** 姫とおにぎりと騎士達と **




 久方ぶりに顔を合わせた六人は、リリに誘われてささやかな茶会を楽しんでいた。
 それぞれの近況報告や昔話に花を咲かせ、時には失敗談を挟みつつ、優雅で穏やかな時間が過ぎていた。
 昔ではありえなかったその光景に、リリは何だか嬉しそうに苦笑していたのだが、彼女は先程からヴァイエイトとメリクリウスを連れ立って席を外していた。

「姫はまだお帰りにならないのか?」
「そういえばちょっと遅いですね」

 きょろりと辺りを見渡したゼロは、普段から側についているはずの王女がまだ帰って来ないことに気付いた。
 異世界へ任務に出かけるときも一緒のため――それから、あの喪失感を味わったせいでなのか――何だか側にいないと、ゼロは酷く不安に駆られた。
 ロックはそんな彼を落ち着かせるように、のんびりと相槌を返した。

 隣でその横顔を見ていたトールギスは、対照的な二人を眺めながら思う。
 一度解体された親衛隊を再び率いるように命じられたロックは、やはり少しのことでは取り乱さないところが隊長に相応しいのだろう。
 ロックが感情を露わにして怒り狂ったところなんて、今まで見たこともなかった。

「そういう貴方は考え事がよく顔に出ますよねぇ」

 逆隣からの苦笑混じりの声に、トールギスは思わず紅茶を吹き出しそうになった。
 軽く咳き込みながら顔を上げると、ディードが困ったように笑っていた。

「……分かりやすいか」
「はい。らしいと思いますけれどね」

 何故分かった、なんて聞かずとも理解できた。
 冷静に振舞えない自分に苛立つことは多かった。その度に、ディードの――デスサイズの嘲笑う声が聞こえてきて、余計に苛む。
 その繰り返し。

 側で見ていたディードには、きっと自分の顔色なんて全てお見通しなのだろうとトールギスは思っていた。
 しかし、らしい、なんて。
 初めて言われて驚いた。

「隠すことばかりに慣れるよりか、きちんと自分の考えていることを伝えられることの方がよほど利口です。それにロックは冷静というよりマイペースって言うのですよ?」

 後半は笑い声を混じらせて、ディードは歌うように紡ぐ。
 諭すような物言いは、ディード自身を批判しているかのように聞こえ、何だかトールギスは切なく思う。

 怒りを抑えきれず、国を滅したトールギス。
 恋慕を隠したまま、人を愛したデスサイズ。

 国も、その人も、結局は彼らを許した。罪を背負いながらも、贖うべく二人は今を生きている。

 どちらが罪深いのか、何て。
 もう今となっては分からないけれど。


「お待たせしましたー!」
「姫のお帰りですー!」

 楽しげな双子の声に、六人は一斉にそちらを向いた。
 ヴァイエイトとメリクリウスが何やら大きな皿を二人がかりで運んでいる。その隣で、捲くった袖を直しているリリが、やたらと満足した様子で笑っている。

「お帰りなさいませ、姫様」

 ロックのささやかな挨拶に頷き、彼女は大きな皿を指し示した。
 それを見たナタクはバトールと顔を見合わせ、不思議そうに問い返した。

「姫様、これは……何です?」

 ナタクはしげしげと皿の上にてんこ盛りとなっている白黒の物体を見つめた。

「ディードに頼んでお米を持ってきてもらいました。これはそれで作ったおにぎりです」

 リリは楽しげに微笑み、ディードに向かって目配せした。
 その視線に気付き、彼もまた照れ臭げに笑った。

「前は不恰好だったけど、今度は結構上手にできたでしょう?」

 そう言って彼女は皿から丸々としたおにぎりを、騎士達の手へと渡していく。
 昔作ったことのあるゼロは、自分と似通ったその形に苦笑を禁じえない。
 けれどそこに篭っているのは、何よりの想い。
 しげしげと眺める者達に、ゼロは告げた。

「これはおにぎりと言ってな。愛情を込めると、美味しくなる不思議な食べ物だ。姫の気持ちが入っているから、きっととても美味しいだろう」
「はい。ぜひとも食べて下さいね」

 リリはそう言って、少し小さめのおにぎりをトールギスにも手渡した。
 反射的に受け取ってしまったが、トールギスは困惑したように姫とおにぎりを見比べた。

「……俺も貰ってよいのか」
「勿論です。貴方も私達の仲間ですもの」

 気負いなく言われた言葉に、微かにトールギスは破顔した。

「トールギス様っ! 私達も姫に便乗しましてお作り致しました!」
「御賞味下さいませ!」

 少女との間に流れていて穏やかな空気を繋ぐように、ヴァイエイトとメリクリウスもまた自作のおにぎりをずいとトールギスの前に差し出した。

 リリから貰ったおにぎりが、他の四人と大きさが違うことが気になっていたのだが、どうやらこのせいらしい。
 見やればリリが、悪戯っ子のようにくすくすと笑っていた。

 何だか変な気分だった。
 いつもつり上がっているはずの目元が、下がってしまっているようだ。
 トールギスは苦笑しながらも、受け取ったおにぎりを食べた。

「お前ら、形が揃っていないぞ?」

 文句を言いながらも、彼はおにぎりを残すことはなかった。


 美味しそうにおにぎりを食べる彼らを眺めながら、ディードは穏やかに笑んでいた。

 ゼロは感涙しながら食べているし、ナタクはとにかく沢山食べたいのか皿にどんどん手を伸ばしている。
 ロックとバトールはいつものようにのんびりと紅茶を啜りながら、それでも大切そうに噛み締めている。
 トールギスは照れ臭げに悪態をついていて、ヴァイエイトとメリクリウスも嬉しそうに笑っている。

 手放したはずの全てが、そうやって目の前で輝いていることが今でもディードは信じられなかった。
 眩しいほど、穏やかで優しい時間。
 本当に欲しかったのは、この光景だったのではないだろうか。

「ディード」

 ふいに、配り終えたリリがディードを呼んだ。
 隣に立つ少女に気付き、ディードは振り向く。

「これを、貴方に」
「……え?」

 リリから素っ気なく渡されたのは、皿に乗っていたおにぎりとは違って、きちんとした――それでも歪な三角形。

「わたくしが一番丹精込めて作りました。それで不味いなんて言ったら、口利きませんからね」

 照れ隠しなのか、そっぽを向いた彼女にディードは呆気にとられる。
 けれど、徐々に浮かんでくる喜色に、ディードは飾らない微笑みを浮かべた。

「――いいえ。美味しいですよ」






-END-




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放送終了一周年記念企画にて、リクエスト頂きました。
親衛隊の楽しいお話……? 楽しいというかほのぼの…??<すみません;
生存設定で新旧親衛隊。新生親衛隊はディードの席にトールギス(双子付き)がいます。
ゼロは席を置いているものの、出たり入ったり…。
そんな妄想駄文ですが、不幸続きなラクロアの人々には幸せでいてほしいです。
そして今回のディードは苦労人じゃありませんでした(笑)

(2006/02/16)

記念企画のお持ち帰りは終了させていただきました。ありがとうございました。(03/10)

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