何が哀しいのか。
何で哀しいのか。
押し寄せるのは罪悪感と自責。
それから怒りと悲しみの矛先を向けることのできない悔しさ。
けれど、自分は来てしまった。
異界の地へと。
** start from scratch **
ネオトピア科学開発部に所属するベルウッドは、この日、次元についての研究の途中経過をまとめている所だった。
別次元があるという説にはネオトピアの誇る科学者達も、その殆どが否定を示していた。
説を肯定していた極僅かな人々は、開発部の隅で細々と論議を交わしていた。
次元の測定ができるのならば、人類が永遠に夢を見続ける宇宙間のワープ航法の実現にも貢献するだろうし、他の世界が存在する立証にもなる。
まるで御伽噺ではあるが、それが本当にできれば――。
リアリストの気のあるベルウッドだが、次元についての研究だけは無駄だとは思わなかった。
何せ、ここには彼の研究を失笑するだけの人間ばかりではない。
まだ学び舎に通っている年頃で博士号を取得したため、彼の研究を若いから夢見がちなのだ、と馬鹿にするような連中は沢山いる。
けれど、同じように目指すものがあり、瞳を輝かせて語り合える人達も少数だが存在するのだ。
彼らと共に、いつか否定するばかりで研究をしようともしない奴等に一泡噴かせてやることが、今のところベルウッドの目標だった。
「ベルウッド、ここにいたのね!」
今までの経過のレポートを眺めながら廊下を歩いていれば、後ろから少々慌てた声が彼を呼んだ。
振り向けば、ロボット工学の権威であるカオ・リンが困った様子で走ってきた。
「どうかしたんですか?」
「この前作った試しの測定計器が反応しているのよ!」
「何だって!」
開発部の人気の無い倉庫は、別次元説の肯定派の研究室と化している。
その中で、彼らが最近やっと作った試作品――次元の歪みを探知する計器――が反応を示した。それも、このネオトピアに何かが来る。
いてもたってもいられず、ベルウッドは全力疾走で倉庫へと向かった。
静かな森は、まるで悲愴に満ちているように暗い空気が流れていた。
いつの間に降り出したのだろう小雨が、その重みをさらに増しているようにも思える。
彼は、そんな森の中で一人孤独に俯いていた。
ぼんやりと宙に浮かぶ姿は、物語の中の精霊に遣わされた騎士の如く幻想的だった。
けれど空の色を映したようなその瞳には、絶望に塗りつぶされていた。
途方に暮れた捨てられ子のように、彼はじっとその場から動かなかった。
「……あの」
そんな彼を見つめたまま立ち尽くしていた人々の垣根の中から、一人の女性が声を恐る恐る声をかけた。
彼は微かに反応を示し、のろのろと顔を上げた。
けれど、決して振り返ろうとはしなかった。
「貴方は、何処から来たの?」
レインコートを叩く雨音に負けないよう、保安部のジュリは強張っている声を無理やり投げかけた。
その後ろで、カオ・リンやベルウッドなどの開発部の面子、知らせを受けてやって来た市長のマーガレット達が固唾を呑んで見守っている。
次元の歪みが発生したこの場所に佇む彼が、異世界からの流れ人なのだろうとはすぐに分かった。
ネオトピアでは見かけない古風な姿。しかし彼の身体は、最近発掘されたばかりのガンダミウムで形作られている。
差し向けた探査機は彼を異物として捉えるばかりで、その正体を突き詰めてはくれなかった。
しばしの沈黙が続き、彼は失った音を思い出したかのようにぽつりと呟いた。
「……ここ、は」
微かな言葉に、一同は話は通じることに安堵する。
彼は天を見上げ、虚ろな声音で再度問いかけた。
「ここは、未来都市ネオトピア。人とロボットが共存する街よ」
「ネオトピア? ……やはり、来てしまったのだな……」
ジュリの答えに彼は自嘲じみた笑みを浮かべた。
そして、彼は背を向けたまま言葉を続けた。
「この街の長は、どちらにいるだろうか」
「私です」
細々とした声に、朗々とした女性が返答を返す。
ジュリの隣にまでやってきたマーガレットは、真剣な面持ちで彼の後姿を見つめる。
心配そうに秘書であるプリオとレオナルドが二人の姿を交互に見やった。
芯の強い女性の声に、彼は安心したのか、苦しいのか、溜めていた重い息をようやく吐き出した。
そうして、薄暗い表情のまま振り返る。
青い瞳が向けられた。
「警告だ。いずれこの街にも、次元を超えての侵略者が訪れるだろう。我が祖国が蹂躙されたように、な」
「侵略者? 貴方は一体――」
思わぬ言葉に、その場にいたネオトピアの者達はどよめいた。
別次元と交わっただけでも今までの理論を十分覆すような出来事なのに、その別次元から敵がやって来る――。
自分達の説が正しかったのだと浮かれ半分だった開発部の者達は、冷水を浴びせられたような居心地だった。
同行した保安部の者達は、今までにない脅威がこの都市に近づきつつあることに驚愕した。
