憂鬱な雨模様。
 煩いくらい窓を叩く。
 眠れない。

 明日も、外で遊べないのだろうか。



+ 藍 色 夏 空 +



 ナナは皆が出かけた後のダイニングで、一人きり留守番をしていた。
 本当なら彼女も外へと出たかったが、天気は生憎の雨。
 梅雨入りしたのだから仕方がないのだと教師である母は言っていたが、それでもナナはお天道様を恨めしく思っていた。

 元来、兄であるシュウトのように外で駆け回ることが大好きなナナにしては、ここ一週間も家の中にいることは耐え難かった。シュウトのように発明といった時間のかかる趣味を持っていれば別だろうが、ナナは最初の三日間でギターを弾くことに飽きてしまっていた。


「うーん……これくらい作れば大丈夫かな」

 テーブルに向かって一心不乱に作業していたナナが、不意に顔を上げた。
 そこには十数個のてるてる坊主が山となって積み重なっている。
 ナナはその首に紐を巻き、両手で抱えて席を降りた。

 自分の部屋の窓辺にやってきたナナは、てるてる坊主達をカーテンレールに引っ掛けた。
 次々に並ぶ白い顔が、窓の向こうを見ている。
 最後の一つをかけ終えて、台にしていた椅子から降りようとしたナナは、てるてる坊主達が見ている窓の向こうを見てみた。

 やはり、雨は降っている。

 溜息をつきながら視線を下ろそうとしたその時、彼女は慌てて顔を上げた。
 通行人が滅多にいないはずの表の道に、黒い影が三つ歩いていたのだ。


「どうして来たの? 風邪ひいちゃうよっ!」

 玄関から大きめの傘をもぎ取ったナナは、飛び出すように三人の元へと走り寄った。
 その様子に苦笑を浮かべたのはディードで、騎馬王丸は少々呆れたような視線をマドナッグへと送っている。当の本人は素知らぬ顔で、いつもどおり無頓着な表情をしていた。

「色々な理由があるが」
「とにかく中に入ってよ」

 長くなりそうな前置きを述べたマドナッグの腕を、ナナは有無を言わさず引っ張った。勿論傘に入れてやることも忘れずに。

「……私は風邪なぞひかないが」
「私達がひきますから。さっさと入って下さいな」

 ぽつりと呟いた言葉に、ディードが自分と騎馬王丸を指差しながらにっこりと微笑んだ。



 濡れ鼠の三人にバスタオルを用意し、見よう見まねで紅茶を淹れたナナは呆れた様子でリビングを見渡した。
 こんな天気の悪い日に、わざわざ地上へ降りて来た三人の意図が分からない。
 けれどそれぞれは何か不服なことがあったわけでもなさそうで、むしろ、いつもナナと共にいるときと何ら変わらぬ表情で穏やかに存在している。
 そのことにますます困惑しながら、ナナは紅茶をテーブルに並べた。

「ねぇ、本当にどうしたの?」

 困ったように眉を寄せるナナを見て、紅茶を飲めずに大人しく座っていたマドナッグがすっと立ち上がる。
 何だろう、と彼を見つめていたナナに、マドナッグは静かに手を差し伸べた。

「……く、ないかと」
「え?」

 低い声を僅かに篭らせて呟いたマドナッグを、ナナは見上げる。
 明瞭に喋る彼にしては珍しい言葉の切れ端が気になり、丸く開いた瞳を向ける。
 窓の方へとそっぽを向いたマドナッグが、怒ったような困ったような恥ずかしいような不思議な表情をしていた。


「寂しく、ないかと思って、来た」


 気遣いなんて柄じゃない、彼の声が。
 今度こそ聞こえた。


「恩着せがましく言ってはいるが、あいつの方が飛び出してきたんだぞ」

 小声で耳打ちする騎馬王丸の、くすぐったそうな微笑みに。

「何だかんだで付いて来てしまう私達も、随分と過保護になったものですよね」

 悪戯が成功したような子供っぽい笑みを浮かべる、ディードの囁きに。


 ナナは思わず、笑い声を上げてしまった。


「な、ナナ? や、やはりおかしいか?」
「違うの、違うの」

 焦ったようなマドナッグに首を振り、ナナは笑う。

 簡単なことだと思った。
 雨だから、なんて理由で憂鬱だった自分が笑えてしまう。
 こんな季節は嫌いだな、とずっと思っていた自分に。

「マドちゃん達、時間は平気?」
「街はすこぶる平和だからな」

 ナナはその答えに安心して、久方ぶりの満面の笑みを浮かべた。

「じゃあ、ちょっとだけ――お願い、いい?」






 外はもう晴れていた。
 きっともうすぐ雷が鳴り出し、梅雨の季節は終わるだろう。
 ようやく洗濯物がまともに乾くわ、と思いながら帰宅したけい子は、ナナがいるであろうリビングにやって来てぎょっとした。

 沢山窓辺につられているてるてる坊主。
 テーブルに散らばっている布切れの数々。
 どこから出してきたのか、糸や綿、巻尺といって裁縫道具。
 そして、ソファで横になっているナナ。

 また何か新しいことでも始めたのだろうか、と少しばかり頭を抱えそうになったけい子は、ナナの身体にかけられている毛布を眺めた。
 そして、その傍らにそっと置かれている小さな何かを見つけた。

「……一人で色々出来るようになったのねぇ」

 呆れていたけい子は何だか微笑ましくなってしまい、自分の子供の小さな成長を喜んだ。
 今度編み物でも教えてあげようと考え、彼女は娘を起こさぬようにそっとリビングから出て行った。
 誰かさん達が飲んでいった、紅茶のカップを片付けるために。


 幸せそうに眠るナナの枕元には、メモが一切れ残されていた。
 事務的な字と、流麗な字と、達筆な字がそれぞれ「不恰好」「美しくない」「鍛錬をつめ」とそこに書いていたが、一番下には小さく、温かな五文字の言葉が書かれていた。
 それは多分、本人の前では真っ直ぐには言い難い、素直じゃない三人の精一杯の気持ち。
 伝えなくてもきっと、伝わっている気持ち。


 あどけなく微笑むナナの腕の中には、大好きな三人の姿をした不器用なぬいぐるみ達が寄り添いあって抱かれていた。





 雨の日の留守番は本当は好きじゃない。だってどこにも行けないし、いつも一人。
 でも、それは違う。
 雨が降ったって、友達は傍にいる。何しているのかなって思い合う。


 そして晴れたら。――夏が来たら。

 会いたいって思った分だけ、一緒に笑い合えるんだろうね。







-END-




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文章書くのが久しぶりすぎて何だか訳の分からんものに…。散文チックですみません;;
久々に三幹部+ナナ。梅雨の時期ネタ。
人によっては良く分からない表現もあったと思うのですが、何となく感じてください…<またか
(2006/07/16)


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