Cold cutlery


 冷たい切っ先を触れさせ、二人は対峙したまま動かなかった。
 互いに喉元に獲物を突きつけ合ったまま、睨み合いは続いていく。

 滅び行く王国を尻目に、そこは二人だけの世界だった。

「おお怖い! 視線で殺せるというのはお前の目のことをいうのかもな」

 大剣を持つ白い騎士は楽しげに笑い、剣の柄を握り直す。
 微弱な振動が刃にも伝わり、向けている相手の首筋を僅かに傷つけた。
 しかし、彼は動じた様子も無くじっと騎士を見つめている。冷ややかな青い瞳は、殺気でぎらついていた。

「……貴様、またしてもラクロアを」
「そうとも。俺は何度でも滅ぼしてやる。この腐った国などなぁ!」

 起伏の無い声音は固い。
 愉悦を含ませた笑みを浮かべたトールギスは、空いていた片手を大きく広げて見せた。

 辺りから響いてくる銃器の鈍い音、人の悲鳴、戦う機械達の軋み。
 全てがトールギスにとって愉快な葬送曲に聞こえた。


 ――憎き母国に何と相応しいことか!


 喉の奥から込み上げてくる笑い声を耐え切れず、トールギスは目を細めた。

「愚かな男だ。……だが、成す術もない我々が甘かったのかもしれないな」

 おや、とトールギスは瞠目した。
 目の前にいるのは氷刃の騎士ディード。ラクロアが誇る親衛隊の一人だ。国を称える事はあれども、貶すような事を口にすることは見たことがなかった。

 そんな相手の困惑を尻目に、ディードは己の武器である死の鎌を両手で握りこんだ。
 トールギスは慌てて自分の剣を前に押し出すものの、ディードは全く怯まない。

「首を落とすか、トールギス? 私の相手をしている間にパンドラの箱の希望は旅立つぞ?」
「何っ!」

 窮地に立たされたのは自分だというのに、ディードは不敵に笑ってみせた。
 トールギスは彼の言葉によって気付かされた。
 城内に攻め上った際、ラクロア王と城内の人間が石化する様子は見ていた。しかし厄介な相手でもある、賢者達と王女、そしてそれを守護するディード以外の親衛隊の姿がない。
 ディードと相対し、頭に血が上っていたらしい。
 トールギスは自分の配下である双子の騎士が今はないことを悔やみながら、視線をざっと巡らせた。

 その隙を逃がさず、ディードは鎌を一気に振り上げた。

「くっ! 相変わらず容赦の無い奴だな!」
「……」

 間一髪で避けたトールギスは剣を構え直した。
 ディードは特に興味の無さそうな視線を投げ、不意に踵を返した。
 呆気に取られたトールギスは、割れた窓辺に近づいたディードの挙動を黙って見つめた。

「滅ぼすならば滅ぼすがいい。半端者には暗闇の世界がおあつらえ向きだ」

 顔だけをトールギスに向けたディードは、淡々と言葉を紡いだ。



 そして、身を投げた。



「!!」

 慌ててトールギスは窓辺に取り付いた。
 眼下にはいまだ混乱が続く城下が見えたが、探すべき騎士の姿は何も見えない。
 敵前逃亡とは騎士らしくはないが、彼はそのまま隠し通路から出た王女達を追ったのだろうとトールギスには分かった。
 舌打ちをするものの、何故か決着を付けられなかった悔しさは感じなかった。

「……半端者、か」

 行き場をなくした大剣を下げ、トールギスは一人廊下に立ち竦む。
 喧騒はまだ止まない。
 だが、いずれダークアクシズの者達が引き上げた時には、この国はどれほどの闇と静寂に満ちているのだろうと想像する。
 それは自分が望んだ光景なのだけれど。

「トールギス様」

 己を呼ぶ声に、トールギスは顔を上げた。
 そこにいるのは誰よりもほの暗い存在であり、今の自分にとって誰よりも近い場所にいる者。

「デスサイズ、王女が何か企んでいる。居場所は分かるか」
「裏の崖の洞窟です。異世界へと翼の騎士を送ろうとしております」

 傅く影を一瞥し、トールギスは歩み出した。
 先程まで脳裏でちらついていた氷刃の騎士の言葉は、もう聞こえない。




 そんな彼を見送りながら、死の鎌の名を冠する死神は嘲笑っていた。





-END-




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騙し騙され、利用され利用し、何だか複雑。そんな二人。
ラクロア陥落時のあれこれが知りたい今日この頃。
(2006/05/11)



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