お祭騒ぎは続いてく


 政宗はじっと蓮の葉が浮かぶ池を覗き込んでいた。
 濃紺に色彩豊かな水玉模様の衣を身に付けた精悍な顔付きの男が、何やら難しい顔をして水面に映りこんでいる。
 後の世で有名となる例のあれを着込み、戦の土汚れに塗れていた眼帯は改められ、この日のために作らせた期待のNew Faceをお迎えしている。
 兜の中で変な方向に曲がっていた髪型も、寝癖だと思われない程度に直してきた。
 過度の期待はしていないが、勝負褌もしっかりと締めてきた。

(さあいつでもきやがれ! いや、まて、ちょっとまだ心の準備が……いやいや一分一秒も無駄にはできないよな! 服装OK、髪型OK、眼帯OK……あと何だ、何か忘れて無いか!?)

 そわそわしながら、池を眺めて自分の佇まいを確認する姿は異様である。
 通りすがりの風来坊がその様子に勘付いて、余計なお世話ながら気を利かせて町人達が邪魔しないようにと話を広めていたおかげで通行人の姿はなかったのだが、当の政宗がそれに気付くはずも無い。

 さてそんな政宗(とついでに慶次)の動向を理解できる頭の持ち主ではない元就は、池の前で一人で百面相をしている政宗に若干退き気味だった。
 夢見るようにいやらしく笑ったかと思えば、いきなり落ち込んだりして、はっきり言えば気持ち悪い。
 このまま帰ってしまおうかとも思ったのだが、我儘主君に国を任されて苦労しているだろう右目の男に何だか悪いような気がする。
 それに元就とて、暇つぶしに来たわけではない。
 会いたい気持ちが政宗ほどではなくとも、あるからこそ出向いたのだ。

「おい、政宗。一人で何を遊んでおるか」
「うわあああああっっ!!?」

 池の中に面白いものでもあるのかと思い、話のきっかけにと声を掛けてみると心臓が飛び出しそうな声を上げて政宗がそのまま――。


 池に、落ちた。




 何という最悪な出だしなんだろうか。
 泥塗れの身体を川で清めながら、政宗は途方に暮れていた。
 岸辺ではのんびりと元就が待っている。視線が合うと元々目付きの悪い政宗に睨まれているように感じたのか、元就は曖昧に笑って目を逸らす。
 一応責任は感じているらしいが、自分の非を認める御仁では無い。
 大きな溜息を吐き出し、ようやく政宗は岸へと上がった。

「アンタさあ……俺が身嗜みに結構拘っているの、よーく知ってるよなぁ……」
「うっ、すまぬ。折角そなたが誘ってくれたのにな」

 珍しくしおらしい元就を見れただけでも、まあいいか、と政宗は彼にどうしても甘くなる自分に苦笑しながら、俯く元就の頬に口付けた。
 驚いて身を引いた元就の顔は真っ赤だ。
 それだけでも満足できる。

「ったく夏でよかったぜ。ほら、行こう」
「大丈夫なのか?」

 通りすがった――最初から見ていたりするのだが――慶次の知り合いの呉服屋から適当な着流しを借りた政宗は、自分の物を干しておく時間だって惜しい。
 都合が合ったのは今日一日だけだ。少しでも無駄にはできない。

「美味い茶屋を見つけておいた。遅くなったが気を取り直してDateだ、Date!」
「ん……」

 大げさにいう政宗に思わず元就の顔が綻んだ。
 岩の上から引っ張り起こし、連れ立って歩き出す。傍らに愛しい人がいるというこの時間が何よりも堪らなくて、政宗の頬は弛みっぱなしだった。



「で、何でお前らがここにいるんだ……?」
「長曾我部、真田。珍しい組み合わせよのう。そなたらも京にいたのか?」
「いやいや待て待て、元就さん。普通に話しかけるな」

 件の茶屋へとやって来た政宗は、隣の席に座って待ち構えていた見覚えのある男達に思わず身構えた。傍らの人は危機感をまるで持っていないのか、世間話をするように(実際そうなのだが)平然と声をかけてしまう。
 無視しようとしたものの、それは叶わない。
 元親と幸村はさも楽しげに恋人達の席を見やる。

「いやー、元就が珍しく京に行くって聞いちゃあ、心配でよぉ」
「某、政宗殿の魔手より元就殿をお守りにきたでござる!」

 茶屋にそぐわぬ大振りの武器が壁に立てかけられているのに気付き、知らずの内に政宗の背筋が寒くなったがとりあえず見て見ぬふりを決め込む。
 その間、元就の前には抹茶を練りこんだ饅頭やら餅やら、細工された菓子が山のように並んでいく。ちなみに政宗の前には今のところ白湯が一つ置かれているだけだった。

