= = We met and separated = =
いつだって不快だったあの感覚は、もう感じられない。
目の前で呆然と立ち竦む彼を見やり、少しだけ哂う。
有機物に彩られて、人間の言う所の美しい国。そこに仕える騎士である彼は、純粋な場所の中で必死に身を縮こませる闇のようだった。
華やかな他の者とは明らかに違う、沈んだ色彩を纏う彼。
それは、黒く変わってしまった自分が同情を寄せてしまうほど哀れな姿に見えた。
目的のためとはいえ、それでも彼の抱える闇を掬い上げたいと思ったのは何故だろうか。
裏切る覚悟があるかと問えば、彼は嘲笑う。付いて来るかと問えば、呆気なく応と答えられた。
誰かが側にいるだけで感じていた、あの猛烈な嫌悪感。
それは、伸ばした手を掴まれた時にも感じられず、いつの間にか治まっていた。
『歓迎しよう、ディード。いや――デスサイズ』
+ + + + + + + + +
初めまして、なんて可笑しいけれど。
とりあえず、こちらを向いた馴染みのない顔に向かって軽く礼の形をとってみる。
相手は辺りを注意深く見回していたが、突然現れた黒い影のような者に頭を下げられ驚きの表情を浮かべた。
それがからかいがいのある類のものだと気付き、相手には見えない程度に口の端をつり上げた。
彼が瞠目したのはその一瞬のことで、すぐに真っ直ぐとこちらを見据える。
器を感じさせるその空気は、畏敬と畏怖を同時に与える。
きっと、彼の周りには仲間が集うだろう。
これからも裏切り続ける自分とは違って。
仲間でもない相手に、初めまして、なんて本当に可笑しいけれど。
私は少しだけ、ほんの少しだけ嬉しくなって笑った。
まだたった一人になるわけじゃないのだから。
『お初にお目にかかります、騎馬王丸殿』
+ + + + + + + + +
似ているはずがないのに。
その機械人形と隣で哂う黒い影を自分はまじまじと見つめてしまった。
これが、これから腹の探り合いをする相手。利用しようとし、また自分も利用される、殺伐とした関係を築く者。
力を借りることは祖国を裏切ることと繋がる。
それを平然と、目の前の影はやってのけてきた。自分のように戦乱に生まれたわけでもないのに主君を、国そのものを崩壊させた罪深き騎士。
礼をされて名を呼ばれたその声は、けれども優しげな響きを持ち合わせていた。
悪魔に魂を売れと唆す赤い人形は、じっと自分を見ている。
世界を支配するという言葉の裏には、どす黒い憎悪の念が見え隠れしているのは気のせいだろうか。
それと同時に、どこか危うい気配が纏わりついているのは何故なのだろう。
二人は誰かを裏切った。二人は何かを捨て去り、何かに怒り、何かに絶望した。
彼らの周りには見も知らぬ、誰かがいたはずなのに。
それを、全て捨て去るほど成さねばならない何かがあるのか。
自分と、同じように。
似ているなんて思うことすら馬鹿げている。
けれど赤いのも、黒いのも、自分の存在意義がそこにしかないとばかりに必死だから。
捻じ曲げているように見せて、本当は真っ直ぐな似ている二人。
異界の力を借りてまで、野望を成そうと進む自分。
似ているなんて思いたくないけれど、きっと少しだけ自分は彼らを、彼らは自分を理解してくれるだろう。
だから、今はここにいよう。
時が来るまでは。
『おもしろい。世話になるぞ、ガーベラ、デスサイズ』
――それは、遠い日の記憶。
――そして、出会いの記憶。
「まぁ雪が……ゼロ、窓を開けなさい」
「姫、風邪をひかれますよ?」
「これくらい大丈夫です。早くしなさい」
異国のテーブルに肘をつき、彼はぼんやりと騎士と姫の会話を聞いていた。
高圧的で有無を言わせない、彼女の言動。
困ったように笑ったり、慌てたような敬語を使う、騎士の声。
そんな二人と一緒にいると、不意に思い出してしまう。名を出すことも憚れるような、あの二人を。
ガーベラもしょっちゅう自分を見下したような物言いをして、最初の頃はとても苛々した。
その隣で忍び笑いを漏らしながら外向きは物腰柔らかく見える言葉で、デスサイズは場をうまくまとめていた。
窓の向こうの雪は、彼らと出会ったあの年と何ら変わりの無い様子で静かに降り積もる。
なのに、ここにはもうどちらもいない。
自分だけが生き残っている。
赤い彼を他人行儀でプロフェッサーと呼び、行動に不信感を抱き始めたのはいつだったか。
黒い彼の存在を毛嫌いし、あまり一緒の空間にいようとしなかったのはいつだったか。
最初から引いた一線を越えられず、傍観していた自分は何か変わっただろうか。
「綺麗ですよ、騎馬王丸。天宮でも雪は降るのでしょう?」
「たまの事だが、ラクロアにも負けない見事なものだぞ」
寒空を眺める少女が手招く。
そっと立ち上がり、二人の佇む窓辺に立つ。
あの日に三人で見上げた夜空に浮かぶ白い幻想。
それだけはいつまでも変わらない。
止められなかったという悔恨はない。自分の役目は、彼らの生き様をひっそりと心に刻むだけだから。
彼らという存在がいたことを決して忘れない。
最初からそれだけだと、決めていたのだから。
『こんな辺境でも雪が降るのですねぇ』
『寒波が上空に吹き込んでいる。ある意味異常気象だがな』
『貴様等は風流というものを感じないのか』
それでも雪を見る度に思い出すのは、三人で笑ったあの時のことばかり。
あの日、あの場所、あの瞬間。
確かに自分達は――。
-END-
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出会いと雪と。そんな感じです。
ガーベラ視点→デスサイズ視点→騎馬王丸視点で、出会った順番に書いてみました。
ラストは現在の騎馬様。相変わらず、何となく仲良しな三幹部で。
(2005/12/03)
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