** 思い描いた夢の欠片 **
神妙な顔をして部屋に訪れた息子を、騎馬王丸は怪訝そうに眺めていた。
先程から元気丸は一言も発さず、座布団の上に胡坐をかいたまま何事かを逡巡している。
言うか、言わないか、迷っているようだった。
騎馬王丸は二つの湯飲みに茶を注ぎ、聞き出すこともせずに片方を元気丸に差し出した。
沈黙はしばらく続く。
湯飲みの湯気が途絶えそうになった頃、ようやく元気丸が口を開いた。
「あの、さ。ちょっと聞きたいことがあって」
「何だ、改まって」
聞くことが照れ臭いのか、元気丸は忙しく辺りに視線を這わせる。
それを微笑みながら見ていた騎馬王丸は、言い難そうな彼に促すように言葉をかけた。
「……あいつ等はさ、どうして騎馬王丸のところにいたんだ?」
鼻先をかきながら、元気丸はそんなことを尋ねた。
彼があいつ等と称するのは、十中八九、騎馬王丸のかつての部下である――今でも彼らの中では騎馬王丸は尊敬している相手だが――騎馬王衆のことだ。
色々あったが、今では父親の自分よりも、彼らの方が元気丸を可愛がっているように思える。
だから元気丸としては、決して不満などあるはずもなく、日々を平穏に過ごしていたはずだ。
そんな彼からの思わぬ問いに、騎馬王丸は目を瞠る。
真意を探るように元気丸の顔を覗き込んだ。
元気丸はわたわたと手を振り、違う、と告げた。
「別に何か言われたわけじゃないぞ! ただ――ほら、あいつ等っておいらが言っちゃあ何だけど個性的だろう?」
「ああ、そういうことか。……爆覇丸と猛禽丸辺りが衝突していたのだろう?」
苦笑を浮かべて見事に言い当てた父親に、元気丸は驚いて顔を上げた。
「長い付き合いだからな。あれは一種の馴れ合いみたいなものだ」
「な、馴れ合い?」
その割には武器を取り出して技の応酬があったような、と元気丸は庭先の惨状を思い出しながら冷や汗を流した。
こってり小言で絞ってきたから、今頃二人揃って反省タイムに入っていることだろう。
「四人が俺の元で揃った時はもっと凄かったぞ?」
騎馬王丸は懐かしげに目を細め、くつくつと笑った。
あまり見ることのないその表情に、元気丸は目を輝かせた。
父親から聞く昔話が、彼は言葉に出さないものの大好きだった。母親とのことであったり、虚武羅丸とのことであったり、まだ比較的平和だった頃のことであったり。
そのように様々な話を聞いたが、騎馬王衆が何故騎馬王丸の元に集ったかは聞くことがなかった。
元気丸の中で、何となく引け目があったのだろう。彼らの今の主は自分であるのに、元の主であったはずの騎馬王丸から話を聞くわけにはいかないと。
どうしても比較してし、一時期は元気丸のことを認めていなかった四人がどれだけ騎馬王丸を尊敬していたか、聞くのは辛かった。
だが、今は違う。
騎馬王衆が自分のことを信頼してくれていることは、元気丸自身が一番良く知っていたし、語ろうとする騎馬王丸からは懐かしさしか感じられない。
もう平気だ。
元気丸は騎馬王丸の声音を止めることなく、朗々と響く父親の昔話に耳を傾けた。
「四人と会った時期はそれぞればらばらだったな」
騎馬王丸は瞼の裏で、若かった頃のことを思い出す。
役割はいつも同じ。爆覇丸と猛禽丸が喧嘩して、機獣丸が傍観したりたまに止めたり、破餓音丸はあっちにきたりこっちにきたり。
初めて会ったばかりだというのに、彼らはそうやって不思議なほど型に嵌った。
「今と同じじゃんか」
「そうだな。時は経ったが、相変わらずだ」
元気丸の合いの手に笑い、騎馬王丸は続ける。
思い浮かぶのは戦場ばかりだ。砂煙と怒声と法螺貝の音と刀の凌ぎ合いの音。
そこには、確かに思い出があった。
「俺の元に奴等が付いた理由は明確には分からん。機獣丸も、破餓音丸も、俺の気紛れで助けたら勝手に付いて行くと言ってな」
「助けた?」
頷き、騎馬王丸は湯飲みを手に取る。
茶を飲み干し、それから一息ついた。
「命を拾ってやった。ただそれだけだ。恩義とか、そんなもの念頭になかったがな。貴方の道についていきたいと言われた」
苦笑した騎馬王丸を見て、元気丸は少しだけ俯いた。
きっと二人が見た目の前の男は、輝かしい一筋の光のように見えたことだろう。
自分が、あの炎の武者の鮮烈な姿に憧れの思いを抱いたように。
「猛禽丸も似たようなものだが、何せ皮肉れているだろう? お前の行く道を見届けてやる、なんて言われたな」
今ではきちんと礼儀を払っている騎馬王丸に、そんな口の利き方をしていたのかと元気丸は驚愕する。
それに気付いたのか、騎馬王丸は声を出して笑った。
「奴等が家臣となったのは、出会ってからもう少し後だ。今だから言えるが、その頃は俺もお前みたいに無鉄砲な奴でな。奴等と喧嘩したこともあったぞ?」
初めて見た時から大人の雰囲気を持っている騎馬王丸に、そんな子ども時代があったのかと元気丸は唖然とした。
