「どうして私達はこのような姿に生まれたのですか?」
何色にも染まっていない無垢な瞳に、ゼロは戦慄を覚えた。
薄 水 色 の 隔 壁
ラクロア王国で――否、この世界の中で――たった一人の騎士ガンダムとなってしまった男がいたという事実は一向に世間から消えはしない。
予言の救世主。かつての親衛隊の生き残りである翼の騎士。
精霊の樹から新たな命が形作られていくことに人々は安堵しながら、彼が国を見守っていることに何よりも感謝の念を示した。
そうして生きる伝説となりつつある騎士は、昔と何ら姿を変えずに女王となった少女の傍に立ち続けている。
そんな彼の忙しい毎日は、次世代を担うであろう生まれたての騎士達の統率が主なものだった。
何しろ、一時期は国に彼以外は人間しかいなかったのである。
復活した精霊の樹からは精霊の卵が幾つも生まれたものの、その中の大部分は精霊となるものだ。それは今も昔も変わらない。
けれどあれほどの大虐殺の後だ。
元の形を取り戻そうとしているのか、彼の元に託された騎士は七人と多い方だった。
「ゼロさん、ゼロさん」
ぼんやりと当時のことを思い返していたゼロは、肩を揺さぶられてはっと顔を上げた。
王宮内の書庫。窓から差し込む光は、まだ淡い朝日だ。
ゼロは眩しげにそれを見上げ、それから自分を呼んでいた者の方へと振り向いた。
「お疲れですか? 休まれた方がよろしいのでは……」
「大丈夫だ、ロック」
心配そうに覗き込んでくる騎士に苦笑し、ゼロは椅子を引いた。
周りを見回してみれば、ロックの上擦った声が聞こえたらしい他の者達もじっとゼロの方を見ている。
「ほら、お前達。そんなことよりもさっさと魔法の基礎を復習しておけ。特にナタク、トールギス。この間のアレは流石にまずいぞ」
「くっそ、あの軟弱騎士め! 今に見ていろよ!」
「聞こえているぞ」
指を鳴らして薔薇を頭に挿してやると、二人は恨みがましく睨み付けてくる。好戦的なその様子が微笑ましく、ゼロはひらひらと手を振って笑った。
それを本棚を挟んだ逆側で、双子がはらはらとしている。
ロックは苦笑いを浮かべてそれを眺めている。隣に座っているバトールは呆れた様子で頬をついていた。
ゼロは目を細めながら彼らを見守る。
憎み合ったり、擦れ違ったり、守れなかったり。様々な理由で共にいることは叶わなかった同胞達を思い出し、彼らと温かい時間が過ごせれたのならばこんな感じだったのではないだろうかと考える。
まるで生まれ変わりのように、精霊の樹が自分に贈った七人の騎士。
安易で単純な自分は思うがままに彼らに、死んでしまった者達の名前を送ったのは、良かったのか悪かったのか今では判断が付かない。
それでも、それぞれの名前を貰った彼らは、それぞれに良く似ていて。
酷く懐かしく感じるのだ。
混同しているわけではないが、時々、どうしようもなく泣きたくなる。
「ゼロ様」
不意に聞こえた声に、ゼロはゆっくりとした動作で視線を転じさせる。
笑い合っている仲間達と僅かに距離を離したところにある机。歳若い騎士は、一人でその広い机に座っていた。
木製の机の上に広げられているのは、十数冊の書物。どれも魔法や精霊に関することばかり。
優等生の模範のような彼に苦笑しながら、ゼロは相槌を返した。
見習い騎士である彼らとはまだ上下関係にあるが、いずれ同等の仲間になるのだから、とゼロは自分を尊称で呼ばれることを拒んだ。
ロック辺りは癖なのか、さん付けで未だに呼ぶが、彼だけは堅苦しい呼び名のままだった。
生真面目というか、融通が利かないというか。
それはやはり誰かを思い出させる起因の一つだった。
「ナタクは先天的に魔法とあまり相性がよくありません。ですが武術は素晴らしいものです。トールギスは気難しいですから普通の魔法ですと波長が合い難いようです」
「ああ、分かっている。だがあいつ等はまず基本を学んでおいた方がいいからな」
察しの良い彼に感心しながら、ゼロは話題の二人をちらりと見やる。
どうやら自尊心を擽られたようで、ナタクもトールギスも競うように本を読み漁っている。
どちらも実力もやる気もあるのだが、自意識過剰になりやすい気質だ。
身になりにくい魔法を覚えるより長所を伸ばした方が合理的と考えているのだろう。
しかし、何も知らないままよりも知っておく方が良いことは多々ある。
ゼロはまだまだこれから伸びていくであろう彼らに微笑み、再び目の前の彼に向き直った。
「その点、魔法に関してお前は皆と少し事情が違うな」
「貴方に比べればまだまだです」
ゼロは彼の読んでいる古めかしい書物を見下ろす。
古代文字の羅列はいつ見ても頭痛がする。
今では多少ましになったが、ラクロアを解放するために戦っていたあの頃の自分では最初の一文で詰まってしまうだろう。
けれど、彼はそれを読み始めている。全てを解読するのも時間の問題だろう。
才能が開けていくのは素晴らしいことだとゼロは思っている。
けれど、彼の魔法に対する理解度が早熟過ぎる事は前々から懸念していた。
未熟な精神のまま、その真理に到達することは破滅を呼びかねない。
高位の精霊と契約するのには並大抵の心では挑めないことと同じように、高度な魔法を正しく理解するには相応の力と意思がなければならない。
正しい道へと導くのはゼロの役目だったが、それでも不安は抑えきれない。
ゼロはそれが何故なのか、自身でよく分かっていた。
「ディード、急ぐなよ?」
「分かっています、ゼロ様」
笑う彼。細められる海の色をした瞳。
黒い姿。丁寧に紡がれていく言葉の一つ一つ。
生きていたのに救えなかった親友と彼が、重なって見えるからだ。
『どうして私達はこのような姿に生まれたのですか?』
初めて聞かれた素朴な疑問。
何色にも染まっていないだろう彼が言った言葉に、ゼロは戦慄を覚えた。
同じような姿の、同じ名前を上げた彼は再び道を外すかもしれない。
そんな漠然とした不安を、感じた。
まるで薄い氷の壁ごしに、亡くなった彼を見ているよう。
無邪気に学ぶ今の彼を、ゼロは哀しげに眺めた。
-END-
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精霊の樹のシステムが今でも良く分かりませんが……。
前に日記でちょっと書いた、生まれ変わりの騎士達を育てるゼロの図。
何かもうディードが半分デスサイズ(苦笑)
(2006/05/06)
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