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「キャプテン、助けてくれ!」

 廊下から飛び出してきた仲間の姿に、キャプテンは首を傾げた。
 長年の仲間である翼の騎士ゼロは、普段装っている落ち着いた雰囲気をすっかりなくし、慌しい様子でキャプテンに泣きついてきた。

「どうかしたのか、ゼロ?」
「君のオトウトがしつこいのだ!」

 思い出したのか、ゼロは頭を抱えながら溜息を吐き出す。
 キャプテンはますます首を傾げた。

 弟というには語弊があるような気もするが、後継機であるマドナッグは、親友のシュウトに言わせると「良い子」らしい。
 昔の優等生じみていたキャプテンよりも感情面は豊かでありながら、素直――というよりも思ったことをすぐ口にする――だからだそうだ。

 そんなマドナッグが、ここまでゼロをげっそりとさせていることが不思議だった。
 そもそもゼロはマドナッグに魔法を見せてやっていたはずだ。その時は満悦な様子で、得意そうに披露していたことをキャプテンは記憶している。

「魔法を熱心に見学していただけだろう? 何か問題でもあったのか?」
「あった! 物凄くあったぞ!」

 力説するゼロの話を聞くに、最初の方は何も問題がなかったのだが、だんだんとマドナッグは魔法の原理やマナの発生現象、果てまでは数式にして現すとどうなるのか、等などと非常に説明しにくい事柄を尋ねてきたそうだ。

 マナの恩寵である魔法は、使えない者に教えるには何とも形容し難い。
 そういった細かな説明が苦手なゼロは、言葉を濁した。
 そしてマドナッグは、人から聞くことだけではなく自身の中で原理の計算をして見たくなったらしい。
 何度も魔法を使わされ、ゼロは正直逃げ出したくなったのだ。

「成る程。確かに私もその研究には興味があるが」
「何っ!」
「だが、君が被害を被っているのならば、私がまず代わりに謝っておこう。すまない」

 多少聞き捨てならない言葉があったが、キャプテンはマドナッグの代わりと言って軽く頭を下げた。
 呆気に取られたゼロは、冷静さを取り戻し始めた。

「あ、ああ。まあ、別に、少し連発して疲れたくらいだから」

 キャプテンはさして気にした様子もなく、そうか、と相槌を返した。

「マドナッグは、一つの事に一度執着や興味を持つと納得がいくまで没頭する傾向にある。魔法の原理もそうなのだろう」

 キャプテンが微かに目を細めた。
 思い出しているのは、過去ですれ違ってしまった彼と同じモビルディフェンダーのことだろうと、ゼロは察した。
 あの黒いマドナッグが望んだのは、この世に破滅が満ちること。
 たった一度だけ突き放されたと感じた彼は、頑なにそれを信じて暗闇の道を選び取ってしまった。

 そうしてゼロもまた思い出す。
 恋焦がれてはいけない人を愛してしまった、愚かな騎士のことを。
 英知の園から帰ってきた彼は、毎晩毎晩何かに没頭しながら机に向かっていた。ゼロはその焦燥する背中を何度も見かけていた。

「少し、危ういのかもな」

 ぽつりと呟いたゼロに、キャプテンは頷く。
 けれど、と彼は続けた。

「私はそれがマドナッグらしさだと認識している。長官や主任にも言われたのだが、それは彼の側面でしかないのではないだろうか」

 揺らがない青い瞳を見返し、ゼロは俯いた。
 信頼を覆さないキャプテンの器の広さに、少しだけ自分が惨めに思えた。

「……キャプテンはきちんと受け止められているのだな。私は駄目だ。あいつの全てを受け入れることが出来たかどうか、この手で斬ってしまったからもう分からないままだ」

 ゼロの言うあいつが誰なのか、キャプテンは分かった。

「曖昧でも、構わないのではないだろうか。感情とは曖昧なものだ。マドナッグは感情が豊かとはいえ、シュウトと出会う前の私のようにその曖昧さが良く分からないのかもしれない」

