** Before Dinner **




 将棋盤を部屋に戻そうと、騎馬王丸は腰を上げた。
 それに気付いた騎馬王衆は一斉に茶をぐいと飲み干し、八つの腕を差し出してきた。

「――いや、部屋に帰るついでだ。構うな」

 精練した全く同じ動きに、騎馬王丸が少しだけ退いた。なにやら妙な威圧感を感じた。
 四人は、隣り合う者をじろりと睨みながら何故か笑う。

「爆覇丸は昔よくやっていただろう? ではこれからは俺が」
「いや待て。ここはやはりわしが」
「断固反対」

 黒い微笑みを浮かべながら、四人は淡々とせめぎ合いを開始する。
 どうやら随分と世話好きになってしまったようだ、と騎馬王丸は呆れ果てた。
 騎馬王衆が小さな諍いをしている間に、さっさと部屋への道を行こうとする。そうしてはたりと気付いた。

 玄関口から真っ直ぐ伸びる大廊下には、二挺天符の台時計が据えてある。
 天宮では、時計など市井の者は殆ど持っていない。しかしさすがは武里天丸が用意した屋敷。初めからそこに用意されていた。

 ――その時計が、申の刻の半ばを指し示していた。


「……そろそろ夕食の支度時間だな」

 ぼそりと控えめに。一部には聞こえるように。
 騎馬王丸はそう呟いた。

「献立は!」
「若は今朝、秋刀魚が食べたいと仰っていたぞ!」
「じゃあ俺が米炊くぞ!」
「お前が炊くと焦げるだろうが!」

 四人の猛者達が揃って台所へ駆け込んでいった。
 廊下に取り残された騎馬王丸は慣れたもので、立ち去った喧騒に苦笑混じりの息をついただけだった。





 出迎えに向かった元気丸は、玄関に腰を掛けている背中を見つけて思わず破顔した。

「おかえり!」
「……ああ」

 振り返った虚武羅丸は、言われ慣れていないせいか微かに瞠目し、それから返事を返す。
 「おかえりと言われたらただいまと答えるんだぞ」と何度も元気丸に念を押されてはいるのだが、ついて出てくるのはいつも通りの無愛想な相槌。
 すでに半分諦めかけている元気丸は、わざとらしい溜息を一つ。

 旅荷物を玄関先に一度下ろした虚武羅丸は、懐から一切れの手紙を取り出した。
 どうやら使い先からの返事のようだ。
 これを元に補佐の騎馬王衆や騎馬王丸から意見を仰ぎ、後見人である武里天丸に了承を得て、元気丸は決定を下さなければならない。

 忙しくなるな、と元気丸は顔を顰めた。
 祖国のために身を粉にしてまでも尽くしたい。それは本心である。
 いくら天宮がほぼ安定期に入ったとはいえ、各地で時折起こる内紛は絶えず、復興援助の声も山のように積み重なっている。

(もう少しだけ、この生活が長引けばいいだなんて、本当は思っちゃいけないんだろうな……)

 沈む考えを振り切るように頭を振った元気丸は、腰を下ろした虚武羅丸の体をじっと見つめた。
 虚武羅丸が帰ってくると、必ず元気丸はその行動をとる。

「戦場にいったわけでもない。怪我などしてないぞ」

 呆れたような虚武羅丸の口調にむっとする。
 手紙を受け取り、一歩下がった元気丸が眉をつり上げた。

「お前は案外抜けてるから心配してやってるんだ」

 毎回毎回飽きもせずに怪我の確認をしてくる主に、虚武羅丸は反論する気も削がれた。


 帰ってくるたびに出迎えられる。
 満面の笑顔だったり、不貞腐れたような表情だったり。
 いくら不機嫌な時であっても元気丸は必ず虚武羅丸が無茶していないか確認してくる。
 大丈夫だと言っても、心配だからと返され、結局何も言えなくなってしまう。

 昔なら素直に口に出すなんてありえなかったと虚武羅丸は記憶している。

(騎馬王丸様がいてくださるからだろうか)

 次元を超えた出会いをきっかけに、孤独な子供のささくれ立った心が氷解していった。
 それから始まった旅。そして再会を約束した父親の存在。
 家族と呼べる存在を手にしたことで、元気丸は押し殺していたものを随分と発散できたことだろう。
 強気な主君が弱音を吐けるのは、騎馬王丸が肉親だからこそだと虚武羅丸は思う。