けれど、少しだけ嬉しくも思う。
自分と同じだったと、小さな親子の絆のようなものが見えた気がして。
「じゃあ爆覇丸は?」
「あいつは……」
騎馬王丸は少しだけ困ったように言葉を途切れさせ、何事かを考えた。
元気丸は首を傾げ、続けられるはずの言葉を待つ。
数秒だけの沈黙の後、騎馬王丸の声がまた響いた。
「あいつは、戦いを求めるために騎馬の軍門を潜った」
少しだけ空気が張り詰めたように感じられるのは気のせいだろうか。
元気丸は湯飲みを握る手の力を強めた。
「戦うのが好きだからだろう?」
爆覇丸を見ていて感じるのは、いつでも相手との手合わせを楽しんでいる様子だった。
以前、騎馬王丸軍と武里天丸軍が衝突していた際も、敵である爆熱丸との戦いを嬉しそうにこなしていた。天地城の守備という任があったせいもあるが、強くなる気配のあった彼を倒すことはせずに追い返していた。
それは、次の戦いを楽しむために。
各地のいざこざを鎮圧する際にも、爆覇丸は楽しげに武器を振るっている。強い相手と戦う時ならば、その兆候が一層増した。
だからこそ元気丸は確信を持ってそう言ったが、騎馬王丸の反応は微妙なものだった。
彼自身、どう答えてよいものか分からないのだろう。
微かに首を振り、呟くように口を開いた。
「確かに今ではそうだろう。だが、昔のあいつは逆だったように思える」
「逆?」
「戦が、嫌いでしょうがないように見えた」
静寂の中に紡がれた言葉に、元気丸は目を丸くした。
騎馬王丸は少しだけ俯き加減だったが、すぐに顔を上げて困ったように微笑んだ。
「成り行きで旅の道中一緒にいたことがあるが、どうやら俺は何かを見出されたようでな。俺が覇道によって天宮を制すると告げた時に、俺に傅いた」
騎馬王丸は自分の腰元に挿してある刀を見下ろし、今、天宮を一つにまとめつつある息子の方を見た。
「……だから四人それぞれの明確な理由までは分からん。でも、奴等は俺を試していたのだろうな。仕えるに相応しいかを。天宮を制覇できるかをな」
しかし夢は破れた。自分はこうして敗将としてここにいる。
だが、砕けてしまった夢の欠片は元気丸へと受け継がれ、彼の元に再び集うだろう。
今度こそ、叶えるために。
「じゃあ、おいらもあいつ等に試されている?」
「無論。期待に答えてやれよ?」
にっと笑った息子の頭をがしりと掴み、少々荒っぽく撫でる。
小さな希望のこの星は、騎馬王丸という道を失くした四人にとって不本意であれど道標になっただろう。
今はきっと、太陽のように道を照らし上げている。
自分にはできなかったことを、この小さな子供はきっとやり遂げるだろう。
「でも、さ。きっと試すだけじゃなかったと思うぜ?」
立ち上がった元気丸は、幾分かすっきりした面持ちで笑った。
「あいつ等、騎馬王丸のこと慕っているからさ。やっぱり好きな奴の手伝いはしてやりたいと思うだろ? 部下とか主だとか、そういうのの以前にさ」
仲間なんていらない、と。
天地城が燃えたあの日、騎馬王丸は叫んだ。
けれど自分がどれだけ多くの人に支えられてきたか、騎馬王丸は知っている。
自分の作った道についてきた彼らは、ただ轍の跡を辿っていたのではない。同じ道を通って、土を踏み鳴らし、共に道を作ってきたのだ。
それを否定して、結果的に立ち止まってしまった自分。
だがそこからまた道が始まり、付いてきただけと思っていた彼らと共に今、再び歩き出している。
「仲間、っていうのかな。道が途絶えても、また一緒に歩きだせる。だって一人で作ってきたわけじゃないからな」
おいらも、皆と一緒に歩いている。
元気丸はそう言って、満面の笑みを浮かべた。
騎馬王丸はその不思議な空気にそっと笑う。
やはり器量が違うな、と元気丸には届かない程度に呟いて、彼もまた立ち上がった。
「そうだな。では、一緒に歩いてもらうためにも、慰めにいってやるか?」
「おう!」
二人は部屋から歩き出した。
反省中の二人と、溜息を吐いているだろう二人の元へ。
夢の欠片はきっと、もうすぐ形を成す。
-END-
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放送終了一周年記念企画にて、リクエスト頂きました。
騎馬王衆がどうして騎馬王丸につこうと思ったのか……です;;
公式で明確(といっても詳しくは不明)なのは爆覇丸だけなのでこんな感じに。
それぞれが何を思って騎馬様についてきたのか、騎馬様自身にはあんまりピンとこないかと。
一応捏造過去設定に基づいてですが、単品でも読める感じにしました。
(2006/02/08)
記念企画のお持ち帰りは終了させていただきました。ありがとうございました。(03/10)
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