 そう言った彼の横顔は、少しだけ悲しげにも思えた。




「キャプテン! ゼロはそちらにいますか?」

 奇妙に空いた沈黙の中、話の渦中にいるマドナッグがゼロを追いかけてなのか廊下から現れた。
 ゼロはぎくりと背中を強張らせ、ぎこちなくそちらを見やった。

「こっちだ、マドナッグ」

 事も無げにキャプテンがそう言うものだから、ゼロは内心とても慌てた。
 マドナッグは嬉しそうに笑い、それからゼロの元へと駆け寄った。

「お願いします、もう一度見せて下さい! 今度こそ絶対解析してみせますから!」
「だぁぁ! もう疲れたと言っただろう! それに魔法はマナと精霊の加護の力で、術者の意思の強さが基盤。使えない者には他に説明のしようがないぞ……」

 両手を合わせて頭を垂れるマドナッグを畳み掛けるように、今日何度目かになる魔法についての短い講釈を述べたゼロは流石に肩を落とした。
 マドナッグは諦めた様子もなく、ゼロに問いかけを続ける。

「そんなことありません。昔、魔法の行程と理論を聞いた覚えがあります! 使えなくともその仕組みについて知ることはできます!」

 必死な様子のマドナッグだが、その不可解な発言にキャプテンとゼロは戦慄を覚えた。
 黙り込む二人を不思議そうにマドナッグは見返す。

「どうか、しました?」

 そこにいるのは、作られたばかりの世間知らずの白いモビルディフェンダー。
 けれどキャプテンもゼロも、その時ばかりは彼の背後に赤と黒の影を見たような気がした。

「昔、とは一体何だ」

 キャプテンの声は淡々としていた。
 些細な変化に気付かず、マドナッグはきょとんとながら目を瞠っている。

「……あれ? おかしい、ですね? ……私、ゼロと姫様の魔法しか見たことがないのに……じゃあ誰から……?」

 自問自答を繰り返すマドナッグを眺めながら、キャプテンは目を伏せた。

「マドナッグ、ゼロも流石に疲れている。そろそろ解放してやってくれないか?」

 ゼロが言っても渋っていたのに、マドナッグは素直に頷いた。
 キャプテンの言葉は絶対だと信じているのだろう。こんなときにキャプテンはいつも、皆が言っていたマドナッグの危うさを感じる。

「すみません、ゼロ。私もちょっとメモリーの調子が悪いみたいですから、調整してもらってきますね」

 マドナッグははにかみを浮かべ、今来た道を引き返していった。



 呆然と立ったままのゼロを、キャプテンは心配そうに覗き込んだ。
 彼は大きな眼を見開いたまま、廊下の暗闇を凝視している。

「魔法の仕組み……か。確かに、禁断の闇魔法と古代魔術を解析し、行使していたあいつならきっと、使えない者にもうまく説明できただろうな」

 そういいながら、微かに自嘲が浮かぶ。
 キャプテンはもう何も言わなかった。

「……マドナッグは、またいつかガーベラのようになってしまうだろうか?」

 ぼんやりとした言葉に、ゼロは振り返る。
 声の割には、彼はしっかりとした視線を返してきた。
 キャプテンが憶測で物を言うのは珍しい。けれどそれは、数ある未来のうちの一つの可能性だ。
 実例が存在する、知ってしまった一つの未来の姿。

 ゼロは少しだけ笑った。
 らしくない、と言って、自分よりも背の高いキャプテンの肩を軽く叩く。

「それでも、君は彼を受け入れられるのだろう?」

 確信を持って謳えば、キャプテンは大きく頷いた。

「勿論だ。もう、二度とあの手は離さない」





-END-




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放送終了一周年記念企画にて、リクエスト頂きました。
キャプ+ゼロ+マド。うちでは珍しい白マドでした。口調が微妙;;
新しく造られたマドナッグも、まるでバグのようにガーベラの記憶の欠片を持っていたら……みたいな妄想で。
未来と過去は何処かしら繋がっていると思いたいです。
……この三人の話のはずなのに、でっちゃんの影が凄くあるのは愛ゆえなのでしょうか(汗)

(2006/01/15)

記念企画のお持ち帰りは終了させていただきました。ありがとうございました。(03/10)

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