++ 花火と二人 ++



「元騎丸?」

 夕食後の穏やかな時間。
 屋敷の中を当ても無く歩いていた騎馬王丸は、台所の裏口からこっそり外に出ようとしている息子の背中を見た。
 呼びかけられた声に小さな背は跳ね上がり、苦笑いを堪えたような表情で元気丸は振り向いた。

 何か外に用事でも出来たのだろうかと、訝しげに騎馬王丸は首を捻る。
 あれが食べたいのだの、これが必要なのだと、元気丸はしょうもない我儘を言い出すことは稀ではない。
 甲斐甲斐しく所望の品を持ってくるのは、虚武羅丸だったり騎馬王衆だったりとまちまちだ。しかし、自分から向かうことは滅多にない。

 それとも彼が行かなければならないことなのだろうかと思い、騎馬王丸はついっと天井を見上げる。
 梁の上に座っている虚武羅丸と目が合うが、特に何も言わない。
 ならば自分が考えたようなことではないのだろうと分かる。

 ふと、騎馬王丸は虚武羅丸の視線に気付いた。
 瞳がかち合うと、彼は元気丸の方を顎で指した。

 思わず反射的に、騎馬王丸は元気丸の方に向き直った。
 子供の手には桶と何かの包みがある。
 気まずそうに目を逸らしているものの、口を開閉して何かしら言いたげだ。

「……あ、の」

 大きな眉を困ったように寄せて、元気丸は騎馬王丸を見上げる。
 迷っているようで、時折虚武羅丸の方を見やる。
 忍はただ頷くばかりで、一切言葉を紡がなかった。

「これ、い、一緒に……やらねぇ?」

 そんな従者の反応に意を決したのか、元気丸はぐいっと片手に持っていた物を騎馬王丸に押し出す。
 あまり見慣れないそれに一瞬瞠目した騎馬王丸だったが、すぐに理解できた。

 それは先日近所で行われた夏祭りで購入したと言っていた、線香花火だった。

 騎馬王丸は都合が付かず、元気丸はいつもの四人組と一人と出かけていた。
 虚武羅丸に買ってもらったのだと、帰ってきた時に行っていたことを思い出す。皆でやろうと、目の前の子供は笑っていた。

「……いいのか? 皆とやると言ってただろう」
「半分だけ。だって、一緒に祭行けなかったから」

 少しだけ視線を落とし、元気丸は小さな笑みを浮かべる。
 虚武羅丸達と行った事が不満なわけではない。十分楽しかったし、色々な物を買ってもらえた。
 けれど。

「少し、寂しかったから」

 ぽつりと漏れた言葉に騎馬王丸は目を開かせ、それからそっと伏せた。

 今までを取り戻すように父親として接したとしても、元気丸が味わった孤独な時間は消せやしない。
 元気丸は祭で手を繋いだり肩車をしている親子連れを見て、幾度切ない気持ちになっただろう。何度市井の子を羨んだのだろう。

 騎馬王丸はなまじ元気丸の気持ちが分かるからこそ、行けなくなったと告げた時の息子の表情が辛かった。
 あんなに楽しみにしていたのに。
 元気丸は泣き言も文句も言わず、少しだけ残念そうに微笑んだだけだった。

「そんな顔すんなよ。だから、今年は二人で花火! 皆ともやるけど、おいらはあんたとしたいんだ」

 悔いたような騎馬王丸に、慌てて元気丸は言った。
 そこにはもう寂しげな色はなく、今から行うことに対しての期待が見える。
 元気丸は終わったことをいつまでも後悔しないのだろう。前を向いて、いつだって未来を見据えるような気がする。
 今年が駄目なら来年があるから。祭が駄目なら花火があるから。だから気に病むなと、逆に自分が慰められているようで騎馬王丸も苦笑した。


 二人は連れ立って裏庭に出て、燈籠代わりの提灯から火を取って花火をした。
 すっかり傾いた西日のおかげで辺りは薄暗く、丁度良いくらいだった。
 晩夏らしく、ひぐらしが涼しげな泣き声を上げている。温い風が吹きぬけていったが、嫌なものではない。

 ぱちりぱちりと弾ける火花を覗き込みながら、二人は他愛のない話をした。
 笑いながら、大きくなっていく線香花火の先端を見比べて。

 夕闇が深くなるなか、小さな火花は鮮やかに煌いていた。



 そんな二人が、見守っていた集団――一人は護衛だったのだが、他の四人はどこからか嗅ぎつけてきたらしい――が裏の戸口から覗いていたことを知るのは、それから数分後のこと。




-END-




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残暑見舞い申し上げます。親子でED後天宮。
普段から親子っぽくない親子だけど、心中では色々と思っていたり。
騎馬様って元の父だけど、敗将だから一応家臣でもあるわけだし…。
(2005/08/14)

この小説は残暑見舞いで配布していました。
お持ち帰りありがとうございました!
(2005/09/05)


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