そんな中、市長であるマーガレットは彼の纏う陰湿な空気の意味を何となく感じ取っていた。
異世界からの来訪者は、顔色を変えた人々を静かに見据えている。
希望も、願いも、何も湧き出てこない視線で。
「……我が名は翼の騎士ゼロ。次元の侵略者ダークアクシズによって滅びた、ラクロア王国の最後の騎士ガンダム――」
その会合から、数週間が経った。
ゼロからもたらされたダークアクシズの存在によって、ネオトピアは秘密裏に対応部署を立ち上げることになった。
それを知っているのは、あの場にいた者――一部の保安部と、別次元説の肯定派である開発部の者達、それから市長とその直属達だけである。
情報の漏洩によって起こるパニックを避けるため、ネオトピアを運営する上層部に話は通されていなかった。
あくまで市長の一存で設立されたそのチームには、カオ・リンやベルウッド、ジュリといったあの場にいた者たちが引き抜かれていた。
ゼロはといえば、郊外の森から出ることはなく、市内への誘いもことごとく断っていた。
宙を泳ぐ彼は、時折迷い込む一般人から姿を見られることもなく、静かに身を潜めていた。
まるで隠者のような彼は、あれからも一切正の感情を見せることなく、淡々とした様子で部隊の設立の行程の報告を聞き入るばかりだった。
迷い込んだ異世界に、何も守れなかった自分に抱く不信感を拭いきれていないのだろう。
周りの者も、腫れ物を触るようにゼロにはあまり接触しなかった。
そんな彼の元に、チームを率いる男が尋ねてきたのはある夕刻のことだった。
「特殊部隊の名前が決まったぞ」
ゼロは突然の来訪者をまじまじと見上げた。
ネオトピアの様々な部署の制服と似通いながらも、あまり見慣れない服を着込んだ男。彼は、新たに出来たチームの長官なのだと名乗った。
不思議な形の仮面は見る者を閉口させてしまうが、ラクロア生まれのゼロにとっては違和感があまりなかった。
「……名前?」
半ば無気力な声で、ゼロは問い返した。
彼、ハロ長官は強く頷き、誇らしげに自分の制服のマークを指差した。
「S.D.G。正式名称はSuper Dimensional Guardという。次元を守るという意味だ」
大それた名だ、とゼロは思った。
自分のいる世界を守れるのかもまだ分からないのに、他の次元も守るかのようなその口振りにゼロは笑いたくなった。
「まだ技術が追いつかないが、きっともうすぐ実現できる。いつか、君が君の世界に帰るときに、何か手伝いができるようになるさ」
「私の、手伝い?」
ゼロはぼんやりと、目の前の男を見上げる。
表情の見えない仮面。
けれど、何故だろうか。
真っ直ぐと、真摯な視線が返されているような気がした。
「ああ、信じて欲しい。だから、いつまでも後ろを振り返るな。君は、祖国の未来を背負ってここに来たのだろう」
絶句したゼロは、大きな瞳を見開いた。
そのままハロ長官は踵を返した。一歩、二歩と歩調を緩めずに歩き出す。
それは、戦うことを決めた人間の背中。
抗うことを、立ち向かうことを、何かの決意をした人の後姿。
行け、と。姫を頼む、と。
そう言って、笑顔で見送った仲間。
行って、と。ラクロアを救って、と。
そう言って、手を伸ばした少女。
彼らの凛とした姿に、それは良く似ていた。
「……まだ、信じることは怖い。私自身が一番、信じられないから」
ゼロは少しだけ強張った声で、去りかけた背中に独白を投げかけた。
相手の足は歩みを止めて、しばしその場に留まる。
「私の仲間はここにはいないし、もういらない。――けれど」
顔を上げたゼロは、強い意思の灯った瞳で前を見た。
「貴方の言ういつかが来た時には、仲間というものを信じてもいいだろうか?」
進むことを、決意して。
それから二年後、ゼロは森を出た。
眩しく光る、スペリオルドラゴンの輝きに導かれるように。
-END-
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放送終了一周年記念企画にて、リクエスト頂きました。
S.D.G設立についてのお話。あんまりSFチックじゃなくてごめんなさい;
ゼロとS.D.Gの皆さんとの会合をかなり捏造してます;;
でも、何だか市長とかと本編中で初対面くさい? ……二年前に会っていた方が辻褄が会うのでこんな感じ。
ネオトピア編後半では基地とシュウトの家に入り浸りっぽいゼロですが、初回の方は何処に住んでいるのか分からなかったので、初登場時の森の中にしてみました。
自然の中にいるのは、石化されてしまったラクロアを思い出し、自分を戒めているのではと思います…。
(2006/02/22)
記念企画のお持ち帰りは終了させていただきました。ありがとうございました。(03/10)
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