、彼は告げた。

「近くにいるだけが仲間ではないし、絆というものは信じるから繋がるものなのだからな」

 瞳を瞬いた猛禽丸に、マドナッグは慌ててそっぽを向いた。

「……ある人の受け入りだ。自分が信じれば、相手も信じることができる。それが、繋がるということだ」

 むっつりとした声だったが、先程の言葉を紡いだマドナッグは誇らしげに笑っているような気がした。
 それはきっと、素直じゃない彼の――自分と良く似た心境なのだと、猛禽丸は感じた。

「さて、いらんことを言ったな。行くぞ、ナナ」
「うん!」

 去っていく異世界の者の背中を見送りながら、猛禽丸もまたいつものように皮肉めいた笑みを浮かべた。
 隣でそれを見ていた機獣丸が、やれやれ、と楽しげに溜息を吐いていた。

「さてと、お客さんだ。我々は与えられた使命と、自ら選び取った未来のために」
「愚問だな」
「猛禽丸、機嫌直ったのか?」
「お前ら、さっさと行くぞ!」

 そして四人は、再び戦場を走り出した。


「貴様等、邪魔するな。速やかに撤収しろ」
「頑張れマドちゃん!」


 ――種族を超えた信頼で結ばれた、人と機械の声を背中に受けながら。






-END-




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放送終了一周年記念企画にて、リクエスト頂きました。
三幹部+ナナ+天宮組でした。一応、元と四人衆ということだったのでまたもやコブちゃんは外出中です。
この人達って戦場に行くと、途端にうきうきしちゃいそうな感じです。特に爆覇師匠はそりゃあもう…(笑)
生存設定の三幹部+ナナの時代では、若は一応元服終わってます。
イメージとしては十四・五? 元気はシュウト君とタメか一つ違いな雰囲気がするのですがどうでしょう。

(2006/02/24)

記念企画のお持ち帰りは終了させていただきました。ありがとうございました。(03/10)

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