ラクロア騎士団にはとある掟が裏で存在する。



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 ゼロは懐かしき故国の城を、感嘆めいた息を深くついて見上げていた。
 これからは皆と共にこの国を守るのだと思うと、期待と充実感が満ちてくる。同時に微かな不安も。

「どうかしたのかゼロ」

 彼のそんな心情を察知したのか、ディードが静かに隣まで歩み寄ってきた。
 慌てて振り返れば、二つの青の瞳が交錯した。
 ディードの深海のように穏やかなそれに、ゼロは心底まで見透かされていくような不思議な感覚に陥る。けれど嫌なものはなく、逆に安堵感をもたらした。

「大丈夫だ。皆歓迎している。とりあえず屯所に行くか?」

 安心させるようにディードは小さく微笑んでくれた。
 それに頷き、ゼロは城内へ足を踏み入れた。

 親衛隊の面子とは戦闘の最中に慌しく名乗りを上げてそれっきりだった。以前会ったことのあるディードはともかく、他の三人とは殆ど面識がない。
 戦っているときはラクロアを守りたい一心で、心は重なった。
 しかし、日常的に共にいるとなれば弊害は出るだろう。王女直々に親衛隊の末席に任命されたというのに、彼等の顔に泥を塗る真似だけはしたくはない。

 ゼロは悶々としながら絨毯敷きの廊下を歩いていく。案内をしているディードは、それを横目で確かめながら歩調を合わせてくれた。
 こういう所がとても好ましいとゼロは思っていた。
 乱戦の中でもディードは的確な指示を出してくれたし、言わずとも背中を守ってくれた。常に回りに目を配り、素早く支援に回る。
 剣を振りながら、ディードのような誠実な者こそ騎士というのだろうと感心したものだ。

「ディードのような男が隊長であれば、皆安心するな」

 そうした先入観から、ゼロはディードが親衛隊のまとめ役だとばかり思っていた。
 ところが返ってきた言葉は違った。

「私は隊長ではないぞ?」

 見返してくる双眸を、ゼロは思わず凝視してしまう。何故か、ディードは憐れみを込めたような表情を浮かべていた。
 嘘、と叫びそうになったが、屯所の扉を開く方が僅かに早かった。

「ご苦労様です、ディード」




 促されるままに円卓を囲み、ゼロとディードはお茶会に傾れ込まされた。
 目の前に置かれたティーカップに注がれる紅茶に気を取られながら、ゼロは顔を上げた。

 正面に座って、にこにこと楽しそうに笑っている騎士がロック。
 育ちは良さそうで、物腰も柔らかく動作は丁寧だ。反乱の首謀者を封印する際の号令は、彼がかけていた。
 無言でケーキを食べ続けているのがバトール。
 無表情にも近いその横顔を眺めれば、涼しい顔で銃器をぶっ放していたことを思い出す。
 その逆側。ゼロを威嚇するような視線を送っているのがナタク。
 手にはフォークが握られてて怖くも何とも無いのだが、戦闘中に邪魔者扱いされたことをゼロはしっかり覚えている。

 その隣、ナタクの左、ゼロの右に座っているのがディードだ。
 二人を隣接させることが危険だと分かっていたのか定かではないが、絶妙なタイミングでその席に彼は座った。紅茶を黙って飲んではいるが、睨み合う二人に呆れているのは確かだ。
 さり気無い気配りというか。
 ディードはやはりこういうことに長けているような気がする。

「さて」

 正式な自己紹介を終えた後、ロックはポットを卓上に置いた。何かしら含んだような言い方に気付き、慌ててゼロはそちらを向いた。

「何か質問があるのではないでしょうか、ゼロ?」

 相変わらず微笑みを絶やさないロック。
 意図が読めず、ゼロは他の三人を見回した。

 さっきから睨んできていたナタクは、小動物のように身を竦ませて椅子をディードの方に寄せている。対するディードは苦笑いを浮かべたまま、ゼロとロックを交互に見比べている。
 黙々と食事を続けているのはバトールのみ。

「何か、質問があるのでしょう?」

 再び正面を向けば、さらに空気が冷えていくような感覚に陥る。
 ロックは笑っている。笑ってはいるのだが――明らかに外面だけだった。
 蛇に睨まれた蛙はこんな気持ちなのだろうかと、カチコチになった身体を持て余しながらゼロは思う。


 ――逃げられない。


 本能的が警告を発した。


「その、だな。ロックみたいな温和で協調性のある者が隊長だったら、とても嬉しいな。親衛隊といえばラクロア騎士団を率い、宮内の御仁をお守りする重要な役職。仲間と共にこの美しい国の平和を維持することは、この上ない名誉だと私は思う。私はこの国の生まれではあるが、長年旅に出ていたため、内政には疎い。教鞭をとってもらえたらとても助かるのだが」

 ゼロは思いつく限りのことを口に出した。
 ずらずらと長い台詞を言う間、生きた心地がしなかった。


 すると背中を這っていた冷たい気配が、ゆるゆると溶け出す。
 ロックの鋼鉄の微笑みは消え、身を竦ませていたナタクが大きく溜息を吐き出した。

「ふふ、よく言われるんですよ。ディードが隊長だって。まあバトールと三人で結構な古株ですからねぇ」

 テーブルの下で煌いているシュテルを発見してしまったゼロは、一瞬で血の気が退いた。
 答え方を間違えていれば、今囲んでいる円卓は真っ二つだったろう。
 ディードが何故あんな顔をしたのか、やっと合点がいった。
 隣を見れば、申し訳無さそうにディードが目を伏せていた。

「気にするなロック。ゼロはまだ何も知らない。ゼロもすまない。こいつは少々気位が高くてな。まぁ根は優しい奴だから、そのうち慣れるだろう」
「はい。よろしくお願いしますね、ゼロ?」
(気にしてる! めちゃくちゃ気にしてるぞ!)

 宥めの言葉を聞いた後も、笑顔の隙間から出てくる黒いオーラに始終ゼロは恐れ慄いていた。


 地雷発言は厳禁。
 彼は実地をもって学んだ。



 騎士団の心得、一つ。
 親衛隊長ロックを怒らせることなかれ。





 -END-




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ロック隊長最凶伝説。きっと彼は自分が隊長に思われていないことよりも、ディードが隊長に思われることが嫌なのだと思われます(何
詳しくは「Senior Member」を。ロックとバトールとディードは同期だと嬉しい。
こういうことされるからゼロとナタクはディードに懐いているのかと(笑)
(2005/04/07)


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