「っていうか短時間でどうやってここまで来やがったんだ」
「はっはっはっ! 碇槍に乗りゃあ瀬戸内の海もひとっ跳びよ!」
「くっ! Land surferのくせにアニメ効果で水陸両用になりやがってええ!」
「武器に乗るのは某が初代でござろう! 我が槍があらば日の本の何処へでも、元就殿の元へ馳せ参じる所存!」
「てめぇは実際のゲームじゃ乗れねぇくせに威張るなっ! というか既に空から召喚されるとか、実は人外なんだろ!?」
「懐かしいネタだな」
「あ、元就さんは食べてていいからな。こいつらはMobだ、Mob」
「うわっ失礼な奴だな! 全国のモブファンの皆さんに謝りやがれ!」
「え、そっち?」

 熱の上がる口論を横目にしながら、元就はとりあえず山を片付けていくことに集中した。
 政宗の舌は信用できる。この店の物も案の定、非常に美味であったので元就はご満悦である。
 隣の騒がしさも耳障りではない。政も戦も関係なく政宗と出かけているからだろうか、妙に寛容になれた。

 口喧嘩をしながらも元就が上機嫌であることを察し、政宗もまた嬉しかった。未練がましい二人ににまにまと優越感丸出しの笑顔を返し、呪い殺されそうな目で(特に幸村から容赦なく殺気が飛ばされてきている)見つめられても痛くも痒くも無い。
 元就は好きで自分といてくれているのだと分かっている。
 不安と疑心暗鬼の毎日を繰り返してきて、ようやくここまで辿り着けたのだ。簡単に誰かへとこの幸せを譲る気など無い。
 いや――絶対に、譲らない。

「ねえちゃん、黒蜜抹茶の白玉添えParfaitをくれ。あ、匙は一つな」
「時代時代!!」
「固いこというなって」

 ようやく頼んだ注文を前にし、政宗は匙ですくうとそれを元就の前へ差し出した。

「ほら、あーん」
「ああああ破廉恥でござるぅぅぅぅ!!」

 幸村には限界点であったらしい。
 顔を真っ赤にして卓に突っ伏してしまい、頭からは湯気が立ち昇った。
 嫌がることなく餌を貰う鯉のようにぱくりと口を開いた元就に、元親もまた石化してしまった。

「ふふん、これが俺の得たLove Powerってやつだ。思い知ったか! 独眼竜を舐めるなよ!!」

 元就の口の中に消えて行った白玉についていた黒密を匙ごと舐め取りながら、政宗はここぞとばかりに勝利宣言を上げた。
 いつもなら言えない言葉も、公然としたお付き合いの上でのお出かけなのであるから強気に発言できた。
 そうさ俺等はLoversなんだ、と流した汗と涙を思い出しながら政宗は拳を握って一人感嘆に浸る。
 その間にも忘れずに元就の口へと定期的に匙を運び込むのは、その長年の努力の結晶なのか。

「元就殿ぉ……某、寂しいでござるぅぅ……」
「ふむ。これでも食べて元気を出せ」

 あまりの衝撃に泣き出した幸村へと、元就はそっと自分の団子を差し出した。
 ぱっと明るくなって食い付いた幸村に元就は小さく笑い、それが政宗には面白くない。口を尖らせてそっぽを向けば、呆れたように元親が溜息を吐き出した。
 宣言した横でこれなのだから、政宗が夢見ている前田夫婦のような関係はまだまだ遠いだろう。

「これだけ近付いていながら前途多難だな、お前ら。まじで掻っ攫っちまうぞ?」
「聞き捨てならぬぞ長曾我部」

 反論は、何故か元就から出てきた。
 驚いている政宗を尻目に、元就は対抗意識を燃やすかのように宣言した。

「政宗は我のものだ。故にやらぬ」
「……元就さん」

 餅を頬張りながらでも、目の前に甘味が積まれていても、政宗には元就が素晴らしく男前に見えた。

「いや、あの、政宗は別にいらねぇよ……っていうか俺、完全に引き立て役じゃねえ?」
「今更気付かれたのか元親殿」

 元就の手から団子を食べさせ続けてもらっている幸村はとりあえず今回は満足したらしく、未練たらたらな元親を鼻で笑うのだった。
 合掌。



「ちなみにどういった意味でござるか?」
「政宗の菓子は美味なのだ。我専用の餅など最高だ」
「え、そういう意味なんですか?」
「他にどういう意味があるのだ?」
「……上等だ幸村。後で校舎裏まで面貸せや」
「元就殿を賭けた蒼紅戦、受けて立ちましょうぞ」



 - END -


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祭最終日なので楽しく念願の京都デート書かせて頂きました。
公式アンケの上位入賞者同士だし、何か元就さんは京辺りまでしか出てこない感じがする。
しかし幸村と元親の移動手段の原理が凄いといつも思います。
(2009/6/26)


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