花火と提灯。



 夕暮れの土手では、蝉と蛙の鳴き声が重なり合って聞こえていた。
 二人分の下駄の音がカラコロと音を立て、その道をゆっくりと下っていく。

 右手には橙に染まる西の空。正面に見えるのは、広い海辺。
 このなだらかな畑の丘を下りていけば、煌く砂浜に辿り着く。普段ならばあまり見ない景色だがすぐに慣れた。
 避暑と称してやってきた久々の休暇。たったの三日という短い期間だったが、元気丸は十分満足だった。
 仕事ではなく、皆と共に思い出を刻めることの方が重要だった。

 そうやって色々と思い返しているうちに、自然と笑みが零れた。

「元騎丸?」

 訝しげに呼ばれた声に振り返り、元気丸は崩した顔を素直に向けた。
 常に一歩半後ろを歩いている虚武羅丸が少しだけ目を見開く。そして、苦笑交じりに小さく笑い返した。
 まんざらでもない従者の様子に、嬉しくなった元気丸は引っ張っていた手をさらに強く握った。

 甘いなと思いつつも、付き合うことに悪い気がしないと虚武羅丸は小さな主の頭を見下ろした。
 「二人で行きたい」なんて素直に言うわけないけれど、長い付き合いの中で言葉の裏に隠された本音なんてすぐに分かるようになった。

 この休暇は、ずっと皆と一緒だったから。
 最後の夜くらい内緒の思い出を作ろうか。

 海岸線まであと少し。




 別荘の庭先に置かれていた、古ぼけた桶。それから部屋にあった使いかけの蝋燭。それから昨夜の祭で買った花火。
 机の上に一応言付けを書き記し、元気丸はこっそり部屋を出た。

 明日はもう帰るから、皆は自分の部屋でのんびりしている。談笑の聞こえる障子に目をやり、そろそろと廊下を歩く。
 本当なら皆を連れそって行っても良かったのだが、花火の数も少ない。すぐそこの海岸までならば、気付かれる前に帰ってこれるだろうと思っていた。

 玄関に回り下駄を履いている最中に、頭上から声をかけられた。そろりと元気丸が見上げれば、お目付け役の忍が呆れたような視線を投げかけている。
 予想の範疇だったためか、元気丸はにんまりと笑った。今まで全部見ていた虚武羅丸は、止めても無駄だと溜息を吐き出した。
 代わりに差し出したのは、提灯。
 今から行けば、帰りは暗い道を行くことになることを見越してのことだろう。
 田舎の避暑地に人家は殆ど見当たらない。今日は曇っているから、月明かりも期待できそうもない。

 準備の良い従者に苦笑して、元気丸は誘いの言葉をかけた。
 彼にだけは気付かれることを知っていたからこその台詞に、やはり虚武羅丸は苦笑を返すばかりだった。




 やがて海は近づき、波の音が静かに響いた。

「はー! すっげぇな!」

 思わず感嘆の声を上げた元気丸の目の前には、藍と橙の交じり合う不思議な空が広がっていた。
 太陽自体は見えないものの、その眩しい陽光が雲間から差し込んで波打ち際を明るくしていた。
 薄雲は夕焼けに浸り、闇と溶け込み始めた東側の雲と絡み合っている。

 桶に海水を少しばかり汲んで、ついでに素足でばしゃばしゃと駆け回る。
 微笑ましげに虚武羅丸はそれを眺め、消えていく自然の色彩を見上げた。
 きっと、もうすぐ残暑だろう。
 彼は蛇目を眩しげに細め、空と海の境界線で笑う子供を見守った。


 蝋燭に火をつければ、仄かに辺りが照らされた。
 まださほど暗くは無いが、夢中になればすぐに夜になるだろう。

「ほら、お前も持てよ」

 浜辺に打ち上げられた流木に腰掛けて、ぼんやりとしている虚武羅丸の手に火のついた花火を持たせ、元気丸もそこに座った。
 火薬の香りが立ち込め、勢いよく穂先が輝く。
 パチパチと光る花火を物珍しげに見ていると、元気丸が満足気に笑った。

「打ち上げ花火もいいけれど、こっちも結構いいもんだろ? おいら達の花火、って感じでさ」
「……ああ、そうだな」

 静かに弾ける火の粉を眺めて、取りとめのない会話をする。そうやって過ごすうちに、花火はあっという間に無くなって。

 提灯が照らす夜道を、のんびり上っていった。



 勿論、外出はばれていて。
 騎馬王衆の四人に羨ましがられるのは、またいつものこと。




-END-




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残暑見舞い用に書いたけれどボツった主従でED後天宮。
話自体は別に特別なことをしていませんが、空気のような二人の関係が好きです。
夏の終わりの花火って、結構印象強いものだと思うのです。
(2005/08/14)


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