「何、変な顔してやがんだよ。さっさと中に入れ」

 怪訝な顔で覗き込む元気丸。
 いまだ小さな頭に手を置くと、虚武羅丸は少しだけ寂しそうに微笑んだ。 


 二人は連れ添ったまま、一度騎馬王丸の部屋を訪ねた。
 縁側に出したはずの将棋盤の前に父が座っており、元気丸はそういえばとばつが悪そうに曖昧に笑う。

「そういえばあいつらどうした? 何かうやむやのまま、授業終えちゃったし」

 頭を掻きながらそわそわし出す主君に、虚武羅丸が微かに首を傾げる。
 留守中に逃げ回っていたと知られるのが嫌なのか――理由が少しかっこ悪いと思っている――元気丸は、騎馬王丸にそれとなく目配せする。
 本当によく気遣う、と騎馬王丸は心の中で笑う。

「台所だ。料理なぞ、俺の陣にいた頃は一度もしなかったぞ」
「へ? でもここのところ毎日台所に立つじゃねぇか。武将だったからか?」

 目を細めて昔を懐かしむ父を、仰ぎ見るように元気丸が怪訝な顔をした。
 するといつもの調子で頭に手が置かれる。
 虚武羅丸もそうなのだが、屋敷内の者は元気丸の頭をよく撫でる。子供扱いされているようで癪に障るが、感じる温かみが何だかくすぐったくてしょうがない。だから嫌ではなかった。

「だからこそだ。戦にばかり身を置くと、それが終わったときに自分の居所に困る。分かるな?」

 こっくりと頷いた息子を確認し、騎馬王丸は続ける。

「奴らもそういう人種だ。今はお前に学を教え、共に平定の旗を掲げていても、いつかそれも終わってしまう」
「……うん」

 先程考えていたことを思い出し、元気丸は僅かに俯いた。
 いつか自分も大きくなる。天宮ももっと平和になる。けれどその分、時間も流れていく。いつまでも同じ場所にはいられない。
 不安げに握り締めてくる小さな手を、従者が握り返した。
 はっとして見上げれば、優しい眼差しがそこにはある。それだけで強張る背中から力が抜けた。

「けれど元騎丸。お前はそれ以上のことを奴らに気付かせてくれたのだぞ」
「おいらが?」
「若が美味しいと言ってくれたから嬉しいのだと、笑っておった」

 元気丸はぽかんとした。話の繋がりがよく読めなかった。
 しかし、それも一瞬のことだった。
 自分でも訳の分からぬうちに、頬にじわじわと熱が集まってくる。元気丸は慌てて両手で顔を覆った。

 刀を持たずとも、人は誰かのために生きられる。
 自分が与えてやれなかったものを、元気丸はただ変哲も無く与えてみせたのだと、騎馬王丸はそう言っているのだ。

 火照る顔を手で冷やしながら、元気丸は気付く。
 悩んでいたことは、とても簡単なことだったのだ。

「そうか……そうだよな」
「元騎丸?」

 呟く声に反応して、虚武羅丸が心配そうに覗き込んできた。
 それに対してにっと笑みを返し、元気丸は障子を開け放った。

「良い匂いがしてきたな。きっとそろそろ探しに来るぜ!」

 二人分の大人の腕を引っ張り出し、元気丸は廊下を駆け出した。



 今の生活は気に入っている。
 けれど、ここはまだ通過点の一つでしかない。

 戦乱の世の中を生き抜き、ただ一心に天宮の平和のためと刀を振るい続けた大人たち。
 自分は彼らに守られてばかりいるけれど、これからは違う。
 争わなくても傷付かなくても良い世界があることを、教えてやりたい。
 平和になったこの国での生活を彼らに味あわせることが、自分の使命なのだ。

 そうして本当に全部が終わったときこそ、また皆で笑い合おう。


「道を創るって約束したもんな!」

 小声で言ってみれば、隣の従者がくすりと笑って同意してくれた。







-END-




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20000HITリクで頂きました、ED後天宮の続き…。
本当に続きにしてしまったのですが、よろしかったでしょうかね;;
ED後天宮ではまだ語られていなかった(?)虚武ちゃんの心情と元騎の不安。
そんな感じが書きたかったです。騎馬様に喋らせるの本当に好きだね、自分…;
どうやら騎馬家の家事は騎馬王衆らしいです(笑)

20000HITリクエスト、ありがとうございました。
これからも仲良し天宮組を書きたい次第です。
(2005/02/05)


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